椿、帰る~洋館の扉~
椿が目を覚ました時はもう、昼近くだった。
「ん……」
自分のなかに、舞意杖があるのを感じる。
緋那鳥も感じる。
もふもふ君も腕のなか。
すべてが暖かい。
そう、ここは元いた自分の監禁場。
家……とは思えなかったが
少し、家だとも思えるようになっただろうか。
椿は、ぼんやりと考える。
『桃純椿だろ! 椿は強くて綺麗だよ!! 自信をもて!!』
昨日、麗音愛が言った言葉を思い出すとズキーンと胸が熱くなる。
あの時は必死だったが、今思い返すと心臓が嬉しく飛び跳ねる。
コロコロ転がってあったかい布団の上
久しぶりに安心したような気持ち。
「麗音愛……」
つい呟いてしまった。
「椿……起きてる?」
「ひゃ!?」
ゆっくり寝かせておこうと思っていたが椿がコロコロしだしたのを
感じて、仕切りから麗音愛が声をかけたのだった。
「ごめ……! 驚かして!」
「だ、大丈夫!!」
椿はストレートの髪だが、乾かしてすぐ寝てゴロゴロしたものだから
頭はまたぐちゃぐちゃだ。慌てて撫でつける。
「よく寝れた?」
「うん、あれ私……いつ寝たっけ」
「畳で寝ちゃってたよ」
麗音愛の顔を見ると、椿はまた今度は高い高いをしてくれた時の事を思い出す。
あの時は楽しくて笑っていたが、何度も強く抱きついたりしてたと思うと
カーッと顔に血が集まる。
「?? 朝ご飯あるよ」
「は、歯磨きしてない!!」
ダーッと赤い顔のまま、麗音愛をすり抜け洗面所に直行する椿。
剣一が作った朝ご飯を食べ終え、そのままお茶を飲みながら調理場での報告になった。
「お祭り、結果的に行ってよかったね」
「はい」
雪春に椿が報告すると、優しく微笑んでいるが
それを怪訝な顔で見る麗音愛。
結果的には良かったが、あれで同化で何かあったらどうしていたつもりか。
昼間にあれだけのダメージを受けていたのに。
やはり計画的にあの祭りに行かせたのではないかと考えてしまう。
大広間への廊下、
歩きながら、雪春が色々と洋館について椿に聞いているが
「もう、帰るって事にはできないんですか」
つい、口を挟んでしまった。
「麗音愛?」
「もう帰ってもいいんじゃないですか??
椿ももう疲れが溜まってる」
「そうだね……僕も椿さんの負担は気にはなっているんだ」
申し訳ない顔をする雪春。
「大丈夫です!!
あ、でも麗音愛ももう夏期講習も休んでられないよね……ごめん
剣一さんも佐伯ヶ原君も予定あるよね……」
「そんな事を言っているわけじゃないよ」
「そうだよ、玲央君は椿さんを心配して言ってくれてるんだよ」
「……麗音愛……」
椿は麗音愛に、ありがとうと微笑むが
同時にフォローをした雪春にもニコニコしてダシに使われた気分になる。
「でも、お願い。洋館の方も見たい!! 今日頑張るから」
「だから頑張らなくていいんだよ」
随分と伸びてしまった髪は、佐伯ヶ原が2つに結ってツインテールにした。
佐伯ヶ原もなんだかんだ、椿のことを気にかけるようになっている。
みんなが、自分と剣一と佐伯ヶ原は椿を心配しているのだ。
だけど、この男、雪春の真意はわからない。
「椿さんの意志を尊重したらどうだい??」
「でも、心配ばかりかけているので麗音愛がそう思うのも無理ないんです」
「頑張らないで無理せず、やりなよ。俺が」
俺が……と
今まで言えてたような言葉が詰まる。
俺が傍にいるって言おうとしたら、急に恥ずかしくなってきた。
昨日から、なんだかおかしい。
「? うん、無理しない!!」
麗音愛の、俺は、は聞こえなかったのか話は終わる。
ふぅーっと息を吐いた。
生命に溢れた感情は隙になり
呪怨達に食いつかれそうになる。
心を静め殺し、仕切り直しするように亡者達を制した。
「どした? 玲央、大丈夫か?」
「なんでもないよ」
剣一も麗音愛同様、雪春を疑っては、いる。
昨日の祭りの最中も周りの町民に酒を飲み仲良くなり
大勢で、雪春に質問をするような事もしてみたが、
『こんなお祭りがあるなんて知りませんでした』
『そうそう、困ってたらたまたま小夏さんのお母さんが声をかけてくれて』
と
偶然のような話をされた。
それには小夏も母が逆に申し出たと笑って言っていた。
まだ、雪春は当主ではない。
だから一族に伝わる絡繰門家の武器は……継承はしていないはずだ。
あの当主が襲名前に譲るとも思えない……報告も受けていない。
俺の力の範疇でできることは、これまでか。
と剣一は唇を噛む。
が、可愛い椿嬢のサポートは全力でしようと弟の肩をポンと叩く。
麗音愛は、なんだ? という顔。
椿は朝から、ニコリともしない佐伯ヶ原に話しかける。
「佐伯ヶ原君、今日もなにかあったらよろしくね」
「あぁ。あの箱開けてみようとしたか?」
「あ!! まだ……」
「アホ! 早くやってみろ!!」
大広間へ戻ると、椿は慌てて
昨日の巾着袋を開けると、中からバラバラとお菓子やくじのオモチャが落ちた。
みんなが見守るなか、もふもふ君キーホルダーだけ
そっと外してホットパンツのポケットに入れ
あはは! と笑って誤魔化し箱を掴む。
「やってみます」
手のひらサイズの箱をそっと両手で包んだ。
今まで以上に炎の扱いが軽くできるようになっている事に気付く。
ハッと思い3つの色の炎を操り混ざりあうようにして
箱に火を着けるとボッと箱が燃え上がり、そこに鍵が残った。
「鍵……」
その鍵は洋風だ。
「洋館の……かな」
「洋館に行こう」
麗音愛の声に椿が頷く。
剣一達も一応武装の準備をし
洋館へ入り、初日の夜に歩いた長い廊下を歩く。
朝は晴れていたのに急に天気が悪くなり雨が降ってきた。
洋館の広いエントランスホールに着くと椿はまた母の絵の元へ行く。
「母様……」
また、泣いてしまう椿に麗音愛がハンカチを渡す。
椿は御礼を言いながら、絵を携帯電話のカメラで撮った。
「これでいつでも見る事ができる。母様の写真もなくて、
もうこの絵も見られないと思ってた……」
ふわふわと、椿の周りを赤と青と紫の炎が揺れる。
そういえば、隣の絵は確かに初日に見た幽霊の老婆だ。
椿は祖母の絵も写真に収める。
「しっかし、この広い洋館を全部探すったら大変だよな
亜門なんかわかんねーの?」
「俺は探知機じゃないんですよ」
「この広い屋敷内、もしかしたら広大な庭に隠された小屋の鍵なんて事もあるかもしれない。椿さん
絶対に僕たちが守るから、どうか当主として潜ってみてくれないか」
「はい……」
「大丈夫?」
「当主……って思っていいんでしょうか。舞意杖には、そう伝えたけど……」
志は引き継いでいくつもりだが
襲名の儀式もなにもしていないし、誰からも存在も認められない椿が
公で当主、当主と呼ばれることに少し不安があった。
「椿ちゃん! こいつも咲楽紫千家のご当主様なんだから」
「え?? 兄さんだろ」
「お前だよ、咲楽紫千家の晒首千ノ刀だ。
椿ちゃん、こんな長く続く俺達の血脈、いつもいつも儀式しっかりしてるわけじゃないよ」
麗音愛は当主は剣一だと思っているが、
これが椿を想っての一言と思い反論はしなかった。
「だから、椿も当主だよ」
そう言って、麗音愛は母の言葉を思い出す。
没落の咲楽紫千家と、今でも影響力のある桃純家。
身分違いだなんて、勝手にそう思っていればいいと麗音愛は思う。
これから椿が当主として返り咲けば
篝に心酔していた老人達は今度は椿を……?
守り抜く。
そのためにこの、刀が力があるとそう強く思った。
「うん、もう迷わない。ありがとうございます」
スッと目を瞑る椿。
炎が椿を包んでいく。
この桃純家のために創られた大きな洋館。
でも、ここでの思い出はあまりない。
昨日、誕生日の事がまた思い出される。
違う、和屋敷じゃない……とそう思うが断片的な記憶が
蘇ってきた。
赤いドレスを着た母。あの日と同じ。
椿の手を引いて
このエントランスホールにいる。
薄暗い、エントランスホールを2人で歩いた。
美しい母は、こちらを見て微笑んだ。
すっと口元に人差し指を一本。
『秘密』というサイン。
何が起きたかわからないが、シャンデリアが明るくなって
何か音がした。
ハッ!! とそこで夢から醒めたように記憶は終わった。
ボオオオッと共鳴するように、三色の炎が絡み合う。
「椿?」
「あ、あのシャンデリア」
「シャンデリア??」
エントランスホールに吊られた豪華なクリスタルガラスが輝くシャンデリア。
麗音愛が椿を抱き上げて、呪怨の羽で確認する。
「玲央、なんかあったかーーー??」
「……ここ」
シャンデリアのデザインの一部に
不自然に金属でできたロウソクのような形の突起が3つあった。
「ここに火を点けてみる」
「何か変化が起きるかやってみるので、下でも確認を!」
「オッケー」
小さい炎を出して、神社での炎灯の時のように炎を灯す。
ゴォン……とどこかで音がした。
「! 音がした」
「おい! 廊下!」
剣一が叫んだ先は、絵が飾ってあった壁の端。
先程はなかった廊下が現れた。
皆が走ってその廊下を覗くと、地下へと続く階段がある。
「! すごい」
駆け込もうとする椿を麗音愛が止めた。
「待て! 俺が先に入る」
「見たいけど、一応俺は外で見てる。何かあれば叫べよ」
剣一に頷き、麗音愛、椿、亜門、雪春がゆっくり階段を降りる。
亜門はホラーゲームのようだと、つい椿の肩を掴んでしまう。
特にトラップなどはなく一つの扉があった。
鍵穴が付いている。
ガチャリ……。
椿が持つその鍵を差し込むと、扉が開いた。




