281 村山マダーレッドサフフラワーズの源流
「何と言うか、球団の運営方針にまで関わっている口振りだね。秀治郎選手」
今後の村山マダーレッドサフフラワーズの展望を口にした俺に対し、若干驚いたような表情を浮かべながら岩中選手が言う。
確かに一介の選手の域を超えた発言だったかもしれない。
「あー、えっと、その。球団社長が義理の父なので」
対して俺は、そう率直に返したが……。
事実ではあるものの、この理由はコネっぽくて少々印象が悪いかもしれない。
そんな考えを巡らせていると――。
「ん。奥様は社長令嬢」
隣に座っていたあーちゃんが「これは夫婦アピールのチャンス」とばかりに口の中に残っていたカツを急いで飲み込み、俺の腕を取って密着してきた。
あるいは、さっきの俺の発言から注意を逸らそうとしているのかもしれない。
とは言え、ベテラン勢の前でこれは大丈夫だろうかと少し心配になってしまう。
その辺の確認のため、俺はステータスに表示された【好感度】に視線をやった。
正にそれを稼ぐための場であるが故に、ちょくちょく意識していたが……。
その数字は食事会開始時から大分増えていて、その状態のまま減ってはいない。
現在、おおよそ70前後というところだ。
とりあえず高どまりしている【好感度】を見る限り、彼らは俺の発言もあーちゃんの突飛な行動も特に気にしてはいないようだ。
であれば、まあ、問題はなさそうだとされるがままになる。
そんな風に落ち着いた俺とは対照的に、大慌てになってしまった者もいた。
常識人枠の美海ちゃんだ。
「ほ、補足しますとですね! 2人は幼稚園からの幼馴染で、球団社長の明彦おじ様とは子供の頃から家族同然のつき合いがあってですね!」
美海ちゃんは俺の左隣の椅子から少し腰を浮かせた状態で、言い訳を交えるようにしながら話を本筋に戻そうと一気に捲し立てる。
最年長選手の佐々藤選手を前にこの言動はマズいと彼女は思ったのだろう。
「クラブチームだった村山マダーレッドサフフラワーズをプロ野球球団に押し上げたのも秀治郎君ということもあって、身内には影響力が強いと言いますかっ!」
「……みなみー、慌て過ぎ」
頑張って言葉を重ねる美海ちゃんに対し、あーちゃんは俺にくっついたままの状態で軽く身を乗り出すようにしながら呆れ顔を向けて言った。
「茜はマイペースが過ぎるわよ! 無礼講にしたって限度があるでしょ!」
「ライン超えはしないように見極めてる」
「こ、この子は……!」
美海ちゃんは青筋を立てる。
だが、あーちゃんには暖簾に腕押しだ。
「まあまあ、落ち着くっすよ。みなみん」
「みなみー、みっくの言う通り。先輩方が見てる」
美海ちゃんの奥の席から彼女を宥めようとした倉本さんだったが、あーちゃんが深く同意するような素振りを見せて火に油を注ぐ。
これには美海ちゃんも「どの口で」と言いたげだったが、それこそ先輩方という言葉で状況を思い出したようだ。
彼女は気持ちを落ち着かせるように深く息を吐き、愛想笑いを浮かべる。
「失礼しました」
それからベテラン勢に頭を下げ、若干気まずげに腰を下ろす美海ちゃん。
彼女はいつも俺達(主にあーちゃん)に振り回されてばかりいて、すっかり苦労人ポジションに収まってしまっているな。
……後で労わってあげよう。
それはともかくとして。
少なくとも岩中選手や山崎選手には村山マダーレッドサフフラワーズが私営3部リーグだった頃、アレなところも既に見せているからな。
あーちゃんもその記憶はあるだろうし、彼女には更に【直感】もある。
それによって他3人に関しても問題なさそうと判断したからこその言動だろう。
多分。恐らく。
まあ、マイペースが暴走した可能性もゼロではないけれども。
「…………秀治郎選手と茜選手だけじゃなく、仲がいいんだね」
と、岩中選手がそんな彼女達のやり取りを微笑ましげに見ながら言った。
その声色にはどことなく羨ましそうな雰囲気も感じられる。
佐々藤選手や黒井選手、白露選手もまた。
表情を見るに近しい感情を抱いている様子だ。
山崎選手は呆れ顔だが、それこそ初めて会った時と似たような反応。
ともあれ、ネガティブな印象は持たれなかったと見ていいだろう。
と言うか、また【好感度】が微増したぞ。
よく分からないが、むしろグッドコミュニケーション扱いだったらしい。
「アマチュア時代のチームメイトとは完全に疎遠になっちまったからなあ。俺は」
「俺もだ。態度が変わり過ぎて、元の関係ではいられなくなった」
「まあ、それは割とあるあるな話ではあるね」
「プロか否か。そこで決定的な線引きがなされてしまうからな」
最後にしみじみと告げた佐々藤選手の言葉に、然もありなんと思う。
勿論、例外はあるだろう。
ただ、個人タイトルを取るレベルの彼らはプロ野球選手の中でも別格の存在。
今生では、正に友情や仲間意識を揺るがすには十分過ぎる特権を持っている。
羨望、嫉妬、逆恨み。
むしろ、そうした感情に囚われない者の方が貴重だろう。
同じく野球を志していたチームメイトならば尚更だ。
逆に、早々に野球から離れた者の方が歪み具合は程々に収まりそうだ。
いずれにしても。
難しい顔をして黙り込んでしまった山崎選手も含め、彼らはそういった部分については余り恵まれなかったようだ。
だからこそ、今も友達のノリでいる俺達の姿が眩しく映ったのかもしれない。
まだ独身の山崎選手以外は、家族という点では良縁に恵まれたようだけどな。
「全員、プロ野球選手になることができたからってことかねえ」
分かりやすい差異と言えば、確かにそれが挙げられるだろう。
しかし、それが決定的な要因ではないはずだ。
何せ俺達はプロ野球選手になっていない中高時代の野球部の仲間達とも今のところ険悪になったり、関係が途切れたりはしていないのだから。
そして、その理由は恐らく――。
「僕達は皆、秀治郎のおかげで野球人生をスタートできたようなものなので」
「ウチも、才能がないって長いこと馬鹿にされてきたっす」
「……秀治郎君が言うからついてったけど、ウチの学校って元々は単なる公立の進学校だったものね。親が賛成してくれたのだって、正にそのおかげだし」
「補助金詐欺をするようなダメダメ弱小校を強豪校にした」
昇二を皮切りに、4人が口々に言う。
今一統一感がないが、まあ、そういうことだ。
「中高の仲間達も似たようなものです。たとえプロ野球選手になれなくても、秀治郎に導かれて野球に関わることができる未来に近づけた。皆、感謝してます」
「先輩方も、大学でプロを目指して頑張ってるって言ってたっす」
「うん。皆、秀治郎がいなかったら今よりも閉塞感に満ちた人生だったはず。だから、秀治郎にわだかまりを抱くようなことはありません」
佐々藤選手達はある意味、俺達よりもハードな競争の中にあった。
小中高。場合によっては大学。社会人。
プロ野球選手という狭き門を潜り抜けようとする戦いにおいて、最も近くにいるチームメイトは仲間であると同時にライバルでもあった。
「感謝、か……」
少なくとも彼らは昇二達のように、小学校時点で学外チームにすら入団することができずに落ちこぼれ扱いされるといったことはまずなかったはずだ。
ほとんどのケースにおいて高校ぐらいまでは順当にエリート街道を歩み、相応の努力によって育まれた強固なプライドを胸の内に秘めていたに違いない。
それがプロとアマの線引きで粉々になってしまったとすれば。
大きな歪みが生じてしまっても不思議ではない。
勿論、青春の一幕として思い出に昇華することができる者も中にはいるだろう。
とは言え、繰り返しになるけれども、今生のプロ野球選手は正に特権階級。
もはや「人間には2種類いる。プロ野球選手かそれ以外だ」と言わんばかりだ。
その線引きには前世とは比べものにならない重さがある。
だから尚のこと、心の内の歪みを正すのには時間がかかってしまうはずだ。
順当に野球に懸けてきた年月が長ければ長い程、ドロップアウトしてしまった者達とは距離を置いた方が互いの幸せのためと言えるかもしれない。
「けど、そうか。秀治郎選手は昔から、同じようにやってきていたんだね」
「むしろ、村山マダーレッドサフフラワーズがその流れをくんでるってことだな」
「秀治郎選手が源流ということか」
「かもしれません」
普通なら取りこぼされる才能を拾い上げる。
振り返れば、そういう道のりだったのは間違いない。
ただ、その過程で逆に再起不能になるまで踏み潰した才能も多くある。
そうした選手達には彼らのチームメイト以上の歪みを与えたかもしれない。
しかし、それでも仲間は変わらず同じ方向を向いていてくれている。
それが本当に心強い。
「もしよければ、今後の日本野球界のために皆さんとも歩みを共にできればと」
「……うん、そうだね。僕もそう望んでいるよ」
そう真剣な表情と共に頷いて応じてくれた岩中選手のみならず。
他の4人もまた内心では同意してくれている。
それがステータスの【好感度】の数字がまた少し増えたことからも読み取れた。
この調子で行けば、もうすぐ【好感度】80超えも達成することができそうだ。
勿論、これまでの発言は【好感度】稼ぎのためだけの偽りではないけどな。
と、そんな風に調子のいいことを考えていると――。
「そう言えば、前々回のドラフト会議の頃、選手の採点とかしてたよな?」
「え?」
黒井選手から唐突にそんなことを言われ、一瞬思考がとまってしまった。
慌てて再起動し、動揺を隠しながら口を開く。
「あ、えっと、そうですね」
「秀治郎選手から見た俺の点数って、実際のところどうなんだ?」
おっと、これは……。
【好感度】稼ぎの真っ只中に、中々厄介な話題が出てきてしまったぞ。




