264 地元テレビ局への出演は息抜きを兼ねて②
第1駐車場でロケ車を降り、目的の建物の前に立つ。
「ここがクラゲ夢いっぱい館……!」
それを見上げながら、あーちゃんは声に僅かな興奮を滲ませた。
自ら希望した訪問先だけあって、割と楽しみにしていたようだ。
「クラゲ世界一の水族館、か」
鶴岡市にあるこの水族館は今生の正式名称を加茂町水族館と言い、更に「クラゲ夢いっぱい館」という愛称でも呼ばれている。
何故かと言えば、クラゲ展示種類数世界一の水族館だからだ。
しっかり世界記録にも認定されている。
これが水族館としての最大の特徴と言えるだろう。
ただ、何度も言うようにアクセスが悪いのが唯一にして最大の欠点だ。
水族館ならどこでもいいとなると選択肢から外れてしまう可能性が高い。
とは言え、クラゲ目当てなら、その欠点を押して訪れる価値は間違いなくある。
実際、そうした客のおかげで特に土日は大盛況とのことだ。
……後はそうだな。
鶴岡市を含む庄内地方は山形県でも指折りのラーメン激戦区。
ラーメン屋巡りに並行して来るという選択肢もあるかもしれない。
館内にあるレストランでは、クラゲラーメンを食べることもできるそうだし。
まあ、俺達の今日の訪問では売店の軽食程度に留めておく予定になっているが。
「……じゃあ、行こうか」
「ん!」
基本、水族館側の案内に従って館内を回っていく。
一方で、会話やリアクションは俺達次第。
ロケ車を降りたところから番組側は特に指示を出さないとのことだったので、普通にデートのつもりであーちゃんと恋人繋ぎをしながら水族館の入り口に向かう。
ガッツリ撮影しているカメラマンのことは、意識の外に追いやっておく。
そうして中に入ると、受付のところで案内スタッフの女性が待ち構えていた。
本来の時間割ではないが、どうやら有料プログラムも体験させて貰えるらしい。
収録故の役得という奴だな。
「では、こちらへ」
まずはクラゲメインの展示コーナーに向かい、そこで生態などの解説を聞く。
「――つまり、このクラゲは傘の裏側がシンプルだからオス?」
「はい。その通りです」
「で、こっちのフリフリがついてるのがメス、と」
「……傘の動き、波紋みたいにポワポワしてて面白い」
「イルミネーションの中だと何か神秘的で綺麗だな」
大量のミズクラゲがいる水槽を、あーちゃんと並んで覗き込むように見る。
中は色鮮やかな光で照らされていた。
ミズクラゲというクラゲは全体的に透明で、比較的フォルムもシンプル。
そのおかげで割と可愛げがある見た目だ。
多分、これで駄目ならクラゲ全体駄目だろうという初心者向けな感じが強い。
クラゲというものは種類によっては馬鹿デカかったり、毒々しかったり、奇怪な形状をしていたりと結構絵面がキツいからな……。
人を選ぶ生き物なのは否めない。
「これが昔大量発生で話題になったエチゼンクラゲ。凄く大きい」
そうしたクラゲの中でも世界最大のものを目の当たりにし、いつもはマイペースなあーちゃんでさえも若干及び腰になっていた。
その威容は、生命の神秘と共に海そのものの底知れなさを感じさせる。
彼女の気持ちもよく分かる。
「これを食用にできる人間の業よ……」
「ん。あっちのビゼンクラゲもここのレストランで出るみたい」
あーちゃんの視線の先にある水槽では、ビゼンクラゲが泳いでいる。
思った以上に速くて驚く。
……こうして実物を示されるとちょっと怯んでしまうな。
続いてバックヤードを見学させて貰ったり、一般的な水族館のイメージそのままのアシカやアザラシのショーを見たりして一通り楽しんでから。
事前に決まっていたものの1つ。
売店でクラゲアイスを買って食べる場面になった。
少し躊躇ってから、恐る恐る口に運ぶ。
「コリコリ。不思議食感」
「……クラゲ部分は本当に味がしないな。アイスの味だけだ」
まあ、マズかったら売り物にはならないか。
余りネタにもならないけれども。
そんな風に思いながら。
最後に水族館のグッズショップで商品を物色する。
幼馴染組へのお土産だ。
「みなみーとみっくにクラゲ饅頭とクラゲ羊羹を買ってく」
「……じゃあ、俺は無難に実用性のある文具とクリアファイルにしとこう」
「しゅー君、もっと冒険すべき」
「いやあ、そうは言ってもな……」
それこそ食べ物系は、頼まれでもしない限り無難なものがいいと思う。
店を見ると山形のソウルフード玉こんにゃくをクラゲっぽい形にしただけのものとかもあるが、これだって場合によっては罠になり得るかもしれない。
ちゃんとデフォルメされていて尚、触手を模した部分が生理的に無理となって。
「チャレンジングなお土産はあーちゃんに任せるよ。分担しよう」
「ん。クラゲラーメンも買ってく」
もし皆にいらないと言われたら、俺が貰って胃の中で処理しよう。
そして、代わりに無難なお土産を渡してフォローすればいい。
まあ、コラーゲンが豊富で美容にいいと謳っているようだし、そういったところに魅力を感じる人には普通に受け入れられるかもしれないけどな。
何はともあれ、買い物も終えて水族館での撮影は終了。
俺達のサインが欲しいと言ってくれたスタッフ達には時間の許す限り応じ、案内をしてくれた女性には改めて2人でお礼を言ってから施設を出る。
正直、途中から普通に撮影班のことを忘れて楽しんでしまった。
完全に単なるデートになっていた。
そう自覚すると、改めて本当にこれでよかったのだろうかと不安になってくる。
「あの……プライベート映像みたいになっちゃいましたけど、大丈夫ですか?」
「バッチリです! 何の問題もありません!」
一応ディレクターに確認すると、彼はそう無駄に力強く答えた。
「そ、そうですか」
その勢いに圧倒されて、それ以上のことを言えなくなる。
であれば、もう本当に気にしないようにしておこう。
そう自分に言い聞かせ、俺はあーちゃんと一緒にロケ車に乗り込んだ。
時刻は11時。
ここからまた2時間かけて山形市に戻ることになる訳だが、その前に。
「お腹空いた」
「まあ、アイスだけじゃな」
朝食から5時間以上経っていて、食べたのはクラゲアイスのみ。
むしろ、意識していなかった空腹感が物足りないと顔を出してきている。
と言うことで長距離移動の前に食事タイム。
折角ラーメン激戦区の鶴岡市を訪れるのだからと俺がチョイスした担々麺の有名店に向かい、汁なしゴマ担々麺を食す。
「ん。辛旨」
「だな」
満足げなあーちゃんに同意しつつ、混ぜ込んだ麺と具材をかっ込む。
正に辛旨な味に箸は進み、それに伴って新陳代謝が上がっていくのを感じる。
辛さとしては、追加の辛みを入れなければ辛党が満足するものではないだろう。
しかし、スタンダードの状態でも苦手な人の上限は恐らく超えている。
それでもゴマの風味と味のしみ込んだ挽肉の旨みのおかげで完食できそうだ。
夢中で食べ進めていくと、知らぬ間に汗が滴ってくる。
隣を見ると、あーちゃんも同様だ。
「あーちゃん、汗」
「ん」
ハンカチを取り出し、彼女の顔を丁寧に拭ってやる。
体調を整える類のスキルのおかげか、彼女は今も全く化粧っ気がない。
なので、滝のような汗を拭いてやっても化粧崩れは気にしなくていい。
「しゅー君も」
こちらはこちらで汗だくになっていたので、彼女もまたポケットから自分のハンカチを取り出して俺の顔に軽く当ててきた。
食べ終わるまでにお互い数度そんなことを繰り返し、1軒目の食事を終える。
撮影の予定は後3軒。
次は2時間移動した後の山形市にあるラーメン店だ。
「ふわ……」
「あーちゃん、寝てていいよ」
「ん……」
ロケ車に戻り、担々麺を食べて少し眠そうにしている彼女にそう声をかける。
あーちゃんは小さく頷くと、当たり前のように俺の肩に頭を預けて目を閉じた。
少しして寝息を立て始める彼女に微笑んでから、またタブレットを起動させる。
チラッとディレクターを見ると満足そうな顔。
会話はなくなったが、これはこれでいい絵が撮れたと言いたげだ。
ちなみに、あーちゃんは1時間ぐらいで目を覚ました。
「秀治郎選手。予定通り連続して食事の撮影となりますが、大丈夫ですか? 先程の店では全て召し上がっていましたが……」
「全然問題ないです。普通盛りにしておいたので。茜も問題ないですよ」
心配する気持ちも少しは分かるが、こんなでも今生はプロ野球選手の端くれ。
一般男性の平均摂取カロリーの2倍ぐらいは許容範囲だ。
むしろ、それぐらいは食べないと同業者からは不審がられるぐらいだろう。
まあ、俺は【衰え知らず】によって少食でも何かしら体内で整合性が取られるかもしれないが……少なくともあーちゃんは体を維持できなくなるはずだ。
消費カロリー分は摂取して貰わないといけない。
「みなみーやみっくは勿論、わたしも意外と健啖家」
その言葉通り、2軒目で注文した山形名物冷たい鳥中華もペロリ。
顔色1つ変えることなく次の目的地に向かう。
「懐かしの村山子供動物園」
「うん。前に来た時はウサギと触れ合ったりしたっけ」
山形県内唯一の動物園であるそこは何と入園無料。
子供動物園と銘打っているが、無料の対象は大人もだ。
村山市から近いこともあって何度か来たことがある。
空港からも近い。
こちらは水族館と対照的に、アクセスがいい代わりに規模が小さい。
飼育されている動物も小動物や鳥が中心だ。
大きい動物も草食がほとんど。猛獣の類はほぼいない。
それでも気軽に行けるのはいい。
「今日はポニーに餌やりしていいって」
本来の日程とは違うタイミングだが、こちらも収録故の役得。
スティック状の人参を貰い、寄ってきたポニーに柵越しに差し出す。
動物側も慣れているのか、器用に餌だけを持っていってくれた。
「しゅー君、見て。たてがみフサフサでフワフワ」
餌やりを終えたあーちゃんは自然な笑顔を浮かべ、楽しそうに振り返る。
そんな彼女の様子はいつになく幼げだ。
俺は転生者ということもあって、子供の頃から生活の大半を野球に割いてきた。
多少は配慮していたつもりだったが、常に一緒にいたあーちゃんもそれに巻き込まれる形で野球中心の生活になってしまった。
まあ、そんな言い方をすると彼女に怒られてしまうだろうが……。
情操教育に使うような時間を多く取ることができなかったのは間違いない。
青春っぽい遊びもそう。
高校を中退して一足飛びで社会人になってしまったから尚更だ。
それだけに、こういうことで嬉しそうな彼女を見ると少し申し訳なくも思う。
なるべく早く諸々片づけて、色んな楽しいことを一緒に体験したいものだ。
何の気兼ねもなく。
「…………わたしは、しゅー君と一緒だから楽しい」
【以心伝心】で何かを察したのか、ポツリと呟くあーちゃん。
「うん」
そう言われると気持ちは楽になる。
ただ、まあ、それはそれだ。
俺が彼女のためにそうしたいだけなのだから。
「ん」
それも何となく伝わったようで、あーちゃんは小さくはにかみながら頷いた。
その後は動物園では前に来た時と同じようにウサギとの触れ合い体験をして。
動物園を出たら、辛味噌ラーメンの有名店で再び食事。
それから道の駅に行って山形名物の漬物を買ったりして過ごし……。
最後に晩御飯として蕎麦屋に行って板蕎麦とゲソ天を堪能。
それで収録は終了となった。
「お陰様で秀治郎選手と茜選手の新鮮な姿を撮ることができました。お2人の魅力を最大限にお伝えできる番組としますので、是非放送を御覧下さい」
「はい。楽しみにしています」
そうして出発地点に戻り、その場で解散。
最初は不安だったが、自由にさせて貰ったおかげでいい息抜きになったと思う。
しかし、オフシーズンのメディア露出はこれで終わりではない。
「明日も別の収録」
次も地元テレビ局。
だが、今度は美海ちゃんや倉本さんも一緒だ。




