椿、帰る~2人密着・廊下の幽霊~
「乾杯!!」
椿の元気な声が、館の空気を浄化していくようだ。
渡された盃をクイッと飲む。
「ひゃっ! 熱い! お水かと思った」
喉が熱くなるお酒の味。
はは……と、みんなが笑う。
美味しい料理に、椿も緊張が解れてきた頃
「椿さん、僕はこの桃純邸にまだ秘密が隠されていると思うんだ」
「はい」
「白夜団も、まだ不明瞭な部分が沢山ある。
紅夜会もだ。何故、桃純家に椿さんが
ずっと住んでいながら奪いにこなかったのか」
「……確かに紅夜の一派は私を探していて、見つけられなかったみたいに言ってました」
「この屋敷も、すまないが一応白夜団が捜索し
資料は全て回収しているという事にはなっているんだが」
「じゃあ……私の部屋も??」
「それは、団長が君の部屋は手をつけないように言っていたので」
ホッとしたのは麗音愛もだった。
「でも、それだけじゃない、桃純の当主が戻ってきたこの屋敷に
何か重要な秘密が残っていないかと……舞意杖との同化の手がかりにもなるようなね」
「! わ、私頑張ります」
「椿さんの負担にならないように僕もできる限りの事をする」
「はい……!!」
「君の未来のためにもね」
「はい……」
椿の未来……その言葉が麗音愛の心にも刺さる。
いつまでも椿が笑顔でいられるために自分は何ができるだろう。
しかしこう、
面と向かって言える大人の余裕。
何をしたらいいのかもわからない自分にはきっとまだ言えない。
そこから雪春と椿の、山に自生する植物の話になり
椿は、あれは美味しいだの、まずいだのと話をしてキャッキャと楽しく笑っている。
遠い過去に
たった1日しか会っていないのに椿は雪春のことを随分と慕っているように見えた。
麗音愛が少し面白くなさそうな顔をして見ているのを見て
剣一はニヤニヤと地酒を飲んだ。
「さぁ、台所に片付けるのは僕がやっておくよ
椿さんは自分の部屋に寝るのかな?」
「あ、片付けも私やります、自分の部屋……自分の部屋は」
俯く椿に気付いた剣一。
「ここで布団敷いて、みんなで寝ましょうよ! ね! 椿ちゃん」
「剣一さん!!」
剣一しかできない提案。
椿は剣一の提案が嬉しそうだ。
「……椿、どうしたい? あ、もちろん兄さんはあっちの角にでも寝させる」
「うん! ここで寝たい。自分の部屋は……あんまりいたくないな」
頷く麗音愛を見て、安心したように笑う椿。
「お風呂は露天風呂があるそうで掃除もしてもらっているよ
椿さん、先に入ってきたらどうかな」
「あ、いえ、私はシャワー室でシャワーでいいです。あっちに使用人用のがあるので。
皆さんどうぞ」
「サラ! 一緒に入りましょう!」
「いや! 俺はいい! 兄さんと雪春さんと行ってきてくれ」
椿に一緒に入ろうという剣一に、麗音愛のチョップが入る、
残念がる佐伯ヶ原と大人2人は露天風呂へ向かった。
「椿お風呂、行かなくてよかったの?」
「うん……あんまり好きじゃなくて……」
きっと何かあったんだろうが、さすがに聞けない。
2人で準備されていた布団を
大広間にある程度の距離をとって敷いた。
椿は1人遠くの場所に、衝立も間に置いて完璧だ。
「こっちいてもいい?」
シャワーを浴びてきた椿。湯上がりホカホカなのに、また麗音愛のパーカーを着ている。
「うん」
「あの、これまだ借りてていい?」
「せっかくキレイになったのに、俺の汚いの着ていいの?」
「うん……だめ?」
「別にいいけど……」
そんなに特別カッコいいパーカーなわけでもないのにな、と麗音愛は思う。
「ありがとう、明日お洗濯して返すね!」
お布団の上、寝間着のハーフパンツの湯上がり椿。
ぺたん座りして可愛らしい。
意識せずにじっと見てしまっていたら
ふいに
目が合って微笑むので、ドキッと麗音愛の心臓が動く。
「お友達が私の家に遊びに来てくれたみたい」
「みたい、じゃなくてそうだよ」
「えへへ」
舞意杖が揺れて、開けたパーカーから見えるタンクトップの胸元を見てしまい
心臓がまたドクンと鳴る。
ふんわりと、シャンプーの良い香りがする。
「あ、俺もシャワー借りてくる」
「うん、案内するよ」
2人で暗い廊下に出ると、椿がまた炎を灯した。
と、暗い廊下に……ぼんやりと人影がうつる。
「…………」
「麗音愛?」
椿を背に隠し、じっと見つめる。
窓からの月の光はその人を通り抜け、床を照らす。
生きた人間では、ない……。
呪怨が手を伸ばし、引きずり込もうとするのを制止する。
怨霊ではない、清らかな魂だ……。
呪怨が触れないよう、律して麗音愛はそっとその影に近づく。
着物の老婦人。
白髪で細身で厳しい雰囲気の老婦人は、どこか篝や椿にも似た雰囲気だ。
麗音愛の腕に触れた椿にも、かすかにその姿が見えた。
「お……お祖母様……かも」
ぎゅっと麗音愛の腕に抱きつく。
「椿のおばあちゃん……?」
「うん、写真でしか見たことないけど……」
少しずつ、近づいてきた老婆は涙を流してそっと手を伸ばしてくる。
椿が帰ってきた事を喜んでいるんだろうか……。
そっと椿を祖母の前に、と思ったが
そのまま麗音愛も椿も2人を抱きしめるようにして
最後は麗音愛の頭を撫でるように
ふわりと煙が漂うように消えてしまった。
恨み辛みではない、2人が感じたのは優しい愛情だった。
慈しむ気持ち……。
「麗音愛の事も抱きしめてくれたね」
「……親友だからかな」
「きっとそう、私を連れてきてくれたから……」
母の直美が言った、桃純家と咲楽紫千家の身分の差。
首を突っ込むなと言われたが、椿の祖母から椿の事を頼まれた気がして
麗音愛は覚悟を決めた。
強い意志が麗音愛の瞳に宿る。
ふに……
「ん?」
Tシャツから出た素肌の腕に、ふにふにと柔らかい感触があたってることに気付いた。
まだ麗音愛の腕を抱きしめている椿。
椿がぎゅっとするたびに、ふにふに。
パーカーの前ははだけて、タンクトップ1枚の感触。
これは確実に……。
「つ、椿……」
「あ! いつまでも、ごめんね!」
バッと離れる椿。タンクトップが揺れる。
「あ、別に……」
湯上がりだから、素肌にタンクトップなのか
麗音愛にはよくわからない。
でも、このままでは剣一が見たら鼻の下を伸ばすだろう。
「お、お祖母様が」
「ん?」
「パーカーのチャックを閉めたほうがいいと……」
「ええ!!」
「言っていたような気がしないでもない」
「わ、わかった!! 暑いけど、そうする」
「腕まくりしなさい」
「はい!!」
椿のお祖母様ごめんなさい!! と麗音愛は脳内で猛烈に謝罪をするが
椿を守るためです!! と言い訳もする。
シャワーから麗音愛が戻ると、もう剣一達も戻ってきていて
椿はもふもふ君を抱き締めて麗音愛の布団の上で談笑していた。
「それ、持ってきてたの?」
「もちろんだよ」
「椿ちゃん、そんなの抱っこしないで俺と寝ればブガ!!」
麗音愛のぶん投げた枕が剣一の顔面にヒットし、苦笑いの雪春が見守るなか
枕投げ大会が始まり夜は更けていく。
そして寝静まる頃、麗音愛はまた呪怨の結界を張り巡らしていった。
佐伯ヶ原は、その凄まじさに震え
雪春は何も変わらない表情で、結界を張っていく麗音愛を見ていた。
まるで観察するように――。
そして今日も椿は、もふもふ君を抱いてスヤスヤ眠る。




