272 挨拶回りとルール改正
コーチングスタッフには大まかな役職の上下があった。
だから、まあ。
先に投手コーチである皆田さんに話しかけられるというイレギュラーはあったけれども、概ね役職順からの年齢順という形で挨拶を行っていた。
一方で日本代表に招集された選手達。
今回のWBWでは落山さんの意向でキャプテンを設けないことになっており、役職という意味では全員フラットな状態にある。
そのため、俺達は一先ず年齢順に上から挨拶に行くことにした。
別にガチガチの年功序列で考えている訳ではないが、こと日本代表という場において年長者は実績を重ねて順当に選ばれている場合が多い。
難しく考えず1番年上の選手から声をかけておけば、特に角も立たないだろう。
「誰から行くの?」
「えーっと、まずは……」
「最年長は大阪トラストレオパルズの田岡影秋選手っすね」
「次は愛知ゴールデンオルカーズの古茂中司選手かしら」
「…………有名選手だけど、どっちも守備位置が被ってるよね」
昇二が少し声を潜めるようにして言う。
まあ、田岡影秋選手はセカンドで、古茂中司選手はキャッチャーだからな。
もし俺が登板すればキャッチャーはあーちゃん。セカンドは倉本さん。
美海ちゃんが登板すればキャッチャーは倉本さん。二遊間は俺とあーちゃん。
他の投手の時には俺がキャッチャー。二遊間を倉本さんとあーちゃん。
俺達の守備位置は割と融通が利くものの、他の守備位置の選手はバッティング面でこの2人を上回っているため、入れ替えするのは中々難しい判断となる。
少なくとも俺が想定するベストメンバーに2人の名前はなかった。
「とりあえず、当たり障りのない挨拶にしておこう……」
「そうね……」
皆の意見が一致したところで順番に2人の下に向かい、無難に話をして離れる。
交流戦で戦っているので、当然ながら全くの初対面という選手は1人もいない。
とは言え、馴れ合って八百長を疑われたりしないように、公式戦の試合前に相手チームの選手と接触することは基本的に避けるよう通達が出ている。
そのため、多くの選手はほんの2、3言葉を交わした程度の面識だった。
だから、会話はどうしても堅苦しくなってしまう。
「佐々藤選手。村山マダーレッドサフフラワーズの野村秀治郎です」
「野村茜です」「浜中美海です」「倉本未来っす」「瀬川昇二です」
「日本代表としても若輩者ですが、よろしくお願いいたします」
「ああ。よろしく」
次に声をかけたのは横浜ポートドルフィンズの佐々藤隆浩選手。
数年前に先発から抑えに転向し、守護神として活躍している選手だ。
前回のWBWでも日本代表に選ばれている。
「昨シーズンも40セーブで最多セーブ投手になられていましたね。今シーズンの100勝100セーブ達成、期待しています」
「……ありがとう。頑張るよ」
この記録は日本プロ野球では10人と達成していないからな。
レア度という意味では20人以上達成している200勝投手よりも高い。
是非とも達成して欲しいところだ。
今後の起用法次第では、もしかしたら更なるレア記録である100勝100セーブ100ホールドも達成することができるかもしれないしな。
いずれにしても、佐々藤選手は現時点で既に超1流のピッチャーだ。
そして出身地はお隣宮城県。
なので、あるいは縁があれば東北圏の球団、もとい我らが村山マダーレッドサフフラワーズに移籍してくれる可能性もなくはない。
まあ、それを抜きにしても印象はよくしておきたい。
そう思いながら更に少し言葉を交わし、それから次の選手のところに向かう。
今度はこれまでと比べると交流が深い2人だ。
共に宮城オーラムアステリオスの選手なので、丁度よく一緒にいてくれた。
「岩中選手、山崎選手。お久し振りです」
「やあ、秀治郎選手、茜選手。久し振りだね」
「……お2人共、お久し振りです」
口調は丁寧だが、山崎選手の視線は厳しいものがある。
相変わらず俺をライバル視してくれているようだ。
既にスキルも含めてステータスは俺達と遜色ない彼だが、能力値を維持し続けるためには一定の【経験ポイント】が必要不可欠。
それを確保するためにも、その熱い気持ちはなくさないで貰いたいところだ。
まあ、山崎選手に関しては前回のWBWでの大敗を経験して尚、しっかりとモチベーションを保っているようだから特に心配する必要はなさそうだが。
ある意味、海峰永徳がいい仕事をしたのかもしれない。
恐らく彼が日本代表に選ばれていなければ。
山崎選手は前回WBWの時点でかなりの活躍をすることができたはずだ。
しかし、余りにも海峰永徳のデバフが酷過ぎた。
結果はあの様。
アメリカ代表と当たる前に惨敗してしまった。
その事実に打ちのめされもしただろう。
だが、それはきっと精神的な成長の糧にもなったに違いない。
「何ですか? 人の顔をジロジロ見て」
「いえ……えっと、準三冠王は残念でしたね」
誤魔化すように咄嗟に口を開く。
しかし、出てきたのは若干煽りにも聞こえる言葉だった。
ちょっと失敗したかなとも思うが、彼に関してはその方がいいかもしれない。
「余り言い訳はしたくないですけど、秀治郎選手世代の化物と……申告敬遠にやられてしまいましたからね」
公営パーマネントリーグの首位打者とホームラン王は磐城君だった。
宮城オーラムアステリオスと兵庫ブルーヴォルテックスは同一リーグ。
今後も彼が山崎選手の前に立ち塞がることになるだろう。
とは言え、打点王は磐城君でも山崎選手でもなかった。
この会場にいる福岡アルジェントヴァルチャーズの黒井力皇選手がうまく積み重ねてキャリアハイ、歴代3位の打点を挙げて僅差で1位の座を勝ち取っていた。
山崎選手も磐城君も、前のバッターが出塁すると申告敬遠されてしまう。
昨シーズンはそんなパターンが非常に多かったため、2人は中々打点を稼ぐことができなかったのだった。
結果、山崎選手は打率、ホームラン数、打点のいずれもリーグ2位。
いわゆる準三冠王という形となっていた。
「秀治郎選手も三冠王は逃していましたね」
「ウチの倉本未来選手が打点王を取りましたからね。しかも歴代最多で」
「いや、秀治郎く……選手が申告敬遠されたおかげっすよ」
「でも、今シーズンからは変わる。三冠王も普通に目指せるはず」
と、あーちゃんがちょっとムキになったように反論する。
何が変わるのかと言えば、この会話の流れで行けば1つしかない。
即ち、申告敬遠に関するルールだ。
それが今シーズンから改正されることになったのだ。
WBWで強豪国に挑むに当たって、少なくともレギュラーシーズンにおいて申告敬遠を乱発するのは選手の成長を妨げることにもなりかねない。
勿論、それも本来はルールの範疇の戦術ではあるが、さすがに度が過ぎた。
そうした判断の下、落山さんを中心に動いてくれたようだった。
結果、申告敬遠とフォアボールには一定の制限が設けられることになっていた。
改正内容としては今生における大リーグの完全な後追いで、アチラと全く同じ。
簡潔に言えば。
1試合の中で同じバッターに2回以上申告敬遠する場合は双方の合意が必要。
そして1度申告敬遠されたバッターは次から通常のフォアボールも拒否できる。
当然ながら受け入れても構わない。
四球拒否打法でヒットを打てるとは限らないからな。
全てのバッターにとって有利になるかと言うと、また少し違う話になるだろう。
いずれにしても、今シーズンの俺達はホームランや打点の数が増えるはずだ。
打率については然程変わらないとは思うけれども。
出塁率は恐らく下がる。
それでも、俺達のバッティングが一層猛威を振るうことになるのは間違いない。
「いやいや、ウチだって負けないっすよ! 目指せ、2年連続打点王っす!」
「ああ。正々堂々勝負しよう」
「勿論っす!」
「今年は正樹も打線に加わるから、より激しい争いになると思うけどな」
「ま、負けないっす」
グッと力を込める倉本さん。
山崎選手はそれをジッと見ながら、深く考え込むような素振りを見せた。
「よりハイレベルで切磋琢磨することが、やはり肝要なのでしょうね……」
「そうだね。だからこそ今回の特別強化合宿はいい機会だ。特別強化試合もね」
山崎選手の呟きに反応し、岩中選手が深く同意しながら言う。
落山さんもまた、まさしくそういった意図で計画したに違いない。
「……はい。千載一遇と思って臨みます」
そうやって山崎選手が頷いて気を引き締めるのを見てから。
俺は岩中選手と向き直った。
山崎選手だけでなく、彼とも色々会話して親睦を深めておきたい。
「岩中選手は昨シーズンも防御率1点台で21勝と安定した投球でしたね」
「まあ、50勝の秀治郎選手に比べると恥ずかしいけどね」
「何言ってるんですか。プロ12年通算160勝は誇るべきです」
岩中選手は今200勝に1番近いと言われているピッチャーだ。
前述の通り100勝100セーブよりもレア度は低いとは言え、それは難易度が低いという意味では決してない。
実際、現代に近づけば近づく程、達成者は生まれにくくなっている訳だしな。
偉大な記録であることに変わりはない。
このまま何ごともなければ、岩中選手もその大台に乗せることができるはずだ。
何せ、ステータス的には今が全盛期だからな。
山崎選手が【経験ポイント】取得量増加系スキルを取得しているおかげで、宮城オーラムアステリオスの選手は全体的にステータスが向上している。
今回のWBW日本代表には選ばれていなかったものの、昨年の自主トレーニングでご一緒させて貰った安藤さんも衰えが見られない。
今シーズンも遜色ない活躍を見せてくれることだろう。
「とは言え、ここは実績よりも実力がものを言う世界だからね。特に監督が変わって招集メンバーもかなり入れ替わった訳だし、まっさらな気持ちで臨まないと」
「……はい」
「落山監督になり、君達が加わり、本気で打倒アメリカに挑もうと変わり始めたんだ。上下関係に囚われず、一丸となって頑張っていこう」
だからこそ、落山さんはキャプテンなしの体制としたんだろうしな。
最年少選手という立場だからと遠慮せず。かと言って和を乱さず。
球団の垣根を越えて率直に意見を言い合う。
この特別強化合宿と特別強化試合はそんな有意義なものにしたいものだ。
そう思いながら、俺達は岩中選手に「はい!」と応じたのだった。




