263 地元テレビ局への出演は息抜きを兼ねて①
1部リーグ初年度のシーズンを終え、村山マダーレッドサフフラワーズはリーグ優勝と日本一という快挙を成し遂げた。
個人成績も歴史的な数字を残している選手が複数人いる。
これだけの実績があれば、多少野球外で活動しても批判を抑えられるだろう。
と言うことで、俺達はバラエティ番組とCMへの出演を解禁した。
それでも、当然ながら野球優先のスタンスに変わりはない。
なので、秋季キャンプの期間はそちらに集中していたのだが……。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
正にその秋季キャンプが終わった今、俺達は様々な収録に大忙しとなった。
「お2人にまさかオファーをお受けいただけるとは……望外の喜びです」
そう言ってペコペコと頭を下げているのは地元テレビ局のディレクターの男性。
公称19歳の俺達相手に物凄く低姿勢だ。
最大限へりくだった言葉にも思わず苦笑いしてしまいそうになるぐらいだけれども、この野球に狂った世界では大袈裟とは言えないんだよな。
とは言え、未成年がこんな扱いを受けたら天狗になりかねない。
チヤホヤされて俺も勘違いしそうなぐらいだが、これでも一応は転生者だ。
大人として社会の片隅で生きてきた経験のおかげで、謙虚さを取り繕えはする。
隣で鼻高々なあーちゃんは……これは俺が尊重されていることに満足しているだけっぽいから、特に窘めたりする必要はないだろう。
それはそれとして、仕事を受けたからには収録に集中しなければ。
「ええと、本当に普段の感じでいいんですよね?」
「はい。視聴者も自然なお2人が見たいはずなので」
俺の問いかけに、ディレクターは笑顔で頷いて肯定した。
本当か? と内心思うが、番組制作のプロが言っているのだから信じよう。
内容は極めて単純。
あーちゃんと一緒に俺達が希望した山形県内のスポットを訪れて散策する。
それだけだ。
当然ながら行きたいところ、思い出の場所、やりたいことなど問い合わせは事前にあり、可能な限り別々で返答が欲しいという指定の通りそれぞれ答えている。
台本を貰うまでは互いの希望は知らない状態だったが、これから向かう先には番組サイドでしっかりアポイントが取られているはずだ。
突然のアポなし訪問で先方が混乱するといった事態にはならないだろう。
「それにしたって、こちらの裁量に任せ過ぎでは……?」
「台本スカスカ」
俺がそんな疑問を口にした理由を補足するように、ジト目のあーちゃんが薄い本よりも薄い台本を手に持って軽くヒラヒラさせる。
「こちらが逐一指示をするよりも、その方が間違いなく視聴者の方々に興味を持たれますので。訪問先の宣伝効果も高くなるでしょう」
俺達の指摘に対し、ディレクターは営業スマイルのまま答える。
それはそうなのかもしれないが、それにしたってな……。
改めて台本を見ても、訪問先のリストと滞在時間ぐらいしか書いていない。
インターネットから拾ってきた映像にリアクションさせるだけの番組とかならまだしも、素人が初めてロケをするのだ。
さすがにもう少し細やかな指示があってもいいと思うのだが――。
「特に茜選手の奔放な物言いは人気がありますからね。ありのままの姿をお伝えした方が視聴者も喜ぶはずです」
「えぇ……?」
それは一歩間違えれば炎上する奴では?
そう首を傾げるが、今日はもう収録当日だ。
今更台本を作り直して貰う余裕もないし、延期をすれば訪問先に迷惑がかかる。
「番組側がいいと言ってるんだからいい。カメラはないものとして楽しめばいい」
「はい。まさしくその通りです」
切り替えたあーちゃんに深く深く同意するディレクター。
まあ、このまま行くしかないか。
「……まずは鶴岡市まで車で2時間。あちらに2時間程滞在して、そこから山形市まで戻ってきて次の場所へ向かう、と」
「今から行けば、丁度開館の時間になります」
現在、時刻は朝の7時。
最初の目的地は鶴岡市にある水族館だ。
開館時間は9時。
俺が口にした通り、車で2時間程かかる。
多分、それが最短。
正直なところ、あそこはそれ以外のアクセスは碌なものがない。
そういった理由もあり、俺達も初めて行く場所だった。
場所的には海っぺりにある。
だから、海水浴のついでに行く機会があるんじゃないかと思う人もいるかもしれないが……山形市や村山市からならハッキリ言って宮城県の海水浴場の方が近い。
実際、子供の頃に鈴木家に連れられて海に行ったことはある(特に目ぼしいイベントは何もなかった)が、そこは仙台市の海水浴場だった。
何なら水族館だって宮城県にある方が近い。
あくまで住んでいる位置と活動範囲のせいではあるものの、こういう企画でもなければ俺達がここを訪れる機会はなかったかもしれない。
「では、行きましょうか」
「はい」
促され、アシスタントディレクターが運転するロケ車に乗り込む。
移動中の様子も撮影するようで、カメラが何台か設置されている。
「今日は秀治郎じゃなく、しゅー君で大丈夫?」
「いいんじゃないか。ありのままって言ってるし」
「ん」
ヒーローインタビューとかの場で時々漏れ出てるしな。
今更呼び方でとやかく言われるようなことはないだろう。
「けど、今日は楽しみ。しゅー君とゆっくりデートできる」
予定は大分慌ただしいことになってるけどな。
野球以外の目的で、尚且つ自分達の希望した場所で過ごす。
そうなると大分久し振りかもしれない。
「実質、衆人環視のデートだけどな」
「問題ない。顔が売れたからプライベートでも似たようなもの」
まあ、それはそうか。
やはり1部リーグの宣伝効果は大きく、今シーズンを経て知名度は爆上がり。
おいそれと繁華街に行こうものなら、恐らく大変なことになるレベルになった。
恐らくとつけたのは、実際に繁華街に突撃したことはまだないからだ。
自意識過剰でしかないかもしれない。
だが、天下の往来を無駄に混乱させる訳にもいかない。
慎重に慎重を重ねて然るべきだろう。
そう考えると、こうして撮影班が周りをガッチリ固めてくれる方がデートとしてはマシなぐらいかもしれない。
「……じゃあ、存分に楽しもうか」
「ん!」
嬉しそうに微笑んで、俺の腕に抱き着くあーちゃん。
今日は互いに余所行きの私服。
あーちゃんはロングスカートの白いワンピースの上から、やや濃い青色のややロング丈なデニムジャケットを着込んでいる。
ワンピースのスカートには目立たない程度にフリルがあしらわれ、その下には厚手の黒いレギンス。靴はスニーカーで、全体的にカジュアルに寄せている。
最近少し伸ばし気味の黒髪は茜色のバレッタで纏めてポニーテール気味に。
俺は見慣れているが、ユニフォーム姿からとなると当然印象は大分違ってくる。
男性ファンが増えてしまいそうだが……。
まあ、いつも隣に余計なのがいるので限定的な効果にしかならないだろう。
尚、俺の格好については需要がないだろうから割愛する。
モブっぽいシンプルな初冬のコーディネートとだけ言っておこう。
それはともかくとして。
「まず水族館。次は道の駅。で、動物園。合間にラーメン屋3軒と蕎麦屋1軒か」
「水族館も動物園も道の駅もわたしの希望。しゅー君は観光地的なところは1つも採用されなかった?」
「ああ、うん。時期的に駄目だったっぽい。11月は微妙なタイミングだからな」
「どこ?」
「山っ子ランドと庄内映画スタジオ」
俺が挙げた2つに、あーちゃんはそれは仕方ないと納得したように頷いた。
山形県は雪国。その名の通り雪が降る。
地域によっては豪雪地帯に指定されてもいる。
そのため、11月末から3月、4月辺りまで冬季休業となる施設もあるのだ。
ちなみに山っ子ランドは山形県唯一の遊園地。
何度か鈴木家に連れていって貰ったことがある。
問い合わせの「思い出の場所」に該当するチョイスだな。
ちなみにあーちゃんが希望したそれは動物園だ。
これは割と近いので、実は何度か行っている。
「山っ子ランド、懐かしい」
「メリーゴーラウンドに観覧車、子供向けのジェットコースター。結構色んな乗り物に乗ったよな。体験型アトラクションもやったっけ」
ここの特徴は世界的人気のあるキャラクターが随所にあしらわれていること。
さすがに規模とかは有名どころの遊園地には劣るが、そうした可愛らしさのおかげもあってか当時のあーちゃんも楽しそうだった。
庄内映画スタジオは時代劇の映画撮影に使われた場所で、エリア毎にコンセプトが異なるセットを見学したり、コスプレをしながら記念撮影したりできる。
個人的に前から1度は行ってみたかったのだが、あーちゃんが楽しめるかとか車で1時間半以上かかることとかがネックとなって言い出せなかった。
行くにしたって、基本的に鈴木家頼みなところがあったからな。
「もう冬季休業中?」
「うん。予定よりちょっと早まったらしい」
問い合わせに答えた段階ではまだギリギリ行けそうだったのだが、その直後に雪の予報が出てしまって今回は行けないことになってしまった。
「何にせよ、営業期間の大部分がシーズン中だから中々行けないだろうな」
「野球を引退したら子供達と行けばいい」
「……そうだな」
しれっと複数形なことに少し笑うが、あーちゃんは変わらず本気の様子。
子供で野球チーム計画に変更はないようだ。
「やっぱり11月はタイミング悪いな。ウインタースポーツとかは早過ぎるし」
「確かに微妙な時期。通年でやってるとこが無難なチョイス」
あーちゃんの希望はその辺も考えた上でのものだったのかもしれない。
彼女はこれで思慮深いからな。
配慮する対象は極めて限定的だけど。
「……けど、やっぱり水族館はアクセスが悪過ぎかも。移動時間長過ぎ」
「こればっかりは仕方ないさ」
「移動時間もいつものわたし達みたいにする」
「んー……」
チラッと助手席に座っているディレクターに視線をやると、彼は笑顔で頷く。
移動時間よりも現地が主体。
さっきの会話で一先ず十分なのだろう。
「じゃあ、まあ、そうしようか」
ならばと俺は荷物からタブレットを取り出し、パスコードを入れて起動させた。
それからインターンシップ部隊から送られてきているデータを開き、2人で顔をくっつけながら確認し始める。
「俺と美海ちゃんを除いた投手陣の平均球速は5km/h上がったか。元が低いとこらからのスタートとは言え、プロ野球全体で見ると10年分の進歩だな」
「ストライク率も10%上がった。着実に成長してる」
直球の回転数も上昇傾向だし、球質も全体的に向上している。
日本プロ野球最高峰の舞台で1年間戦い抜いた経験により、シーズン終盤には全体的に1部リーグの選手と言っていいぐらいにはなってきた。
去年のドラフトルーキー2人もまた【経験ポイント】取得量増加系スキルのおかげで急激に力をつけてきている。
正にスポンジが水を吸うように。
このまま行けば、来シーズン後半には十分戦力になってくれそうだ。
「来シーズンは負けを更に減らせるかもな」
「ん。162戦162勝を目指す」
あーちゃんの宣言にはディレクターも思わず目を見開いて振り向いている。
運転手のアシスタントディレクターは前を向いてくれ。
赤信号で停車しているから今は、まあ、いいけど。
「最終的な成績がどうなるかはともかく、球団としてはそれぐらいの意気込みで臨まないとな。首脳陣の1人としては尚のこと」
それはそれとして、実現できそうなのは野球界としては少々不健全だ。
どうにかしなければならない。
とは言え、こればかりは地道に全体のレベルアップを図る以外ないだろう。
「次にバッター。試合でのコンタクト率は――」
そんな風に1つ1つデータの確認をしながら車に揺られること2時間。
割と集中していて時間が経つのが早かった。
「お2人共、そろそろ到着です」
「あ、分かりました」
「ん」
ディレクターに言われ、タブレットを荷物にしまう。
窓の外に視線をやれば広大な海が目に映る。
そうして俺達は最初の目的地、加茂町水族館に到着したのだった。




