閑話28 日本シリーズ決勝ステージ東京プレスギガンテス対村山マダーレッドサフフラワーズ第2回戦全国放送生中継
日本シリーズ決勝ステージ。
東京プレスギガンテス対村山マダーレッドサフフラワーズ第2戦の試合開始を間近に控え、ここインペリアルエッグドーム東京の緊張感は高まってきております。
改めまして、実況はわたくし羽澤朗一。
解説はパーフェクトサブマリンこと綿原博介さん。
本日は更にゲスト解説として、WBW日本代表監督に就任されました落山秀充さんにお越しいただきました。
綿原さん、落山監督。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
さて、試合開始までにまず昨日行われた初戦の振り返りを行いたいと思います。
東京プレスギガンテス先発は部井菅琉選手。
村山マダーレッドサフフラワーズ先発は野村秀治郎選手でした。
試合は初回に村山マダーレッドサフフラワーズに先制点を挙げられると、その後もコンスタントに得点を重ねられ、終始主導権を握られ続ける形となりました。
東京プレスギガンテスは部井選手が4回6失点で降板。
打線は野村秀治郎選手相手に何とか2点を挙げることができたものの、最終的には2-11と大差をつけられ、敗北を喫してしまいました。
村山マダーレッドサフフラワーズ打線の破壊力は言うまでもありませんが……。
綿原さん、部井選手の調子は如何でしたでしょうか。
そうですね。
ストレートに力はありましたし、変化球のキレも悪くはありませんでした。
更に普段は若干難のある制球も定まっていて、もしかすると過去類を見ないぐらいの出来だったのではないかなと思います。
ただ、残念ながら今回は相手が悪過ぎた、というところでしょうか。
今の東京プレスギガンテス先発陣だと5番手とか6番手のピッチャーだからね。
申し訳ないけど、初戦の負けは織り込み済みという感じもあった。
(まるで捨て試合だったかのような落山秀充の発言に、羽澤アナのどこか反応に困ったような息遣いをする。それを感度のいいマイクが拾ってしまう)
……バッティングの方は如何でしたでしょうか。
エラー絡みの得点もあったとは言え、あの難攻不落の野村秀治郎選手から2点奪取することができましたが、これは2戦目以降の好材料となりますか?
うーん。
正直なところ、それに関しては逆に悪材料になってしまうかもしれません。
と言いますと?
昨日の野村秀治郎選手は徹頭徹尾、打たせて取るスタイルで投げていました。
準決勝ステージでの磐城巧選手との投げ合いと比較すれば明らかです。
準決勝ステージで言うなら、むしろ3戦目が昨日と似たような感じだったね。
はい。野村秀治郎選手はレギュラーシーズンでもよく同じことをしています。
実際に彼の登板試合を観戦したことのある人なら分かると思いますが、このスタイルの時はまるで試合中にシートノックをしているかのような印象を受けます。
まさか日本シリーズでもこれをしてくるとは思いませんでしたが……。
日本シリーズですらWBWへの踏み台としか考えていないのかもしれないね。
WBW日本代表監督となった落山さんにとっては、むしろ頼もしい限りでは?
そうだね。
……やはり国を背負って戦う以上は、その程度の気概は欲しい。
打倒アメリカを本気で目指すというのなら尚のことだ。
(その言葉に気圧されたのか、ほんの一瞬だけ沈黙が場を支配する)
勿論、日本シリーズという場を蔑ろにしていいと言っている訳ではないけどね。
ただ、厳しいことを言わせて貰うなら、むしろ彼にそのような真似をさせてしまう対戦相手の無力の方を嘆くべきだろう。
……っと、話が逸れてしまったね。申し訳ない。
い、いえ。重みのあるお言葉でした。
まあ、それはともかくとして。
昨日の野村秀治郎選手は多少の失点に頓着していなかったということです。
ある程度、打たせられてしまったという見方もできます。
実際、準決勝ステージの完封よりも球数は少なくなっていますからね。
加えて、彼がそのスタイルで投げた球団は、その後の試合で打撃成績が落ちる傾向にあるというのも懸念点となるでしょう。
それは……ジンクス、ということでしょうか。
そこまで不確かなものではなく、数字に表れている話です。
そんなことが……?
速球系は総じて160km/hを超えているのに対し、極稀に投じてくることのある緩い球は100km/h前後だったりする場合もあります。
とにかく当てなければと自分のバッティングを崩してしまえば、それこそフォーム全体が狂いかねませんからね。
結果として打撃成績に影響が出てしまうのでしょう。
成程。
そういった状況でも、相手に依らず自分のバッティングを貫くことができる。
あるいは、臨機応変にバッティングを変えたとしても本来の己を見失わない。
バッターとして数字を残すには、そのいずれかができなければなりません。
前者は特に長距離打者。
後者はアベレージヒッターに必須とされる要素だね。
いずれにしても。
野村秀治郎選手のピッチングで東京プレスギガンテス打線のバッティングが崩れていたら、今日先発の大松勝次選手は多くの援護を望めない可能性もあります。
その辺りも、この試合の注目ポイントと言っていいでしょう。
正にその大松勝次選手がマウンドで投球練習を行っております。
もう間もなく試合開始です。
1回表は村山マダーレッドサフフラワーズの攻撃。
ネクストバッターズサークルでは野村夫妻が投球練習の様子を見据えています。
(大松勝次の投げたボールが一際大きくキャッチャーミットを鳴らす)
今のは大松勝次選手がレギュラーシーズン後半に習得し、今となっては代名詞のようにもなっているOHMATSUジャイロですね。
それに村山マダーレッドサフフラワーズがどう立ち向かっていくかも注目です。
……OHMATSUジャイロは大松勝次選手自身の命名とのことです。
しかし、本当にその名前でよかったのでしょうか。
まあ、本人がいいならいいんじゃないかな。
どうしても自分の名前を入れたかったみたいだからね。
(そうこう話をしている間に投球練習の時間が終わり、球審の「プレイ!」のコールが定刻通りに球場に響き渡る)
さあ。バッターボックスに野村茜選手が入り、試合開始となりました。
まずは初球。キャッチャー森部卓三選手はインコース高めに構えています。
大松選手、第1球を投げた!
挨拶代わりのOHMATSUジャイロ!
野村茜選手は見逃して1ストライク!
初球から来ましたね。
何度見ても奇妙な軌道のストレートですね。
バッターは浮かび上がってくるように感じるのではないでしょうか。
続いて2球目はアウトコース。
ストライクゾーンから鋭く落ちました!
綿原さん、この変化球は?
事前に大松勝次選手に伺いました。
新球の落ちるOHMATSUジャイロだそうです。
縦に落ちるスライダーの系統ですが、速度と落ち幅が桁違いと聞いています。
捕るのが大変だと森部卓三選手も頭を抱えていました。
落ちるOHMATSUジャイロって……。
若い子のネーミングセンスは分からないなあ。
けど、確かに凄まじいキレだね。
バッターは消えたように感じたんじゃないかな。
手が出なかったのか、手を出さなかったのか。
野村茜選手は見送ってボール。
1ボール1ストライク。
野村茜選手は厳しい表情を浮かべながら構え直します。
大松勝次選手がプレートの端に立ちましたね。
右対右なので適当な表現ではありませんが、それこそクロスファイヤーのように1球目よりも内を抉る軌道でOHMATSUジャイロが来るでしょう。
綿原さんの予言通り、キャッチャーはインコース高めに構えます。
そして大松選手。第3球を、投げた!
打った!
しかし、これは高く上がり過ぎています。
レフト黒沢纏選手、追いかけて……。
ファウルライン際でこれをキャッチ。
野村茜選手倒れて1アウトとなりました。
OHMATSUジャイロの威力に押し切られた形ですね。
勘のいい野村茜選手ですが、アッパースイング気味だったのが悪さをしました。
直前の落ちるOHMATSUジャイロに惑わされたのか、あるいは準決勝ステージでの野村秀治郎選手の打ち方に感化されたのかは分かりませんが……。
いずれにしても、正しいスイングをしなければ強い打球は打てません。
飛距離も出ません。
たとえ完璧に配球を読めていたとしても、それは絶対です。
いずれにしても先頭打者は倒れて1回表1アウトランナーなし。
ここで2番打者の野村秀治郎選手を迎えます。
日本シリーズ準決勝ステージの初戦、磐城巧選手との初対戦も同じ状況で、その時は特大のホームランを放っております。
準決勝ステージでは意図的にアッパースイングを多用していたようですが、それは恐らくOHMATSUジャイロには通用しないでしょう。
そこをどう対応してくるのか。
あるいは、落ちるOHMATSUジャイロを狙っていくのか。
お手並み拝見というところでしょうか。
まずは初球。
キャッチャー森部卓三選手はインコース高めに構えました。
大松勝次選手はプレートの左端。
内から内へ。OHMATSUジャイロを投げ込むのか。
あのコースだと、ぶつけられると錯覚するかもしれませんね。
大松勝次選手。野村秀治郎選手に対して第1球、投げた!
打ったっ!! これは大きい!
打球はグングン伸びていくっ!!
ライトポール際!
入るかっ!? 切れるかっ!? 入るかっ!?
入ったっ!! ホームランッ!!
1回表! 野村秀治郎選手のホームランによって! 村山マダーレッドサフフラワーズが1点先制いたしました!!
(東京プレスギガンテスの本拠地であるが故に、歓声よりもどよめきが起こる)
これは……素晴らしいバッティングでした。
強引に引っ張ったような形ではありましたが、バットは的確にボールの少し下に入って綺麗にバックスピンをかけています。
準決勝ステージで見せたアッパースイングとは大きく異なるレベルスイング、いや、ダウンスイング気味の一振りでOHMATSUジャイロを仕留めました。
2つの相反するスタイルを使い分けるとは、本当に恐ろしいバッターです。
落山さん、絶賛ですね。
うん。いやね。
錯覚ではあるんだけど、野球界のトレンドが彼という存在を中心として1巡りしてしまったような気がして年甲斐もなく興奮してしまったんだ。
トレンドが1巡り、ですか。
ホームランを打つにはボールの少し下を打って打球を伸ばすのが基本。
長らくそう言われてきた。
低めに集めるのがピッチングのセオリーなのは、それが理由の1つでもある。
だからこそ、ピッチャーは高めに投げるのを忌避する傾向が強い。
アッパースイングはそれを逆手に取ったような打ち方になる。
低めを狙ってかち上げ、強い打球を放つ。革命的とも言っていい。
しかし、それが野球界を席巻すれば、ピッチャーも当然対応してくる。
逆に高めの速い球を決め球として使ってくる。
これはアッパースイングでは対応が難しいからね。
結果、バッターは高めの球で打ち取られるようになる。
そうなってしまえば、バッターは再びレベルスイングでバットをボールの下に入れるスタイルに自然と戻っていく。
このサイクルがただ繰り返されるか、あるいは複合的な形となっていくのか。
俺達は、強制的にその境目に立たされようとしているんじゃないかと思うよ。
まず間違いなく、後者になっていくのでしょうね。
その1つ進んだ次元の野球にふるい落とされるのか、食らいついていくのか。
野村秀治郎選手と同じ時代に生きる選手達は大変だ。
既存の枠組みを吹き飛ばすぐらいでないと、打倒アメリカはなし得ない。
やはり、そういうことなんだろうね。
(綿原博介と落山秀充の会話の間に試合は進み、3番の瀬川昇二は空振り三振。4番の倉本未来はセカンドライナーで3アウトチェンジとなった)
1回裏。東京プレスギガンテスの攻撃。
村山マダーレッドサフフラワーズ先発の浜中美海選手がマウンドに上がります。
1点先制して貰った後の立ち上がり。果たして――。




