279 特別強化合宿紅白戦後の交流
紅白戦ダブルヘッダー第2試合は割と一方的な試合になってしまった。
と言うのも、紅組の投手陣が炎上せず踏みとどまったからだ。
正直なところ、野手陣には乱打戦を想定した雰囲気が試合終盤まで漂っていた。
そして、その結果としてスコアは均衡する形になるのではないかと思われた。
しかし、そうはならなかった。
紅組の先発は大松君に次ぐ東京プレスギガンテスの準エース、野上浩樹選手。
彼は3回を投げて2失点で抑えた。
まあ、数字で判断してしまうとローテーション下位なら及第点かなというような微妙な結果と言わざるを得ないが、まだ春季キャンプも始まっていない1月末だ。
それに加えて、相手が白組の強力打線ということを考慮すれば「抑えた」という表現を使っても何ら間違いではないだろう。
続いて2番手。
宮城オーラムアステリオスのエース、岩中将志選手もまた3回を投げて2失点。
3番手の兵庫ブルーヴォルテックスの準エースたる米本哲伸選手は2回2失点。
9回に登板した横浜ポートドルフィンズの守護神、佐々藤隆浩選手に至っては下位からの打順だったことも相まって無失点に抑えることができていた。
そんなこんなで紅組は最終的に4投手が投げて9回6失点。
これまた相手が相手だけに、上出来と言っていい数字だ。
一方で白組は18失点と投手陣が打ち込まれてしまい……。
紅白戦第2試合は18-6とトリプルスコアの結果に終わっていた。
数字の上では初招集の大阪トラストレオパルズの若きエース、斉木弘人選手の調子が上がらず炎上してしまったのが特に痛かった。
1月故の調整不足も要因としてあったのも事実ではあるだろうけれども、それ以上にステータスの格差が結果に大きく影響したように俺は思う。
少なくとも紅組で登板した最初の3人。
野中選手、岩中選手、米本選手は大松君、磐城君、山崎選手と同じチームだ。
それ故に【経験ポイント】取得量増加系スキルの恩恵を受けている。
勿論、ベテラン故に早い段階での調整も難なくこなせた側面もあるはずだ。
何人もランナーを背負った苦しい展開に直面しながらも粘り強く切り抜けることができた理由もまた、豊富な経験が寄与したのも間違いない。
しかし、今の彼らのステータスは昔の日本野球界におけるエースの範疇から抜け出しつつあり、その影響が特に大きかったのも確かだ。
「――やっぱり【経験ポイント】の取得効率を上げないといけないな」
試合後のミーティングを終え、球場備えつけのシャワールームで汗を流した後。
ロッカールームで着替えながら小さく呟く。
「秀治郎、何か言った?」
「いや、何でもない」
近くで上半身裸の昇二が反応するが、内容が内容なので誤魔化しておく。
……にしても、昇二は相変わらず着痩せしているな。
脱ぐと本当に筋肉がヤバい。
その印象は、今となっては俺達だけのものではない。
「相変わらず凄い体してるな、昇二」
「一体、何を食ったらそうなるんだ?」
昇二に直接話しかけた白露選手と黒井選手もそうだし、他の選手達も同様だ。
ベビーフェイスと、不釣り合いな程にマッシブな肉体と。
そのアンバランスさに、最初の頃は2度見している選手が多かった。
「え、えっと……」
対する昇二はちょっと困ったような反応を示す。
とにもかくにも【生得スキル】【超晩成】の影響が大きいのだが、ステータスなるものの存在を認識していない彼はそんなことは知らない。
今日までの自らの経験の中からそれっぽい答えを返す以外にない。
「僕はかなり遅くに成長期が来たみたいなんですが、その時期にとにかく肉類をよく食べました。後は中高に筋トレ研究部というのがあって特製のプロテインを」
「成程。早い段階からタンパク質を多く摂取することを心がけてきたんだな」
「後は量ですかね。とにかく昇二もよく食いますよ」
俺も軽く補足を入れる。
ステータスの向上に伴って出力が上がった分だけ消費カロリーも増えている。
女性陣も全員かなりの健啖家だが、昇二は【体格補正】のマイナスが特に少ないこともあって輪をかけてよく食べる。
もしテレビの大食い企画に出演したりすれば、恐ろしい程の食いっぷりを見せつけてくれることだろう。
「身体作りには食べる才能が必要だからな」
「振り返ってみっと、俺よりもセンスはあったのに食が細くて体がデカくならずドロップアウトしてった奴も結構いるからなあ。ありゃホント勿体ないぜ」
白露選手と黒井選手が深く頷きながら同意を示す。
前世よりも遥かにフィジカルを偏重しているこの世界。
そういったことに関しては今生の野球界でも常識的な話ではある。
ただ、理屈は分かっていたとしても。
実際に量を食べることができるかどうかはまた別の問題だ。
技術や戦術もフィジカルという土台あってのこと。
その土台作りはトレーニングと休養、そして食事のバランスが重要。
栄養補給がままならなければ、基礎から全て崩れ落ちてしまう。
もはや大前提として足切りが入るような部分だ。
だからこそ、尚のこと残酷と言える。
「それをどうにかするために栄養バランスを整えてエネルギーの吸収効率を高めたりする訳だが、そもそも胃袋が小さいとどうしようもないからな」
「無理に胃を大きくしようとしても、うまく消化できないと逆効果ですしね……」
食事回数を増やすことで吸収効率を上げるといった対処法もあるにはある。
だが、いずれの方法も食べる才能を持つ者にだって十分適用できること。
富める者はますます富むばかりだ。
「そこら辺も今後は検査されて選別されていくのかねえ」
「……でしょうね」
これは腸内細菌ドーピング検査にも関わってくるような話でもあるしな。
陽性になるから痕跡が残る形での移植や投薬はアウトだろうし、この部分においても生まれながらにして格づけがなされていくことになるだろう。
今生の野球は正に国力に直結するもの。
そうである以上、この流れがとまることはない。
全く以って世知辛い話だ。
「ウチのガキ共はどうなるのかね」
「黒井選手のとこは男の子2人でしたっけ?」
「ああ。まだ幼稚園だけどな」
声色に悲壮感が感じられないので【成長タイプ:マニュアル】ではなさそうだ。
恐らく【生得スキル】が多いタイプでもないだろう。
……といった考え方もまた、諸に選別になるな。
打倒アメリカのためとは言え、本当に世知辛い。
「まあ、何にしても。古くから腹が減っては戦ができぬと言います」
若干のもどかしい気持ちを振り払うように明るい声を出す。
そのまま俺は言葉を続けた。
「俺達もまた然り。晩飯、食いに行きませんか? 近くに滅茶苦茶美味いトンカツをデカ盛りで出してくれる隠れ名店があるそうです」
沖縄の有名ブランド豚、アグー豚の専門店だ。
勿論、トンカツ以外もやっているそうだが、1番人気はそれだと聞いている。
地元出身の球場スタッフにリサーチしてオススメして貰った。
「トンカツか。悪くないな」
「ああ。やっぱ肉だよな肉。肉を食わねえと力が出ねえわ」
とは言え。
トンカツはそもそも揚げ物だし、豚肉は鶏肉などに比べると脂質も多い。
昔は「勝つ」の語呂合わせで縁起を担いで試合前に食べたそうだが、今となっては胃腸への負担が大きいことから試合前は食べないのはもはや常識だ。
その一方で、豚肉に含まれるビタミンB1は糖質の分解に役立つ。
エネルギーを効率よく吸収でき、疲労回復の一助になるという話だ。
試合後、練習後に食べるのであれば問題ないだろう。
まあ、ハードな練習の後は食べもの自体を受けつけなくなる者もいるが……。
それこそWBW日本代表に選ばれるような超1流のアスリートだ。
先程の才能の話ではないが、食欲不振になるようなことはまずあり得ない。
「よし。もう何人か誘って行こうぜ」
「まだ残ってるのは……っと、佐々藤さん、岩中さん! メシ行きましょう!」
「…………お前、俺達に金を出させようって腹か?」
「いや、お金なら言い出しっぺの俺が――」
「待て待て、さすがに最年少選手に奢られる訳にはいかないだろ」
俺が慌ててフォローしようとしたのを遮り、佐々藤選手が苦笑しながら言う。
数日練習を共にしたおかげか、初日の堅苦しさは大分和らいでいる。
「俺達が出すよ。秀治郎選手とはもう少し突っ込んだ話もしてみたかったしね」
「あ、ありがとうございます、岩中選手」
断るのも失礼なので、素直に受け入れて感謝の言葉と共に頭を下げる。
いずれにしても2人共、乗り気のようだ。
ありがたいことだ。
「山崎もどうだ?」
「ええ。お供します」
岩中選手の後ろに控えていた山崎選手も来てくれるらしい。
悪くないな。
後は――。
「昇二。磐城君と大松君は?」
「もう同じチームの人達と一緒に行っちゃったよ」
「あー、そっか。だと、まあ、仕方ないな」
そうなると面子は俺、昇二、黒井選手、白露選手、佐々藤選手、岩中選手、山崎選手、それと女性陣3人で合計10名か。
結果として丁度いいぐらいの人数になったな。
予約していた店に連絡し、改めて正式な人数を伝えておく。
元から10人前後とは言っていたので問題ないだろう。
そのことから分かる通り、俺は紅白戦の前から誰かを食事に誘うつもりでいた。
理由は【好感度】稼ぎのためだ。
幼い頃のあーちゃん以来余り目立って恩恵を受けていないが、ステータスの【好感度】が80以上になれば別チームであってもスキルの効果が作用する。
つまり、たとえ別の場所で練習や試合をしていても【経験ポイント】増加系スキルの恩恵に与ることができるようになる訳だ。
まあ、岩中選手については山崎選手がいるので問題ない。
しかし、この場で言えば黒井選手や白露選手、佐々藤選手は特別強化合宿が終われば【経験ポイント】取得効率が元に戻ってしまう。
それが普通と言われればそれまでのことではあるが……。
次回WBWまでにチームの底上げをするとなれば【経験ポイント】増加系スキルの適用は必要不可欠だろう。
という訳で、更に親睦を深めるために。
「では、行きましょうか」
「おう」
俺達は別室で着替えていたあーちゃん達と合流してから、目的のアグー豚専門店へと向かったのだった。




