271 創設セレクションの話
昨シーズンの圧倒的な成績を以って、村山マダーレッドサフフラワーズはユースチーム及びジュニアユースチームの運営も安定的に継続できると判断した。
正式にチーム創設が決定され、今年の4月の始動が予定されている。
球団はその準備のために色々と活発に動き出しており、その一環として創設メンバーを選ぶためのセレクションも既に開始していた。
募集要項は以下の通りだ。
まずは前述の通り、実績は不問。
たとえ学外野球チームやシニア、ジュニアユースに所属していなくても、小学校のクラブ活動や中学校の野球部ですら公式戦に出場した経験がなくても構わない。
だから、実のところ。
余程の素行不良がない限り、書類選考の段階で弾かれることはなかった。
性別も当然不問。
今はとにかく全体のレベルアップが必要だ。
あーちゃんや美海ちゃん、倉本さんのように。
スキルを含めた最終的なスペックで現行のプロ野球選手を上回ることができるのであれば、性別になど拘る必要は欠片もない。
制限があるのは年齢のみだ。
実績や性別については次回以降に行われる定期セレクションでも変わらない予定だが、ここだけは少々異なる部分がある。
ユースチームの募集に関しては現中学3年生のみ。
これは定期セレクションと同じだ。
一方で、ジュニアユースチームは現小学6年生から現中学2年生となる。
ここは定期セレクションでは現小学6年生のみと大きく異なってくる。
現中学1年生と2年生の取りこぼしを防ぐためだ。
単純なステータスだけなら高校生スタートでもある程度まで持っていけるだろうが、さすがに座学的な部分の教育も考えて創設セレクションはこの形となった。
スカウトはなし。
そもそもがスカウトすら知らないような選手を発掘するのが最大の目的だ。
各地に出向かせ、津々浦々弱小校まで探らせるのはマンパワー的にも厳しい。
人海戦術で名簿を作ることができたとして、今度は俺の労力が酷いことになる。
なので、全て応募形式とした。
この機会に受験する意思すら見せなければ足切り。
これまでの人生で誰に何と言われてこようとも、一縷の望みをかけて応募する。
その程度は野球への執着が欲しい。
たとえ駄目で元々といった考えでしかなかったとしても、行動する者と行動しない者との間には雲泥の差がある。
それを以って、ふるいをかけている訳だ。
「やる気、次第……」
「はい。村山マダーレッドサフフラワーズは、野球に人生の全てを懸けられるぐらい強い気持ちを持つ選手を欲しています」
皆田さんの呟きに補足を入れながら、俺は更に言葉を続ける。
「ここだけの話ですが、皆田和久君は1次選考も通過しています。間もなく、2次選考の知らせが届くと思います」
書類選考よりも重要なのは、それと同時に行われている1次選考の方だ。
受験者には書類と共にバッティングや守備、投球の動画も送って貰っている。
いわゆる動画選考。
これは他のセレクションもそうだし、就職活動などでも行われているものだ。
もっとも【マニュアル操作】でステータスを読み取れる俺には写真だけでも十分なので、どちらかと言えば周囲へのカムフラージュとしての要素の方が強いが。
「2次選考からは実技審査となりますが、先程も申し上げた通り、見るのは取り組む姿勢です。たとえ今現在の能力が低くても、それだけで落とすことはしません」
あくまでも野球に対して真摯である前提で、更に詳しく言うなら保有【経験ポイント】の多寡や【生得スキル】の有無が重要になってくる。
とは言え、これは他の誰にも明かすことができないものだ。
相変わらず非現実的な話過ぎて、身内に対してすら「才能がある」とか「伸び代がある」といったフワッとした物言いで誤魔化す以外にない。
「実技審査の日程は2月最終週の土日です。そこに合わせてモチベーションとコンディションを上げておくように和久君にお伝え下さい」
「あ、ああ。分かった」
戸惑いながら頷く皆田さん。
ちなみに彼の息子さんである和久君は【成長タイプ:マニュアル】だった。
更に2つの【生得スキル】を持っている。
それで軽度の先天性虚弱症で済んだのは、正樹や昇二と同じく【Total Vitality】に残り【経験ポイント】が運よく割り振られたおかげだろう。
和久君は運という点では間違いなく持っている人間だ。
2つの【生得スキル】も、俺から見て中々いいものを取得している。
1つはオーストラリアの転生者、ジョシュア選手も持つ【無駄方便】。
もう1つはオランダの転生者、フェリクス選手も持つ【経験ポイント共有】だ。
前者は『通常であれば【経験ポイント】を得ることができないような行動であっても同様に【経験ポイント】を得ることができる』というもの。
後者は『チームメイト、またはバフの対象に選べる【関係者】と【経験ポイント】を共有することができる』というもの。
正直、チームの育成という面ではこれ以上ないシナジーが期待できる。
当人へのメリットは……正直なところ余り大きくはないけどな。
いずれにしても、彼の入団はほとんど確定的だ。
実技審査の中でしっかり野球に取り組む姿勢を見せて貰えれば。
最終選考の面接の場で人格に問題があると判断されるようなことさえなければ。
その時点で合格になると言って差し支えない。
最初に言っていた【経験ポイント】の多寡は、彼の場合は度外視だ。
何せ【生得スキル】の【無駄方便】と【経験ポイント共有】のせいで、そこに努力の痕跡を見出すことができないからな。
実際、チームメイトの【成長タイプ:マニュアル】以外の子らに【経験ポイント共有】によって【経験ポイント】を全部吸われて0になってしまっているし。
それは【無駄方便】で溜めた分も全て誰かの養分になったことを示している。
その誰かがシニアやジュニアユースに進むことができたかは定かではないけれども、もしドロップアウトしていたらと思うと切なさしかない。
しかし、小学6年生である今なら和久君はまだ間に合う。
【マニュアル操作】を持つ俺が干渉すれば、十分リカバリーすることも可能だ。
何故なら、今後和久君のチームメイトは【成長タイプ:マニュアル】の子がほとんどになる予定だからだ。
周りが【成長タイプ:マニュアル】であれば、【経験ポイント共有】を介して勝手に【経験ポイント】を消費されてしまう心配はない。
【成長タイプ:マニュアル】以外の選手がチームにいたとしても、他の【成長タイプ:マニュアル】の子からうまく補填させることもできるだろう。
とにもかくにも、彼自身が諦めることなく野球と向き合い続けてくれれば一廉の野球選手になることは十分可能だ。
「……もしかして、秀治郎選手も実技審査にも参加するのか?」
「ええ。春季キャンプ中ですが、その時だけ山形に戻ります」
WBW予選がある今年は、間違いなく去年に輪をかけて慌ただしくなる。
既にその片鱗が見えている。
特別強化試合が終わったら即座に久米島に行って春季キャンプに参加。
途中、山形に帰って創設セレクションの実技審査。
それを済ませたら、また久米島にとんぼ返りだ。
俺も忙しいが、球団も受験者も忙しい。
本当はセレクションの時期はもっと早くて然るべきだったが、あくまで今年の4月始動とするために急ピッチで進めてこのような日程になった。
場合によっては進学との板挟みになる子が出てくるかもしれないのが少々申し訳ないが、野球に関する無法はかなりの範囲で許容されるのがこの世界だ。
むしろチャンスが1回増えることに感謝する選手の方が多いと聞いている。
「…………ふぅ」
俺の返答を受け、皆田さんはしばらく間を置いてから何か邪な考えを振り払おうとするように深く息を吐いた。
「そんな風に言われてしまうと、余計なことを頼みたくなってしまうな」
それから彼は、困ったような笑みを浮かべながら言った。
親ならば、そんな誘惑にかられるのも無理もないことだろう。
「申し訳ないですけど、選考そのものは公正に行います」
「ああ。当然のことだ。さっきのアドバイスだけでも既に過大なくらいだしな」
「…………まあ、この話はこれぐらいにしておきましょうか」
「そうだな。そうしよう」
この場はあくまでもWBW日本代表の懇親会だからな。
話題としては少しズレてしまっている。
まあ、野球界の将来という意味では関わりが全くない訳ではないけれども。
無駄な誘惑をするのも、失言をするのも怖い。
何より1人とだけ話をするのは本筋からも外れるだろう。
「すみません、皆田さん。まだ方々に挨拶が済んでいないものでして」
「っと、そうか。長々と引き留めて申し訳ない」
「いえ。では、明日からの特別強化合宿。よろしくお願いします」
黙って傍に控えていたあーちゃんと、落山さんへの挨拶を終えていつの間にか後ろにいた美海ちゃん達共々改めて頭を下げる。
「こちらこそ改めてよろしく。日本一の村山マダーレッドサフフラワーズから更に選び抜かれた選手達の実力、じっくりと拝見させて貰うよ」
「はい。望むところです」
そうして俺達は皆田さんから離れ、今度は順番通りにまずヘッドコーチである島井育幸さんの下へと向かった。
それから1人ずつ。コーチングスタッフに一通り無難に挨拶をしていく。
……さて。
首脳陣の次は、WBWで肩を並べて戦うことになる選手達だな。




