椿、帰る~涙の後・卑劣な秋穂名家~
風の通る縁側に椿を連れてきた麗音愛。
そっと降ろすが、まだ涙は止まらない。
「わっ……かぁさま……っひっく…かっ……わたし……うぁあああん!」
「椿……」
倒れ込み頭を抱えて、小さい子どものような壊れてしまいそうな泣き方をする椿。
麗音愛も心配で、肩に手を置くと胸元にしがみついてきたので抱き締めた。
「大丈夫……大丈夫……」
「うぅっ!! かぁさっ……ぁああん!!」
「……椿……っ」
「過呼吸にならないように、気をつけろ」
剣一の言葉に頷く麗音愛。
不安で動揺している麗音愛の瞳を見て、剣一もしばらく見守っていた。
「うぅっ……んんっかぁさ」
「うん……うん……」
背中を撫でて、なだめ続け
どれくらい時間が経ったのか。
椿にも麗音愛の声が、少しずつ耳に響いていく。
温かさが伝わって、引き千切れて消えてしまいそうな孤独な心が繋ぎ止められる。
落ち着き始めた椿を見て、
剣一は麗音愛の肩を叩き、そっと離れていった。
放心したように、
そのまま麗音愛にもたれかかって、ぼーっとする椿。
またハラリと涙が一筋。
「……私……麗音愛にも嘘ついちゃったね……
プレゼントも、もらったことないって…
ケーキもプレゼントだよね…」
きちんと今の状況を把握していて
自分の事をわかってくれている事に安堵する麗音愛。
「いいことだよ……」
「前に母様が笑ってる夢を見たって話した事があるけど……」
「うん」
「子守唄を歌ってくれる……微笑んで……それだけ……覚えてた
……でも、夢のなかで私の願望なのかなって……思ってた
……あの絵みたいな顔だったから……幻想だって……」
疎まれていた、と言われ続け
憎む気持ちが、椿のなかには確かにあった。
「……お母さんは椿のこと大切に思ってたんだね……」
「……そうだといいな……」
ぎゅっと、椿は胸元の舞意杖を握る。
「ねんねんころり、可愛いひな鳥
燃える炎が、お前を守り
緋色の母の、腕の中
愛しいひな鳥、ねんねんころり……」
麗音愛が歌詞を一言一言、伝えるように話す。
やはりこの歌を口ずさむだけで、ほんのり守られているように楽になる。
「麗音愛……覚えてたの……?」
「椿がよく歌うから
大事な赤ちゃんに歌う子守唄だよ」
「うん……なのに、どうして死んじゃったの……
あの後……お母様は……綺麗な顔のまま……首から血が……」
また哀しく顔が歪んでポロポロと涙が溢れる。
「その時の事は今は思い出さなくていいよ、今は、お母さんの笑顔だけ考えて」
「うぅ……うん……」
哀しみで涙を流す椿がまた手を伸ばしてきたので、抱き締めて支える。
愛されていることを思い出せば出すほど
また母の死が辛く心に突き刺さるだろう。
また時が少し経ち、はぁっと椿が息を吐く。
「……麗音愛、ありがとう……」
ぽんぽんとハンカチで涙を拭われ、ふと椿は麗音愛のTシャツが涙で
びちゃびちゃになっている事に気付く。
思えば、ずっと抱き締めてもらって……と椿は少し慌てる。
「ご、ごめんなさい……」
「気にしないでいいよ」
麗音愛としては、落ち着いてくれてくれた安心しかない。
椿が落ち着いたのを見た
佐伯ヶ原がお盆に冷たい麦茶を持ってきた。
「ほら」
「あ、ありがと……変なとこ見せちゃったね」
「これで目を冷やせ。腫れるぞ」
アイスノンを椿に渡す。
「ありがとう……」
「……前に……お前にひどいこと言って、…悪かった」
「佐伯ヶ原君……」
「お前は罰姫なんかじゃないし、汚らわしくもない
強くて、立派な桃純家の当主の女の子だ。
ごめん、すごくひどいこと言った」
佐伯ヶ原のいつもの態度なら考えられないほど、頭を下げる。
「……全然、大丈夫だよ。頭、あげて
私こそあの箱見つけてくれてありがとう」
照れくさそうに『別に』という佐伯ヶ原だが
じっと椿を見る。
「お前、髪伸びたのか」
「え、本当?あ、やだ……」
確かに、朝には長めのボブだった髪の毛がロングまで伸びて
今朝のハーフツインテの結び目がぶらんと垂れ下がっている。
前回も紅夜との闘いの時いつの間にか伸びていた。
感情が爆発すると、伸びてしまうのだろうか。
「……あとでまた結ってやる。前髪も切ってやる」
「うん、ありがとう」
椿がにっこり笑うと、綺麗な涙がまた一筋溢れた。
つい赤面してしまい、慌てた佐伯ヶ原は
麦茶飲めと行ってしまった。
「……」
「ほら喉乾いただろ」
ごくごくと麦茶を飲み干す椿。
ひょっこと剣一も現れ、うちわでパタパタと椿を扇いだ。
「椿ちゃん、ゆっくり休みな」
「でも……まだお昼で、全然見回ってないし。大丈夫です」
「椿、ダメだよ」
アイスノンを椿の目に当てる。
「無茶して……心がダメージ受けたらすぐ治りはしないよ」
「そうだ、玲央の言うとおり。こういう仕事してたらメンタル第一だよ」
よしよしと、剣一が椿の頭を撫でる。
「手伝いの人が来てくれて
お昼用意してくれたよ、もし食べられそうなら」
「もう……お昼……」
「食欲ない……?」
「素麺だってさ」
「……食べます……」
お腹が空いたからというより、作ってもらったご飯は残したくない
という気持ちが大きいようだが、また少し安心する。
「俺、着替えてくるね。兄さんと行ける?」
「うん、ごめんなさい」
「謝るのなし! ね」
頷く椿を剣一が支え、ふらりと立ち上がる。
本当はそのまま雪春を責めに行こうと思っていた。
雪春、そして白夜団への怒りが募る。
しかしまだ……あの男を責めて警戒されるのには早いのか。
気に入らないのは確かだが、敵だと思われるのも動きにくくなる。
そう思い、今だけ落ち着けと長い息を吐く。
台所のテーブルで大人しく、ちゅるちゅると素麺をすする椿。
いつもの10分の1の食欲だ。
ついつい剣一も佐伯ヶ原も『薬味は』とか『お茶は』
など声をかけてしまう。
「麗音愛」
Tシャツを着替えてきた麗音愛を見て、椿は少しホッとした顔をする。
「食べれてる?」
「うん……」
テーブルの端にお手伝いに来てくれた、おばさんと若い女性がお茶を飲みながら2人座っていた。
麗音愛が挨拶をすると、おばさんが話しだす。
「あのねぇ……お嬢ちゃん、もしかして篝さんの……血縁かい」
「え」
篝を知っているものなら、顔を見れば一目瞭然なんだろう。
「はい……」
「じゃあ、やっぱり!
この前までいた御当主を名乗っていた男の
若奥様なんかじゃないんだね!!」
「えっ、わ、若奥様って何!?」
衝撃的な言葉に、わなわなと震える椿。
「桃純家の当主を名乗っていたのか……どんだけ薄汚い奴らだよ」
「違う!私はそんなんじゃない!!」
「大丈夫、わかってますよ。此処の土地の
人間はずっと桃純家の恩恵を受けてきましたから……
それが長く伏せってらした篝様がお亡くなりになられて
急に召使いの老夫婦と中年息子が大きい顔をして!!! 後継者だなんて!!」
椿を身ごもって出産した後は、屋敷に篭もっていたんだろうか。
「お母さん、落ち着いて」
どうやら2人は母娘らしかった。
「あなた、たまにあの息子と出掛ける時があったでしょ」
「……はい……月に1回くらい、お芝居とか演奏会に…」
あの気持ち悪い中年男と出掛けるのは、もちろん嫌だったが
監禁状態の椿には唯一の娯楽時間だったので
言われるがままに与えられた品の良い洋服を着て、
後ろをついて劇場やホールに行っていた。
「あの時、あなたを見かけてみんなが聞いたんだけど
若い嫁をもらっただけだって言われちゃってね」
「……やだ……気持ち悪い」
「気にするな、ただ勝手に言っていただけだ」
「私、絶対違う!!」
「えぇ誰1人信じてなんていないわよ!
じゃあ、あなたは桃純家の方なのよね。聞かなくてもわかるわ
とってもキレイだもの、篝様にも先代にもそっくり」
「……でも気持ち悪い……」
またポロポロと泣き出す椿。
男3人がまた回りで慌てて慰める。
「ごめんなさいね、ショックな事を言っちゃって…
此処の人間も皆がずっと疑問に思ってたの!!
そしたらいつの間にかお屋敷はもぬけの殻。
みんな心配していたの」
「……私を?……」
「えぇ、本当の御当主はあなたなんじゃって酷い事されていないかって
交番で相談したこともあったんだからぁ~~~
身体が弱いっていうのは本当なの?
床に伏せって表に出られないと聞いていたのよ」
「……丈夫です」
「じゃあ、今日の夏祭りに是非いらしてくださいな!!」
「うんうん!! みんな喜ぶわ!!」
急に元気に、隣の娘も頷く。
「えっお祭り?」
突然の言葉に驚く椿。
「おー! 祭り!! いいじゃん!! 少し休んでさ! 椿ちゃん
具合が悪くないようなら、行こう!!!」
「そうだ、お前は少し気分転換したらいい」
剣一と佐伯ヶ原2人にも、そう言われて椿は最後に麗音愛を見る。
「椿が行きたいと思うなら行こう」
「いいのかな……」
「具合はどう? 身体や心が辛いなら無理しない方がいいけど」
「うん……ここにいるよりは、お出かけしたいかな……」
「ねぇ、おばさん桃純家のってことはちょっと隠しておいてよ。
分家との絡みもあるからさ」
お祭りで桃純家の跡継ぎだなんて広まれば大変な事になるだろうと
適当な事を言う剣一。
「えぇ、何も詳しい事情なんて聞きません。あなたを見れば
皆が嬉しがりますよ」
「うん! イケメン3人も来たら女の子も喜ぶよぉ!!」
隣の女の子も、剣一をキラキラした目で見ている。
大学生で帰省中らしい。
「おおっ!! いいねぇお祭り! 行こう!!」
「麗音愛も行く?」
「椿が行くなら行くよ」
「なら、行く」
やっと少し笑ったのを見て、おばさんも笑う。
「今日は、緋那神社のお祭ですよ。いつも
篝様が最後に皆で分け合う、福火をご用意してくださっていたんだけど
今はもう神社の神主さんも引退しちゃってね、全く違うお家の方がやっていますよ」
「そんな事が……」
「後で神社にも是非来てね」
「はい……」
母様の事、何も知らない……と椿は思う。
雪春も随分遅れてやってきて、お祭りの話を許可してくれた。
おばさんと、娘の女子大生の小夏ちゃんは「ではまた後で」と片付けをして帰っていった。
「それにしたって、秋穂名家をもっと事情聴取した方がいいでしょうよ雪春さん」
剣一がアイスコーヒーを飲みながら話す。
熱いお茶を飲んでも、汗一つかかない雪春。
「あぁ……実は死んだんだ」
「え!?」
また椿が驚く。
「移動中の事故でね……ショックを受けたらと思い言うのが遅くなって
こんな場面で余計に負担になってしまったね」
皆にも動揺が走る。
「事故なんですか?」
「そう、自業自得の事故さ。あの息子の飲酒運転で車ごとペチャンコ」
「……そう……そうですか……そう、死んだんだ……あの人達……」
ふっと窓の外を見る椿を麗音愛は見た。
あれだけ潤んでいた椿の瞳からは、何の涙も出てこなかった。




