表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第3次パワフル転生野球大戦ACE  作者: 青空顎門
最終章 転生野球大戦編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

375/416

閑話40 過ぎたるは猶及ばざるが如し(昇二視点)

 その女性に案内されたのは、地元でも有名だと言う沖縄そばの店だった。

 スマホで軽く調べただけでも複数のグルメサイトで平均して高評価を得ているようだから、さすがに大ハズレということはないはずだ。


「助けていただいたお礼に、ここはわたしに払わせて下さい」

「え? あ、いや、ありがたいですけど、それはやめた方がいいと思いますよ。プロ野球選手は大食漢が多いですし、僕に至っては最低5人前ぐらい食べますから」

「え゛」


 僕のその言葉に彼女は絶句して固ってしまった。

 どうやら、そこまでだとは想定していなかったみたいだ。

 僕が普段食べる量はアスリートとしても相当多い方というのもあるだろう。

 勿論、これはまだ微妙に体が成長し続けているからこその量だ。

 今は意図的にそうしている。

 成長がとまれば、秀治郎達のように体格に合わせた適正量に変えるつもりだ。


「だ、大、大丈、夫」

「いやいや、冷や汗かいてるじゃないですか」

「大、丈夫……」


 若干涙目になりながら繰り返す彼女の頑なさに思わず微苦笑する。

 ここで前言を撤回してしまうと、自分の感謝の気持ちに疑いの目を向けられかねないと危惧していたりするのかもしれない。

 この調子だと、別に奢る必要はないですよと言っても一層意固地になりそうだ。

 そう考えて、僕は折衷案を出すことにした。


「じゃあ、沖縄そば1人前の分だけ。奢って下さい」


 こちらからの提案に彼女は僅かにホッとした様子を見せ、しかし、慌てたようにその表情を隠して「分かりました」と申し訳なさそうに応じた。

 とりあえず、これで貸し借りはなくなったということで話をつける。

 そこから互いに自己紹介をすることになった。

 まあ、彼女は僕のことを粗方知っているようだったけれども。


「えっと、わたしは桐生凛って言います。茨城出身の20歳で、今は地元の大学に通ってます。沖縄には特別強化合宿と特別強化試合を見に来ました」


 やはりと言うべきか、訛りのない言動から恐らく観光客だろうと予想していた僕の考えは間違っていなかったみたいだ。

 加えて女性が単独で行動していたことから、たとえ小柄で愛嬌もあって幼げな印象を受けたとしても、少なくとも成人しているに違いないとは思っていた。

 なので、20歳ということに驚きはないけれども……そっか。1つ年上か。


「桐生さんは、旅費はバイトで?」

「はい。去年発表されてから短期間で集中的に。元々地元の球団の春季キャンプにも行くつもりだったので、普段のバイトとは別に頑張りました」

「え、春季キャンプにも行かれるんですか?」

「勿論!」


 茨城の地元球団と言えば、私営2部リーグの水戸ジェネラルアングラーズか私営3部リーグの日立ホワイトローゼスのどちらか、あるいは両方か。

 いずれにしても、春季キャンプを見に行くのは地元ファンだとしても相当だ。

 ほわっとした笑顔で言っているが、並々ならぬ熱量の持ち主ということになる。


 ただ、茨城県は関東地方ながら東北に隣接した県だ。

 そこから春季キャンプの場となる沖縄や九州への旅費は馬鹿にならない。

 先立つものがなければ如何ともしがたい。

 こればかりは熱量だけでは誤魔化すことはできない。

 実際のところ予算はカツカツなはずだ。

 やっぱり僕の食事代まで全額払うのはキツかったに違いない。

 そんな状況で5人前を奢って貰ったら、むしろ僕の方が心苦しくなってしまう。

 さっきのはアレで話が纏まってよかったと改めて思う。


 まあ、それはともかくとして。


「春季キャンプも行く予定で、更に特別強化合宿まで見に来るなんて凄いですね」


 彼女の推しであるだろう地元球団は1部リーグじゃない。

 だからと言う訳ではないけれども。

 誰もWBW日本代表には招集されていないはずなのに。


「そもそも野球自体が大好きなので。やるのも見るのも。村山マダーレッドサフフラワーズの女性陣みたいに第一線で続けることはできませんでしたけど……」


 ちょっと恥ずかしそうに言う桐生さん。

 彼女達は……まあ、完全に例外側で特異な存在と言わざるを得ない。

 比較対象にするのは、いくら何でも酷と言うものだと思う。

 それを引き合いに出して、頑張ればプロになれると主張するのも無責任だろう。


「今はトレーニング器具の開発とかをしたくて大学で勉強してるんですけど、キャンプだとたまにユニークな練習方法が近くで見られたりするので」


 全く翳りのない表情と共に続ける桐生さんを見る限り、選手からそちらに転向したことついて彼女の中でしっかりと決着がついている話のようだ。

 わざわざ僕が何か触れるべきものではないだろう。


「今回なんかは野村秀治郎選手が最新のピッチングマシンを持ち込んでるじゃないですか。あれを見に来たといっても過言じゃないです!」


 桐生さんはそこまで楽しげに語っていたが、そこで表情を曇らせてしまった。


「それぐらい野球が好きだからプロ野球選手の皆さんのことも尊敬してるんですけど……国の代表にまでなってる選手があんなことするなんて、何だか残念です」


 先程の出来事を頭の中で振り返った様子の彼女は、どうしても納得がいかないと言いたげな表情を浮かべた。


「そうですね。僕もそう思います」


 彼女の気持ちは僕も深く理解することができ、そう頷きながら同意する。

 あの海峰永徳ですら、少なくとも僕達の前ではああいった行動には出なかった。

 プロ野球選手全員が聖人君子などとは当然思わないけれども、実際にあんなチンピラみたいな行動を目の当たりにするとそれなりにショックを受けてしまう。

 僕も多分に漏れず、プロ野球選手を神聖視しているのだと自覚させられる。


「全く。どこが『健全な精神は健全な肉体に宿る』なんでしょうか!」


 どうやら怒りがぶり返してしまったらしく、桐生さんはプンプンと擬音が出そうな感じの膨れた顔で大きな声を出した。

 それから店の中であることを思い出したらしく、周りを気にして恥ずかしそうにただでさえ小さな体を更に縮める。


「あー、でも、それって誤訳らしいですけどね」

「え、そうなんですか?」

「ええ。実際は『健全な精神が健全な肉体に宿ってくれるといいのになあ』みたいな意味なんだそうですよ」


 秀治郎から聞いた話だけど。


「願望、なんですか……」

「らしいです。結局のところ、体を鍛えたとか関係なく、その人の精神性が出てるだけなんだと思います。尊敬できる人は元々その人がそういう人なんですよ」

「そう、ですよね。○○だからいい人とか○○なのに悪い人、じゃなくて、ちゃんとその人自身について評価しないと」


 うんうんと頷く桐生さん。


「まあ、肉体が健康だったら精神も健康、みたいな話なら同意できますけどね」

「あ、それ、分かります。体が不調だと気持ちもそれに引っ張られますし。元々はいい人なのに悪いことをしてしまうってこともあるでしょうから」


 彼女はそこまで言ってから「うーん」と少し首を傾げた。


「でも、あのメキシコ代表の選手達は多分そういうことじゃないと思いますけど」

「それは、そうでしょうね……」


 別に体調が悪い訳でもないだろうし、あれだけ自分勝手に行動しているとなればストレスを感じている訳でもないはずだ。

 単純にそういう人間だからああいうことをした。

 それだけのことなのだろう。残念ながら。


「逆に考えれば、昇二選手がわたしを助けてくれたのは、間違いなく昇二選手自身が優しいからってことですね」


 朗らかに笑う桐生さんにドキッとする。

 けれども、今の僕には素直に受け取れない部分もあった。


「どうしました?」

「いや、その。ご存知かもしれませんが、最近スランプ気味で。何と言うか、相手ピッチャーのことを気にしちゃって――」


 今の状況を簡潔に説明していく。

 兄の大きな怪我を直接目の当たりにしてしまったこと。

 それに伴って淡白な打席が続いていることを。


「だから、優しさは甘さなのかな、と」

「いやいや、そんな訳ないじゃないですか」


 僕の疑問に対し、桐生さんは即座に否定する。

 そんなの当たり前でしょうとでも言いたげだ。


「外国人の大男4人に立ち向かえる優しさは、甘さじゃなくて強さですよ!」

「それは、別に野球とは関係ないことなので――」

「関係ないならスランプの原因でもないです!」


 言葉を遮って強く言う桐生さん。

 相当な暴論な気もするけれども、何となく耳には残った。

 それから彼女は諭すように人差し指を立てながら続ける。


「いいですか? 周りが淡白だの何だの言うのは単なる結果論です。結果が出ていないからです。ヒットを打っていれば何も言われたりしませんよ」

「ま、まあ、それは、そうでしょうけど」

「つまり、そういうことです!」

「どういうこと!?」


 思わずタメ口で突っ込んでしまった。

 けど、よく分からない。

 対して、桐生さんは「しょうがないですね」と言いたげな顔で口を開いた。


「ストライクカウント別の打率って知ってますか? ノーストライクや1ストライクの打率は2ストライクの打率よりも高いんですよ!」

「う、うん。勿論、それは知ってますけど、最終的にはボールカウントとか配球とか、こっちの読みとか色々な要素も絡んできますし……」

「余計なことは考えない!」

「は、はい!」

「統計的にファーストストライクを打つのが打率を残すには大正義です! そう認識して、そこで仕留めることにだけ集中するようにしましょう!」


 えっと。それは、いいのかな。

 フォアボールを選んで出塁することも大事だからこそ、それを重要視する指標があったりする訳で……。


「昇二選手って意外と不器用なんじゃないですか? あれもこれもってできるタイプじゃないでしょう? もっとポイントを絞った方がいいと思いますよ」


 それは、そうかもしれない。


 野球は頭のスポーツとよく言われる。

 秀治郎もことあるごとに言っているし、実際その通りだろうとは思う。

 けど、だとしても考え過ぎるのがいいとはならないだろう。


 粘るバッターの方がピッチャーにとっては厄介。

 そういう前提が頭にあるから尚のこと迷ってしまう。

 だったら、いっそのこと――。


「早打ち。大いに結構じゃないですか。それが自分のスタイルだと思い込んで、積極的に打っていきましょうよ」


 それでいいと開き直ることも、時には大事なのかもしれない。

 まあ、それこそ開き直りというか屁理屈染みているけれども。

 何となく僕の心にスッと入ってきたのは事実だった。


「それが自分のスタイル、か」


 旅の恥はかき捨て、とはまた意味合いが違うだろう。

 けど、身近過ぎる秀治郎達じゃなく、今日初対面の桐生さんの言葉だったからこそ素直に聞くことができた部分もあったんじゃないか。

 そんなことを、僕は彼女の笑顔を見ながら思ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ