251 初対戦は2戦目
「……やっぱりと言うべきか、普通に回避してきたわね」
「まあ、仕方ないっすよ。兵庫ブルーヴォルテックスとの準決勝ステージの結果を見たら、さすがに同じようなやり方をするのは躊躇われるっす」
美海ちゃんと倉本さんが何の話をしているのかと言えば、明日に控えた東京プレスギガンテスとの日本シリーズ決勝ステージ初戦の予告先発についてだ。
当然ながら村山マダーレッドサフフラワーズは俺が登板する予定。
一方、東京プレスギガンテスもまたエースの大松君を先発させると予想されていたが、前日になって発表された名前は彼のものではなかった。
明確に言及はされていないものの、どう見ても初戦での投げ合いを避けた形だ。
世間的にもそうした見方をされていて、どこか落胆したような意見が目につく。
「全く、情けない話だな」
正樹に至っては、もはや呆れ果てたとでも言いたげに嘆息してしまっている。
割と物言いが率直で過激な傾向のある彼だけに通常運転とも言えるが……。
今回のそれに関しては、どことなく複雑な感情も滲ませているように思えた。
東京プレスギガンテスは彼が所属する未来もあり得た球団でもある。
しかも、その下部組織には長らく世話になっていた。
それだけに色々と思うところがあるのかもしれない。
「でも、1部リーグ昇格初年度の球団相手に4連敗するのだけは絶対避けないといけないってなったら、やっぱりそうせざるを得ないんじゃないかな」
「名門東京プレスギガンテスっすからね。OBの圧が強いって話はよく聞くっす」
昇二に同意するように続けた倉本さんの言う通り、あそこは公営リーグ12球団の中で1、2を争うぐらいに歴史が長い伝統ある球団だ。
その首脳陣ともなれば、尚のこと様々なしがらみがあるはず。
彼らの立場になって考えれば、最低限度を求めたくなっても不思議ではない。
実際、そう思って同情的な反応をしてくれているファンも割といる様子だ。
それはそれで屈辱的なことではあるかもしれないけれども。
「その挙句が日本一を諦めて、とにかく1勝することだけを狙う作戦ってのがな」
「そもそも秀治郎が7戦中4戦登板する以上、どこかで1回は秀治郎に勝たないと日本一になるのは不可能だもんね」
「昇二の言うことは全く以ってその通りだけど、だからって正樹が言うように東京プレスギガンテスが日本一を諦めたと考えるのは早計かもしれないぞ」
相手球団をフォローするような俺の言葉に対し、正樹と昇二は双子らしく完全にシンクロした動きで首を傾げる。
とは言え、昇二は童顔ながら体は不釣り合いな程にムキムキ。
正樹は同じ顔立ちではあるが、表情が捻くれ気味で幼さが打ち消されている。
2人には悪いが、そんな彼らが並んでそんなことをしてもシュールでしかない。
それはともかくとして。
「もしかしたら最終戦まで縺れ込ませることを考えたプランって可能性もある」
「どういうことだ?」
「兵庫ブルーヴォルテックスは初戦磐城君で負けて、そのまま4連敗したよな?」
「うん。そうだね」
「投手としては6失点、打者としては4タコ。いいところなし」
改めて取り上げるのは可哀想な気もするが、必要なことなので口にする。
まあ、俺達が打って抑えたのだから可哀想も何もないけれども。
「そんな第1戦目が影響してしまったのか、2戦目以降の磐城君はバッティングの調子が完全に崩れてた。他のバッターも似たり寄ったりだ」
「初っ端から6-0で普通に力負けした形だったからね。しかもエース対決で。敗戦のショックは生半可なものじゃなかったかも」
「……それだけじゃないだろ」
少し強めの言葉に、全員の視線が正樹に向く。
「終盤こっちは代打と守備交代で控え選手を取っ替え引っ替え。相手からすりゃ舐めプされた挙句に負けたようなもんだからな。屈辱だっただろうよ」
ちょっと人聞きが悪過ぎる気もするが、正樹の指摘は否めない。
レギュラーシーズンから割とそんな感じだった事実もある。
長いリハビリの中で外から見ていた彼だけに、特に目についたのかもしれない。
しかし、この村山マダーレッドサフフラワーズという奇天烈な球団に所属してここまで来てくれた皆には、特に日本シリーズ出場という箔はつけてやりたかった。
そんな気持ちもあって全員出場を目指した采配をして貰ったのだ。
とは言え、確かに。
どのような理由で行ったことにせよ、相手球団からすれば舐めていると思われても仕方がない話ではある。
初戦の最終回なんかは自作自演染みたピンチを作ったりしていたから尚更だ。
「その上で2戦目は美海ちゃんに抑え込まれ、3戦目はまた俺に封じ込まれ……」
「4戦目は何だかもうお通夜ムードだったわよね。兵庫ブルーヴォルテックスは」
しかも村山マダーレッドサフフラワーズのホームゲームだったので、開催地である山形きらきらスタジアムに集まったファンはこちらの味方がほとんど。
本拠地で球団初のステージ突破を決めてくれと大歓声。
四面楚歌の上に調子も落としていた相手を普通に滅多打ちにして大勝。
そんな形で4連勝し、俺達は決勝ステージ進出を決めていたのだった。
「大松君を初戦で出して負ければ同じ轍を踏むことになりかねない。だから、とにかく1勝する。それが日本一へのか細くも唯一の道筋だと判断したんだと思う」
「どういうこと?」
「1勝できれば雰囲気を変えることができる。だから俺が登板しない2戦目、4戦目、6戦目を何とかものにして最終戦で勝負する。そういう腹積もりなんだろう」
「けど、最終戦も先発は秀治郎君っすよね?」
倉本さんの問いかけに「ああ」と頷く。
「だから、そこで大松君を先発させるんだ」
つまるところ2戦目と7戦目の登板。
間隔的にも丁度いい。
「どこかで1勝するのがマストとは言え、それは何も初戦じゃなくたっていいからな。どうにかして3勝3敗に持ち込んで最終戦で勝つ。それができれば日本一だ」
勿論、そんなに簡単な話ではないけれども。
「日本一なら万々歳。3勝4敗でも面目が立つ。1勝4敗でも4連敗よりはマシ」
「あーちゃんの言う通り、たとえ負けるにしても比較的見栄えのいい負け方ができる可能性も併せて高められるってのも、この起用法のポイントだろう」
兵庫ブルーヴォルテックスはもう初戦にオールインしたような感じだからな。
そこで勝つことができれば勢いを作ることもできたかもしれないが……。
負けてしまった時点で、後はもうどうしようもなかった。
2戦目以降は4連敗に向かって真っ逆さまに落っこちていった。
「理屈は分かった。けど、大松勝次もいい気はしないんじゃないか? 秀治郎に負ける可能性が高いと思ってるからこその次善の策だろ? 初戦回避ってのは」
「そのせいで大松君のモチベーションが下がったりするかも?」
「まあ、そこはそれ。俺が今言ったことを丁寧に説明してケアするだろ。最終戦でド派手に勝って日本一になるため、って言えば大松君ならノってくるだろうし」
対外的にも一定の理解が得られるはずだ。
たとえ全部うまく行かなかったとしても、相手が村山マダーレッドサフフラワーズであれば十分言い訳ができるだろうしな。
「けど、それって東京プレスギガンテス首脳陣がちゃんとそこまで考えた上でこの予告先発をしてて、その上でしっかり大松君と情報共有してればの話よね」
「さすがに好意的に解釈し過ぎじゃないっすか?」
「もしかしたら過大評価かもしれないけど、過小評価するよりはいいさ」
相手の実態がどうあれ、こういった思考をすることは自分自身の訓練になる。
正誤よりもむしろ大事なことだ。
「ま、どちらが正しいかは2戦目で出てきた時の大松君の顔を見れば分かる」
もっとも、現時点ではまだ初戦の予告先発が行われただけに過ぎない。
厳密に言えば1戦目の先発投手しか分かっていない状況だ。
そうである以上、大松君が確実に2戦目に出てくる保証はないけれども……。
怪我でもしていない限り、さすがにそんなことはあり得ないだろう。
そこまで行ったら、もはや擁護のしようもない敗退行為だ。
最低限の体裁を整えることすらできなくなってしまう。
「どうあれ、わたし達には関係のないこと。どんな小細工をしてこようとも、村山マダーレッドサフフラワーズが4連勝して日本一になる。それだけの話」
「結局はそういうことだな。2戦目の先発は美海ちゃんだし」
「ええ。正樹君の言う日本一は諦めて最低1勝にしたって、私なら勝てるって前提での考え方だものね。ホント、失礼しちゃうわ」
「キッチリ抑えて、見返してやればいいさ」
「勿論、そのつもりよ」
俺の言葉に不敵に笑って頷く美海ちゃん。
万全な状態ではなかったとは言え、日本シリーズ準決勝ステージ2戦目で磐城君を抑えることができた。
それによって一層自信を深めたのだろう。
実際、今の彼女であれば大松君と投げ合っても互角の勝負ができるはずだ。
バックには俺達もついているからな。
「それより初戦! 秀治郎君こそ余計なこと考え過ぎないでよ? 育成とか」
「ま、まあ、そうは言っても貴重な機会だからな。俺自身のためでもあるし」
折角の大舞台。だからこそ、色々とやっておきたいことはある。
大松君との投げ合いでないなら尚のことだ。
「もう。秀治郎君は仕方がないわね」
「あ、はは」
呆れる美海ちゃんには笑って誤魔化し、そのまま翌日を迎える。
そうして日本シリーズ決勝ステージが始まりを告げ、序盤戦の舞台であるインペリアルエッグドーム東京で行われた初戦の結果は……。
「無駄に冷や冷やさせないでよ、全く」
皆に守備機会を作るために打たせて取るスタイルで行ったこともあり、ランナーが3塁まで進んだ場面が割と多くて美海ちゃんはお冠。
それでもスコアは11-2で村山マダーレッドサフフラワーズの完勝。
先発した俺は2失点自責点1の完投勝利だった。
「私にはさすがにそこまでの余裕はないから、ちゃんと本気でやってよ?」
「勿論。明日は全力で美海ちゃんを援護するよ」
2戦目の予告先発は想定通りで、彼女と大松君の投げ合いが決まった。
共に甲子園を目指した高校の同級生であるだけに、当然ながら初めてのこと。
正樹を除き、俺達がバッターとしてピッチャー大松勝次と対峙するのも初だ。
その記念すべき試合が日本シリーズ決勝ステージの趨勢も決めることになる。
「プレイ(ボール)!」
そして更に翌日。定刻通りに。
球審が東京プレスギガンテス対村山マダーレッドサフフラワーズの第2戦目の始まりを、声高らかに宣言したのだった。




