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第3次パワフル転生野球大戦ACE  作者: 青空顎門
最終章 転生野球大戦編

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閑話39 まさかアレな人しかいないのか(昇二視点)

 その先で目の当たりにした光景に、僕は秀治郎の言葉を思い出していた。

 昨日、メキシコ代表チームが来日したニュースを見ての一言だ。

 秀治郎は「もしかしてコイツもヤバい奴なのかな……」と小さく呟きながら、エドアルド・ルイス・ロペス・ガルシア選手に何とも嫌そうな視線を向けていた。

 その時の僕は単純にヤバいぐらい実力がある選手という方向で認識していたけれども……どうやら、そういうことじゃなかったらしい。


 思い返すとルカ選手もかなりぶっ飛んだ人物だった。

 何やかんや、秀治郎も改めて実績を並べ立てると相当ヤバい存在なのは確かだ。

 身近にいると当たり前のように錯覚してしまうけれども。

 歴史的な偉人として名が残ってもおかしくはない。

 とは言え、エドアルド・ルイス選手のヤバさは僕個人としては別格に感じる程。

 2人とは全く異なると言っていい程にベクトルが明後日の方に向いていた。

 勿論、悪い意味で、だ。

 具体的にどういうことかと言うと――。


「一体、何なんですか!?」


 彼は仲間達と共に天下の往来で1人の小柄なチワワっぽい女性に絡んでいた。

 正直、噓でしょと思った。

 県庁所在地のそれなりに人通りのある表通りの真っ昼間にナンパ(?)って。

 こんな馬鹿みたいな光景はフィクションでしか見たことがない。

 思考が停止し、しばらく呆然と眺めてしまうぐらいに現実味のない光景だった。

 夢ではないことを確認するために思わず周りを見回す。

 しかし、それは間違いなく現実だった。


 当然ながら、通行人もこの状況を認識してはいるようだった。

 とは言え、明らかに外国人で、尚且つ筋骨隆々の巨漢が複数人。

 正確には4人。

 ニュースなどで来日が大々的に取り上げられているこのタイミングだと、メキシコ代表チームのメンバーだろうということもまた即座に予想できたはずだ。

 ある意味で賓客と言ってもいい相手。

 それだけに、注意しに行くことのできる無謀な一般人はいなかった。

 多分、警察に通報している人もいないだろう。

 つきまといは迷惑防止条例違反になることがほとんどだけれども、そのレベルに至っているかどうか現時点では今一分からない状態だからだ。


「わ、私、外国語は分かりません!」


 虚勢を張るように大きな声を張り上げているチワワっぽい女性に対し、主にエドアルド・ルイス選手がニヤニヤしながら正面から何か話しかけている。

 他の3人の仲間達は彼女を取り囲んでいるようだ。

 さすがにこれは、逃げられないようにしていると見なしていいはずだ。

 であれば、迷惑防止条例違反に該当する。


 ただ、もっと近づかないとエドアルド・ルイス選手の声は聞こえないし、聞こえたとしてもメキシコの……多分スペイン語で何を言っているのかは分からない。

 尚且つ、相手は国を代表する野球選手。

 単に道を聞いていただけとか強弁されでもしたら、むしろ通報した方が悪者扱いされかねないような状況でもある。

 こうなると、同じように国の代表選手である僕が矢面に立つしかなさそうだ。

 そう考えて覚悟を決め、スマホの翻訳アプリを立ち上げながら近づく。

 あの女性も翻訳アプリを使えば何らかの言質を取れたかもしれないけれど、多分いっぱいいっぱいになっていてそれどころではなかったのだろう。


「――あの、どうかしました?」


 僕がそう話しかけると、全員の視線がコチラに向く。

 半ば怯えていた女性は天の助けと言わんばかりに縋るような目を向けてくる。

 そんな中でエドアルド・ルイス選手が不愉快そうに口を開いた。


『あ? 何だ、お前』

「え?」


 口の動きからして、恐らくスペイン語のはずだ。

 そうではないにせよ、少なくとも日本語ではない。

 一方の僕は高校までに習った英語ぐらいしか外国語に触れた経験はない。

 にもかかわらず、何故か意味を何となく理解することができていた。

 訳が分からない。


「えっと……僕は瀬川昇二と言います。今回のWBW日本代表チームに招集されているプロ野球選手です。次の特別強化試合にも出場予定です」

『【外国語理解(野球)】……? 同類……じゃないな。ラメボタスか』

「ラ、ラメボタス……?」


 よく分からないが、エドアルド・ルイス選手にも僕の言葉が通じているようだ。

 見たところ、翻訳アプリを使用している様子もない。

 だと言うのに、見事なまでの同時通訳状態だ。

 何が起きているのか全く分からず、混乱してしまう。


 ルカ選手はマルチリンガルを自称していた。

 しかし、目の前にいるエドアルド・ルイス選手は、言葉を発する時の口の形が僕の耳に届いているものと明らかに違う。

 いや、まあ、ルカ選手の時は口元を注視していなかったので実態がどうだったかは分からないけれども、エドアルド・ルイス選手については明確に否定される。

 結果、非現実的な状態になってしまうのは全く以って理解不能だ。

 絶えず戸惑いが襲いかかってくるが、その間にも状況は動く。


「た、助けて下さい!」


 女性はそう必死になって言いながら、僕の介入に気を取られたエドアルド・ルイス選手達の隙を突いて包囲を強引に抜け出してきた。

 その様子を目にして、今は外国の選手と意思疎通ができる謎を気にしている場合じゃないと一先ず諸々棚上げすることにして彼らと向き直る。


「彼女、困っているようですけど」

『だから何だ?』

「いや、だから何だって……」


 そんな居直りみたいな反応をされるとは思わなくて困惑してしまう。

 言葉は分かるのに話が通じていない感じが何とも酷い。


「そもそも彼女に何の用なんですか。もしかして、道に迷ってるんですか? そういうことであれば、僕が調べますよ」


 意思疎通の気色悪さを振り払うように捲し立てる。

 対してエドアルド・ルイス選手は不愉快そうに眉をひそめて口を開いた。


『やかましいラメボタスだ。他人に負んぶに抱っこでここまで来た偽物の分際で』


 またラメボタス。

 よく分からないが、後ろに続く内容を聞く限り悪い意味のスラングなのだろう。

 悪意全開の視線と声色をぶつけられるのは人生でも珍しく、内心怯んでしまう。

 それでも背後で怯えている気配を感じ取り、僕も虚勢を張って彼を見据えた。


 この隙に女性が逃げてくれれば僕も逃げられるのに。

 そう少し思うが、平静ではない彼女には望むべくもないことだ。

 口に出してエドアルド・ルイス選手達を刺激する訳にも行かない。

 とにかく彼らに自ら離れていって貰うしかない。


「どういう意味ですか」

『この世界はな。野球がうまけりゃ大概のことは許されるんだよ。その女をどうしようが俺達の勝手だろう』

「全く答えになっていないし、何ですか、その野蛮人みたいな理屈は」


 確かに野球選手は特権階級と言っても過言ではないけれども。

 だからと言って犯罪が許容されるようなことはない。

 少なくとも日本では。

 彼らと僕との間では「大概のこと」の認識が大幅に異なっているのだろう。


 そう言えば以前、エドアルド・ルイス選手が話題になった時。

 彼は出自が不明で非合法な地下野球から頭角を現したとか耳にしたことがある。

 メキシコはお国柄、マフィアが幅を利かせているとも聞く。

 大統領ですらマフィアの機嫌を損ねると危ういことになるらしい。

 そうした国家権力ですら意に介さない反社会的勢力であっても優れた野球選手のことは尊重している訳だが……。

 逆にそのせいで彼らも遵法精神が薄くなってしまっているのかもしれない。


「ここはメキシコではありません。法律も異なる部分がありますし、自国と同じような感覚で行動すると不利益を被る可能性がありますよ」


 そう言いながら、ちょっとむかっ腹が立ってきた。

 あの歴代最強ともされるアメリカ代表から前回、前々回のWBWで名指しで評価されていたから、精神面も完成された人間だと思っていたのに。

 酷く裏切られた気分だ。

 まあ、勝手に期待した方が悪いと言われればそれまでだけれども。

 恐らく、アメリカ代表の選手達は野球の実力しか見ていなかったのだろう。

 あるいは、エドアルド・ルイス選手が野球の上位者を前に上手く猫を被ったか。

 1試合の中でのことだ。人格の全てを見抜くのは中々難しい。


 ……と言うか、他人に負んぶに抱っこでって!

 指摘されるまでもなく、秀治郎に導かれてここまで来たのは確かだけど!

 だとしても、それを国すら異なる赤の他人にとやかく言われる筋合いはない。

 一体、何様のつもりなんだ。


 そんな僕の怒りを余所に、エドアルド・ルイス選手は詰まらなそうに嘆息した。


『……興が醒めた。おい、行くぞ』

「あ、ちょ――」


 背を向けて去ろうとする彼らを思わず呼びとめようとして思いとどまる。

 いなくなってくれるのなら、それに越したことはない。

 消化不良感はあるものの、今優先すべきは女性の身の安全だ。

 彼らの姿が完全に見えなくなるのを待つ。

 それから僕は振り返って彼女を見た。


「あ、あの、ありがとうございました」

「いえ――」


 頭を下げてくる女性に対して「当然のことをしたまでです」と格好をつけようとした正にその瞬間、お腹がぐうと鳴ってしまった。

 確かに、そろそろ昼食を取ろうと考えていたところではあったけれども……。

 彼女がお辞儀をした結果、その頭が身長差の関係で僕の胃の近くに来ていた。

 腹の虫の音が思いっ切り聞こえてしまったに違いない。

 何とも締まらないことだ。僕らしいと言えば僕らしいけど。

 バツの悪さが表情に出ていたらしく、顔を上げた女性はくすくすと笑った。

 小柄なのも相まってチワワ系とでも言うべきか、何とも愛嬌がある。


「ええと、あの、この辺りで美味しい飲食店はありませんか?」


 そんな彼女に僕は誤魔化すように問いかけた。


「わたし、地元民ではないので穴場的なのは分かりませんけど……」


 と言うことは観光客か。

 沖縄訛りも全く感じられないし。

 このタイミングだと特別強化合宿を見物に来たのかもしれない。


「これから行こうと思ってたとこでよければ、一緒にどうですか? SNSで凄く話題になっていたとこなんです」

「そうですね……」


 これも何かの縁だろう。


「分かりました。同行させて下さい」


 そう思って、僕はその女性と共に歩き出したのだった。

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