320 WBW本選の投手起用法
翌々日。ロサンゼルス到着から3日後。
グループリーグの戦いの場であるイヴェイダースタジアムを使用した事前練習を前に、日本代表チームは球場の会議室で全体ミーティングを行っていた。
「WBW本選は、恐らく初召集の皆さんは過去経験したことがないであろうハードなスケジュールです。これもまた恐るべき敵となって私達に襲いかかってきます」
俺達の前方にこちらを向いて並ぶ首脳陣。
その真ん中に陣取った落山監督がマイクを手に重々しく、脅すように告げる。
彼の発言内容については、これまで何度も繰り返し言われてきたことではある。
何せ、クジ引きの結果次第では死のロードが開幕することが確定的なのだから。
そのことは改めて落山監督に言われずとも、グループリーグから決勝戦に至るまでのWBW本選の仕様を眺めていれば何となく見えてくるはずだ。
いっそ異常と呼ぶべき無茶な行程となっていることが。
つまるところ――。
「場合によっては2回戦、準決勝、決勝は異なる球場での3連戦となります」
前提の再確認を続ける落山監督が口にした通り。
下手をしたら、試合後にそれなり以上の長距離移動がセットでついてくる訳だ。
期間は3日間と短いながらも、えげつないことになっている。
圧縮版死のロードと呼称するに相応しいだろう。
何故、今生の世界大会がこんなことになっているのか。
その理由は各国代表チームの総合力を見るためだとされている。
主力だけで戦い抜くには厳しい日程を、わざと組んでいるのだ。
当然と言えば当然だが、この3連戦を含むWBWの一連の戦いは全て全く同じメンバーで戦い抜かなければならない訳ではない。
特にピッチャーには球数制限もあるからな。
事前に登録された30人は怪我を除いて入れ替えることはできないものの、その中で試合毎に選手のやりくりをしていくのはある意味当然のことだ。
そして少なくともWBWには、登録されている選手全員が試合中常にベンチで待機していなければならないと義務づけるルールはない。
次の試合に出場する選手を先んじて次の球場へと送り込んでおいてもいいのだ。
勿論、敗北したら悔しさを分かち合うこともできずに別ルートで帰国しなければならなくなってしまうし、そもそも宿泊や調整などの管理面で負担が大きくなる。
だから、そこまで思い切った行動に出た国は未だかつて存在していないし、今回の日本にしてもそのようなやり方をする予定はないが。
ちなみに、1回戦から決勝の舞台となるバンクノート・パークで一貫して戦うことができる4ヶ国の内の1つになれば有利かと言えば、そうとは言い切れない。
何故なら開催国であるアメリカ代表が必ずそこに入ってくるからだ。
1回戦、2回戦でアメリカ代表と戦いたくないと思うのであれば、それは実質的に他の球場に割り当てられて欲しいと願うことと同義になる。
アメリカ代表とは決勝戦で相まみえたい国にとって、当たりクジは1回戦、2回戦、準決勝戦をアワーサーヴァント・フィールドで戦う山に入ることだ。
日本としても、多くの国民がそうなることを祈っているだろう。
「ここで改めて、投手起用の方針について確認しておきたいと思います」
落山監督が目でスタッフに合図を出し、会議室が暗くなる。
と同時に、プロジェクターにでかでかと文字が映し出された。
〇WBW本選日程
1日目:グループリーグ初戦(ブラジル代表戦)(ナイトゲーム)
2日目:グループリーグ第2戦(アルゼンチン代表戦)(ナイトゲーム)
3日目:グループリーグ第3戦(オランダ代表戦)(デーゲーム)
4日目:本選クジ引き
5日目:移動日
6日目:インターバル
7日目:決勝トーナメント1回戦 or インターバル
8日目:インターバル or 決勝トーナメント1回戦
9日目:決勝トーナメント2回戦
10日目:決勝トーナメント準決勝戦
11日目:決勝トーナメント決勝戦
グループリーグ初戦は明後日。
そこからは11日の間に7試合。
それで全てが決まる。
「まず今回は打倒アメリカを掲げ、アメリカ代表戦において秀治郎選手を先発させることを軸として起用方法を考えています」
それについて異論は出ない。
既に共有されていることでもあるが、最初に落山監督がその方針を打ち出した時であっても日本代表団から反対意見は出てこなかった。
一部マスメディアやネット上では確実に勝ちを拾うためにアメリカと当てるべきではないという論調も皆無ではなかったが、極々少数の意見に過ぎなかった。
日本野球史上初。千載一遇のチャンスだと誰もが認識しているのだ。
たとえ内心では儚い希望に過ぎないと思っていたとしても。
「クジ引きでアメリカと1回戦初日で当たる可能性もあることから、グループリーグで50球以上投げるとすれば第1戦と第2戦に登板機会を作ることになります」
球数制限による登板制限。
このルールを十二分に機能させることもまた、あるいは決勝トーナメントの日程がここまで圧縮されている理由の一端なのかもしれない。
いずれにしてもルールはルール。
それを加味して起用方法を考えていかなければならない訳で、俺がアメリカ代表戦で投げるとなれば落山監督が口にした通りの形は分かりやすい一案だが……。
彼はそこで一拍置いて「しかし」と告げてから更に言葉を続けた。
「その一方で、グループDにおける最大の難所は第3戦のオランダ代表戦になると私達は確信しています」
それもまたその通りだ。
俺の考えとも完全に一致する。
何せ、あそこにはフェリクス選手という転生者がいるからな。
それだけでも脅威度は一気に跳ね上がる。
加えて、彼が取得した【生得スキル】的にチームとしての総合力も侮れない。
まず間違いなく、互いに2勝して第3戦に臨むことになるはずだ。
そこでもしオランダに勝つことができなければ、グループリーグを1位で通過して決勝トーナメントのクジ引き直しの権利を得ることができなくなる。
それは何としてでも避けたい。
「そのため、秀治郎選手に関しては登板制限が中1日となる30球以上50球未満を目安にオランダ戦でリリーフとして登板して貰うことを考えています」
これを軸として考えていくと、第1戦のブラジル戦でも30球以上50球未満限定で登板することもできなくはない。
だが、落山監督はそこまで俺に求める気はないようだ。
「初戦は岩中選手が先発。グループリーグは球数制限が65球なので、3~4イニングを目途に野上選手、前野選手、佐々藤選手と継投していく予定です」
大舞台での経験がある再招集組だな。
野上選手も前野選手も普段は先発ピッチャーなので、イニングを跨いで同じように2~3イニング程度投げさせていくのだろう。
相手国のブラジルは転生者がいないため、オランダに比べれば脅威度は低い。
ピッチャーにせよ、バッターにせよ、旧来のトップ層と同程度と見ていい。
そう考えると大量得点だって決して不可能ではない。
そして大崩れしないベテランを起用しておけば失点も4~5点に収まるはず。
初戦の入り方が大事とはよく言われることだし、手堅く1勝を挙げて勢いをつけようとするのは妥当なところだと思う。
余裕がある内に登板機会を作っておきたいというのもあるだろうしな。
「第2戦は浜中選手が先発。こちらも3イニング~4イニングを目途に継投していきます。登板予定は米本選手、藤柳選手、武藤選手です」
第1戦のブラジルは第3ポットからの選出。
第2戦のアルゼンチンは第4ポットからの選出。
そうした野球世界ランキングの観点から比較的くみしやすいところで、美海ちゃんに大舞台を経験させようという考えが見て取れる。
アメリカでのナックルの試運転という側面もありそうだ。
「第3戦は磐城選手が先発。秀治郎選手同様、決勝トーナメントでの登板に備えて30球以上50球未満、2~3イニング想定で継投に入ります」
チラッと磐城君を見ると表情を引き締めている。
一方で大松君は若干不服そうではあるが……。
「2番手は大松選手。次に正樹選手。そして最後に秀治郎選手。この4人で登板制限が中1日となる球数を維持しながら継投していきます」
オランダ戦では大松君も含め、こちらの投手陣のスタンダードな最大戦力をルールに則って叩きつける形となる。
グループリーグ最大の関門を力づくで突破してやろうという魂胆だ。
第1戦、第2戦と合わせて、グループリーグの登板制限が決勝トーナメントまで影響を及ぼさない形での起用方法として考えると最も合理的だろう。
「当然、名前が挙がっていない選手も状況次第で登板の可能性はあります」
これに関しては点差が大きく広がれば、というところ。
国際大会の試合は貴重な成長の場でもある。
WBWは今回限りではないのだから、勝利への足枷にならない限りは1人でも多く出場機会を作るべきなのは間違いない。
「名前を挙げた選手であっても、スクランブル的に投げて貰う場合もあります」
こちらは余り考えたくないケースだが……。
万が一、第1戦、第2戦でピッチャーが炎上してしまって緊急に火消しが必要な事態に陥った場合にはそうなるだろう。
とは言え、それでも30球以内であれば中1日空ける必要はない。
30球以内でも2試合連続で投げたら中1日の登板制限が課せられることになるが、あくまでもそれだけのことでしかない。
決勝トーナメントでは普通に投げることができる以上、俺を含めた4人がマウンドに上がればどうとでもなるはずだ。
となれば、後は打線の問題だろう。
野球は0点で抑えれば絶対に負けないが、同時に最低でも1点は取らないと絶対に勝つことはできないのだから。
「では、続いて各国の要注意投手について総ざらいします。まずはグループリーグ初戦、ブラジル代表のエースピッチャーから――」




