閑話37 続・WBW日本代表対イタリア代表特別強化試合全国放送生中継
それにしても凄い送球でしたね。
これは、本職がピッチャーであるが故、でしょうか。
いやいやいやいや、あんなの並のピッチャーでは投げられませんよ。
当然、私も。
まずはスローモーション映像を御覧下さい。
(綿原博介の言葉を受けて、ジャンナ選手を盗塁刺させたプレイのハイスピードカメラによる映像が画面に映し出される)
キャッチングは勿論のこと、握り替えすらもスローイングの動作の中に組み込んでしまうことによって、いわゆるポップタイムを短縮しています。
理屈そのものは説明できるでしょうが、もはや人間業ではありません。
これは、確かに。
曲芸染みてしますね。
本当に。
私達からすると、神業としか言いようがありませんよ。
(呆れ気味に強く言う綿原博介に対する羽澤アナの苦笑をマイクが拾う)
……ピッチャーが投球モーションを始めてからボールがキャッチャーミットに届くまでの時間をクイックタイム。
キャッチャーが捕球してから送球したボールが2塁や3塁に到達するまでの時間をポップタイムと言いますが、その合計時間が盗塁阻止には重要なのですよね。
コホン。その通りです。
相当足の速い選手で1塁から2塁への盗塁タイムは3.1秒程度。
つまるところクイックタイムとポップタイムの合計がそれ以下なら、おおよその選手の盗塁は刺すことができる計算になります。
目安としては、クイックタイムで1.2秒。
ポップタイムで1.9秒というところでしょうか。
ええ。そんなところです。
ただ、それはクイックモーションが上手いと評価されるピッチャーと、強肩と言われるキャッチャーによるバッテリーのタイムになります。
勿論、磐城選手と秀治郎選手についてはいずれも平均してそのタイムを上回っていますが、今回のジャンナ選手は明らかに3.1秒よりも遥かに速いですからね。
それを全く危なげなく刺した2人は、本当に恐ろしい限りです。
ジャンナ選手は、30m走だったら男子100m走の世界記録保持者すら上回るぐらいの異常なタイムを出していたようですが……。
まあ、リードの距離の取り方やモーションを盗むといった要素も複雑に関わってきますから、単純な足の速さだけで盗塁タイムを計ることはできません。
彼女が短距離走の世界で記録を作ることができるかどうかはまた別の話です。
しかし、これでジャンナ選手。
もといイタリア代表は盗塁がしにくくなりますか?
それは間違いないですね。
秀治郎選手の送球があれ程とはイタリア代表も思っていなかったでしょう。
正直、私もあそこまでとは思っていませんでした。
……この試合を目の当たりにすることによって、他の国の代表チームがWBWで盗塁を控えるといった効果も出てきそうでしょうか。
まあ、あくまでも秀治郎選手がキャッチャーの場合のみの話でしょうけどね。
そういったことを狙ったパフォーマンスの側面もあったのかもしれません。
何せ、送球がしゃがんだ磐城選手の顔のすぐ近くを通っていきましたからね。
ギリギリを攻め過ぎている感はありました。
勿論、ジャンナ選手の足の速さとの兼ね合いと、送球のコントロールに絶対の自信があったからこそでしょうが……。
先の先を見据え、そういった諸外国へのアピールを優先したのでしょう。
それにしても。
秀治郎選手はどこかキャッチャーとしてはやや地味な印象がありましたが、あの送球を見ると日本最強のキャッチャーと言っても過言ではないのでは?
それは間違いないですね。
バッティングは言わずもがな。
恐らく世界最高レベルの強肩で、壁性能もまたトップクラス。
数字上、マスクを被った際の防御率がやや高いのが玉に瑕ではありますが……。
村山マダーレッドサフフラワーズで秀治郎選手がキャッチャーとして出場する際のピッチャーは、防御率が異次元の秀治郎選手と浜中選手以外。
1部リーグ未満のピッチャーをリードして、と言うと少し失礼になるかもしれませんが、あの程度で済んでいる訳ですからね。
他のキャッチャーなら、もっと酷い数字が並んでいてもおかしくはありません。
総合的に見て、日本最強のキャッチャーと考えて差し支えないでしょう。
その上、他のポジションで出場している時もありますからね。
しかも、その指標も全て最高レベルです。
二刀流の選手が多く出現した昨シーズンでしたが、秀治郎選手程多種多様なポジションで、尚且つハイクオリティの活躍をした選手はいません。
どこかで誰かが言っていたようですが、秀治郎選手のことは正に究極のユーティリティプレイヤーとでも呼ぶべきかもしれません。
究極のユーティリティプレイヤー、ですか。
決して過大には聞こえませんね。
……さて。その秀治郎選手のスーパープレイによって、3回裏のイタリア代表の攻撃は結果として3人で終わって攻守交替。
4回表の日本代表の攻撃。打順は6番の黒井選手から。
この打席がルカ選手との初対戦となります。
ルカ選手からはまだ秀治郎選手しかヒットを打っていませんので、この辺りで誰かに出塁して貰って追加点を取りたいところです。
特に大松選手からは2回目の対戦になりますからね。
1打席目のリベンジを果たして欲しいですね。
(そんな羽澤アナと綿原博介の期待とは裏腹に、ルカ選手の大きくキレのある変化球で6番黒井選手、7番白露選手、8番大松選手と打ち取られてしまう)
やりますね。ルカ選手は。
本当に素晴らしいピッチャーです。
WBWで当たってしまったら、かなり苦労しそうだ。
そのルカ選手を前に、日本代表は3者凡退で3アウトチェンジ。
4回裏のイタリア代表の攻撃に移ります。
ここで日本代表はピッチャー交代。そして守備位置の変更。
磐城選手がライトに入り、代わりに大松選手がマウンドに上がるようです。
磐城選手は3回1失点。被安打は2。
イタリア代表に対し、上々のピッチングでマウンドを降りました。
とは言え、綿原さん。
磐城選手の交代は、少々タイミングが早過ぎるのではないでしょうか。
ルカ選手を引きずり出した段階で、この特別強化試合に課した最低ラインは越えたと判断したのかもしれません。
基本的には国際試合の経験を積むための試合ですからね。
投手陣もまた然り。
厳しそうであれば、磐城選手と大松選手で半々。
最終手段として秀治郎選手を出すということも厭わなかったでしょうが……。
日本代表首脳陣としては、リリーフにも投げて欲しいでしょう。
折角の機会ですし。
となると、秀治郎選手の今日の登板は?
基本的にはないでしょうね。
リリーフが余程打ち込まれて、出せるピッチャーが1人もいなくなってしまったら分かりませんが。
2番手を任されました大松選手。
まず相対するのは2番バッターのナタリア選手です。
3回裏は打席が回ってきましたが、1塁ランナーのジャンナ選手が盗塁失敗。
再度ナタリア選手の打席からの打順となります。
うーん。
先程、消化不良に終わった影響か、打ち気に逸っているような気がします。
大松選手、初球を……投げました!
打った! いい当たりは、しかし、セカンド真正面!
倉本選手、素早くファーストに送って1アウト!
ナタリア選手、初球から積極的に打ちに行きましたが、凡退してしまいました!
綿原さん、今の球は――。
あれはOHMATSUチェンジですね。
チェンジアップの一種ですが、球速と変化がその範疇から逸脱しています。
それを初見で当てることができたナタリア選手は素晴らしいバッターと言えますが、低めのボール球を引っかけてしまったのは悔いが残る一打となるでしょう。
打ち気に逸っているところをうまく突かれた形ですね。
成程。
ともあれ、ナタリア選手はセカンドゴロに倒れて1アウトランナーなし。
バッターボックスには3番のエリザベッタ選手が入ります。
(この初対戦はOHMATSUジャイロと落ちるOHMATSUジャイロのコンビネーションによって、エリザベッタ選手の3球三振に終わる)
さあ。2アウトランナーなしの場面で再び注目のバッター。
ルカ・デ・ルカ選手を迎えます。
……今回は最初の打席よりも落ち着いているように見えますね。
あるいは、ピッチングの方で三者凡退に抑えたおかげかもしれません。
どうも、かなりメンタルに左右される選手のような気がします。
ムラがあるということですね。
ですが、つまり。
この打席は要注意ということでしょうか。
そうなりそうですね。
かなり集中できているような雰囲気があります。
そんなルカ選手に対する大松選手の初球は……落ちる変化球!
ルカ選手はバットをとめた! 判定はボールッ!
OHMATSUチェンジをしっかり見極めましたね。
早々にスイングをやめて球筋を観察していました。
ちょっと嫌な見送られ方です。
(ここから日本代表バッテリーは慎重にボール球を使ってルカ選手を追い込んだものの、3ボール2ストライクのフルカウントとなる)
……おや、大松選手が首を横に振りましたね。
磐城選手の時は見られませんでしたが――。
まあ、ピッチャーというものが我の強い選手が多いですからね。
どちらかと言うと素直に頷く磐城選手の方が珍しいでしょう。
ともあれ、改めてサイン交換を行い、大松選手が頷きます。
そして6球目を……投げました!
打ちました! これは大きい!
ライトに入った磐城選手の頭上を大きく越えていって……入りました!
ホームラン! イタリア代表、1点返しました!
インコース高めへのOHMATSUジャイロをうまく打たれてしまいましたね。
さすがはWBW決勝トーナメントにも出場しているヨーロッパの雄。
その中核選手というところでしょうか。
やはり一筋縄では行かないということでしょう。
とは言え、ランナーを置かずにルカ選手を迎えることができたのは幸いでした。
あくまでもソロホームランによる1点。
大松選手には切り替えていって欲しいですね。
(4回裏はこの後。5番のアントニーノ選手にヒットを打たれたものの、6番のリリアナ選手をセンターフライに打ち取って4回裏は終了。
5回表は、ラストバッターの磐城選手からの打順となる)




