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第3次パワフル転生野球大戦ACE  作者: 青空顎門
最終章 転生野球大戦編

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276 新球に手加減なし

「あーちゃん」

「ん。もち」


 その呼びかけだけで、俺が続けて口にしようとした内容も察してくれたらしい。

 あーちゃんは当然とばかりに大きく頷くと、そのまま紅組のベンチを出ていってネクストバッターズサークルの辺りに歩いていった。

 そして投球練習中のバッテリーへと鋭い視線を向ける。

 その姿を見れば、彼女が俺の意図を過不足なく理解していることがよく分かる。


 俺があーちゃんに伝えたかったのは何も特別なことではない。

 この紅白戦に本気で臨むこと。

 特に美海ちゃんに対し、手心を加えるような真似は決してしないこと。

 それたけだ。

 それだけの単純な内容ではあるものの、こうもキッチリ通じているのは【生得スキル】としての【以心伝心】の効果ではない。

 完全にその範疇から逸脱してしまっている。

 幼馴染であり、夫婦でもある特別な間柄故の以心伝心と言うべきだろう。


 そうした俺の思考に対し、あーちゃんから同意の意思が飛んでくる。

 この部分に関しては一応【生得スキル】【以心伝心】の効果だな。

 感心した気持ちを当たり前のように読み取っている事実はスルーしておく。


 まあ、何にしても、そろそろ試合開始だ。

 意識をグラウンドに戻す。

 丁度、紅白戦第1試合目の先発投手としてマウンドに上がっていた美海ちゃんの投球練習が終わったところだ。

 あーちゃんが国から派遣された球審に申し訳程度に頭を下げ、打席に入る。

 それから彼女は全く気負った様子も見せず、平常心のままバットを構えた。

 見た感じ、美海ちゃんの方がやりにくそうな顔をしている。

 とは言え、そんなことは何の関係もなく。


「プレイッ!」


 時間になれば、球審のコールを以って紅白戦第1試合目の開始が宣言される。


 球場には、公式戦とはまた違った妙に緊迫した空気が漂っていた。

 ここフォスフォライトスタジアム那覇は今日も満員御礼。

 それもまた緊張感を助長する要因の1つではあるだろう。

 だが、根本的な理由はやはり水面下でのスタメン争いにあった。

 特に紅組。

 露骨に戦力均衡のために入っているであろう俺とあーちゃん以外は、今回初選出の選手達によって割と厳しい状態に追い込まれている。


 その一方で。

 俺達は客観的に見れば、余程のことがない限り安泰だろう。

 しかし、だからこそ。

 真剣な競い合いに水を差すような馴れ合いだけは絶対に許されない。

 それは間違いなく「余程のこと」に該当してしまう。

 そんなことをすれば、誰であれ懲罰ものだ。


 当然、あーちゃんもそれは理解している。

 ただ、人間には自ら制御できない無意識的な部分も存在する。

 言葉でどの程度改善するかは分からないが、念押ししておいて損はないだろう。

 先程のやり取りはそういったところから行ったものだった。

 見ての通り、第1試合は親友同士の対戦で口火を切られる形だからな。


 改めて言うまでもないが、あーちゃんのコミュニティは依然として狭いままだ。

 勿論、社会人になってつき合いは増えているけれども、生来のマイペースな性格のせいもあって希薄極まりない関係に終始している。

 これはもう、あーちゃんがあーちゃんである限り変わらない。

 そんな彼女にとって、美海ちゃんは特別な存在であることは間違いない。


 美海ちゃんにとってのあーちゃんもそうだ。

 比較的社交性のある美海ちゃんではあるものの、幼い頃から共に野球選手の道を歩み続けてきた同性の存在はあーちゃんしかいないのだから。

 高校で倉本さんという仲間を得ても、それは変わることない事実だ。

 それだけに――。


「……やり辛そうだな」

「浜中美海選手の方がな」


 この勝負を注視していた黒井選手と白露選手の言う通り。

 美海ちゃんはどことなく本調子ではないように見えた。

 4球投げて2ボール2ストライク。

 まだ平行カウントだが、ボール球はハッキリしていた。


 野球選手として活動しているのだから当たり前と言えば当たり前のことではあるが、美海ちゃんの投げる球をあーちゃんが打つ機会は過去に何度かあった。

 村山マダーレッドサフフラワーズの春季キャンプや秋季キャンプでもシートバッティングや紅白戦は当然行われている。

 そういう組み合わせが発生したことは普通にある。

 しかし、それはあくまでも練習の範疇でしかない。

 そこでの勝敗がチームの起用法に影響してくる度合いは限りなくゼロに近い。

 現状の村山マダーレッドサフフラワーズにおいて、プライベートでは仲がよくてもレギュラー争いでバチバチ、のような状況は起こり得ない。


 だからと、同じような緩い感覚でこの紅白戦に臨むのはとにかくマズい。

 日本代表初選出であるだけに、この緊迫感に若干の戸惑いはあって然るべきだ。

 落山監督達もそこは理解してくれるだろう。

 しかし、馴れ合いだけはあってはならない。

 日本代表というチームの骨格が揺らいでしまう。

 少なくとも一方は本気で臨んでいることを明確に示さなければならない。

 どちらかに甘さがあるなら、どちらかが活を入れることができる。

 そういう関係であることを衆人環視の中で証明する必要がある。


「あーちゃん。ここは頼んだ」


 彼女は俺の女房役というだけでなく、バッターとしても不可欠な存在だ。

 美海ちゃんもWBW予選から決勝まで勝ち抜くには必要な戦力。

 詰まらないことで共倒れになるようなことだけは何が何でも避けたい。

 そんな思考を、あーちゃんはやはり全面的に理解してくれていた。


 ――カンッ!!


 彼女はそれこそマイペースに。

 あるいは美海ちゃん相手なら、たとえこうしたとしても互いの関係性に悪影響が生じることなどあり得ないと確信しているのか。

 2ボール2ストライクまで見送った後の5球目をうまくすくい上げた。

 打球は右中間を抜けていき、彼女は悠々2塁へ。

 1回表先頭バッターでツーベースヒット。

 初回からノーアウトランナー2塁というチャンスを作り出した。

 相手が美海ちゃんである影響は微塵も感じられない。

 この結果に少し安堵する。


「……親友相手に容赦ねえな」

「しかも、わざわざナックルカーブを狙ったようにも見えたぞ」


 黒井選手と白露選手のみならず、紅組ベンチにいる選手の表情は硬い。

 相手と状況に左右されないあーちゃんのバッティングに凄みを感じたようだ。


 本気度を示すためのあからさまな新球狙い。

 彼女は一発勝負の試合のようにリードオフマンとして待球し……。

 平行カウントからナックルに近いフォームから投じられたその球。

 美海ちゃんの新球たるナックルカーブを綺麗に弾き返した。

 さすがの一言だ。


「ストレート寄りのフォームからのナックルカーブもある。気をつけろよ」

「ああ」


 白露選手の再確認に簡潔に応じ、3番バッターである黒井選手が2番バッターの飯山選手の代わりにネクストバッターズサークルに入る。


 昨シーズン終了後に美海ちゃんが習得したそれ。

 ナックルカーブと呼ばれる変化球は、ナックルの名を冠しながらもナックルではなく、カーブの名を冠しながらもカーブではない。

 人差し指と中指をボールに立てた若干ナックルっぽい握りから弾いて投げ、カーブっぽい軌道を描きながらも抜く変化球よりも球速が出る1つの魔球だ。

 単純にナックルボーラーという肩書きから連想するような形で選んだだけだったが、今までの持ち球との相乗効果は中々のものがある。

 ナックルを投げるフォームからも普通のフォームからも繰り出すことができるため、実質球種が2種類増えたと言っても過言ではなかった。


「……飯山には正統派。翻弄されているな」


 フォームで大きく括るならタイプは2つ。

 ストレート、縦のスライダー、横のスライダー、ナックルカーブ。

 こちらはかなり白露選手が言う正統派っぽいラインナップ。

 ナックル、イーファス・ピッチ、ナックルカーブ。

 こちらはナックルを軸にした超変則投手のラインナップ。

 前者におけるナックルカーブは比較的速い球だが、スライダー系統よりは遅い。

 後者におけるナックルカーブは比較的遅い球だが、ナックルよりも大分速い。

 フォームで球種を即座に特定しにくくなり、緩急を作り出すことができる。

 勿論、どちらのタイプで投げてもいいし、ごちゃ混ぜにしたっていい。

 美海ちゃんの投球の幅は確実に広がっている。


「ストライクスリーッ!!」

「……最後はナックルで見逃し三振か。今日もよく曲がっているし、あの無軌道な変化をよく捕るものだ」


 白露選手が美海ちゃんのみならず、倉本さんのことも称賛する。


 ただ、彼女達は2番の飯山選手にナックルカーブを使わなかったようだ。

 あーちゃんに容易く長打を打たれてしまったため、一先ず気持ちを立て直そうと一旦封印することにしたのかもしれない。

 しかし、この見逃し三振で落ち着いたと判断したのか。


「そう来るか」


 続く黒井選手に対しては、一転して3球連続でナックルカーブを投げてきた。

 ただし、フォームはストレート寄り、ナックル寄り、ストレート寄り。

 前の打者からの流れで完全に意表を突かれた形となり、黒井選手も3球三振。

 結果、2アウトランナー2塁の状況で俺に打順が回ってくることとなった。


「調子が出てきたかな?」


 それをネクストバッターズサークルで見届け、小さく呟きながら打席に向かう。

 そしてルーティーンとなっている動作を行っていると――。


「秀治郎君、お手柔らかにっす」


 何となく普段と違う口調で声をかけられ、俺は思わず倉本さんに視線を向けた。

 すると、マスク越しに強張った彼女の表情が見えた。

 どうやら倉本さんもまた、このレギュラーシーズンとも日本シリーズとも練習ともまた異なるこの空気に大分呑まれてしまっているようだ。

 あるいは、さっきの黒井選手に対するナックルカーブ3連発も初回からいっぱいいっぱいになっていた結果の配球だったのかもしれない。


「……いや、ガチンコで行くよ」


 だからこそ、俺は彼女にそう告げた。

 理由はあーちゃんが美海ちゃんの新球を容赦なく打ったのと同じ。

 この場は活を入れる側の役をやらせて貰うとしよう。

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