椿、帰る~椿到着~
結局、真っ暗になってから椿の屋敷がある街につく。
そこから、また更に山道に入り
森のなか、砂利道を進む。
ものすごいお屋敷が見えてくる。意外にも洋館だ。
しかしなかなか近づかない。
「なんだあの屋敷、距離感狂う……すげーでかいんだな」
真っ暗な道を剣一の車のライトだけが照らして走っていく。
揺れるなか
椿は無表情になり、ジッとどこかを見ているように黙っている。
道が開けてくるとお屋敷を囲っているのか巨大な門が見えた。
「門か。開いてるとは思うけど……雪春さんいるはずだから」
「俺が開けてみる」
鍵はかかっていないようだが、かなりの重さ。
呪怨の力で開け放つ。
「一応、地脈で自然な結界にはなっているけど特別な結界は張ってないようだな」
車に麗音愛が乗り込もうとすると、凍りついたような顔の椿が目に入る。
いつもなら笑顔で『麗音愛おつかれ!』とか言うはずなのに
背筋を伸ばして座り、目線だけ下に向けて
いつもと別人のような無表情。
その分、通った鼻筋や長いまつげ、形の良い唇が際立って
ビスクドールのようだ。
車の後部座席はゆったりしていて、手を伸ばさないと触れられない。
でも麗音愛は、伸ばして椿の手を握った。
「椿、大丈夫?」
ハッと、ゆっくりと椿が振り向いた。
まるで現実世界に引き戻されたように、泣きそうな瞳になる。
「……麗音愛……」
「怖い? 何も起きないよ。大丈夫」
「……うん、ただの建物だもんね……」
ぎゅっと麗音愛の手を両手で握り返す。
氷が溶けたように、椿はふっと微笑んだ。
門の中も森が続き、やっと屋敷の入り口に着く。
クラシカルなランプがオレンジ色の光で玄関を照らしている。
「あ~~~~~~疲れた……遠すぎだわ
しかしでっけぇな……この前の旧稲多邸の何倍あるんだよ……」
「剣一さん、ありがとうございます」
大丈夫、と椿に微笑む剣一。
佐伯ヶ原にインターフォンを押してもらうよう頼もうとしたが
雪春がガチャリと大きな玄関を開ける。
「やぁ、お疲れ様」
「すみません、途中で妖魔狩りしてきて……弟がね」
「大変だったね、いいんだ。ここで停車すると思って待っていたんだけど
裏にある和式のお屋敷の方に食事や寝る場所を用意したんだ。ぐるっと回ってくれるかい」
「あの……、私一度降りていいですか? 皆様まわってください、私は中から行きます」
「椿……?」
「お母様の絵があって、挨拶したいの」
「じゃあ、俺も行く。雪春さん俺らの代わりに乗って案内してください」
「あぁ、わかった。椿さんを頼むよ」
最低限の灯りしかついていないことを言われ
2人で降りて、大きな玄関の前に立つ。
椿の中の緋那鳥が燃え上がるように、身体が熱くなる。
無意識に胸の舞意杖を握った。
麗音愛が、重厚な玄関のドアを開ける。
今は人は住んでいないが、きちんと手入れされ、軋みもしない。
豪華なシャンデリアに照らされた広々とした吹き抜けのエントラスホール
ひんやりとする大理石の上。
2階に続く階段の真ん中にある
ステンドグラスは丁度、月の光に照らされ輝きホールの2人の事も照らす。
「すごいな……」
非日常、幻想的ともいえるその空間に圧倒される麗音愛。
また自然に手を繋いだ椿は壁にかかった
大きな1枚の肖像画に向かって歩き出す。
「母様……だよ」
「椿のお母さん……篝さん……」
淡い茶色の巻毛の長い髪で、ドレスを着た美しい女性が描かれている。
色とりどりの花を抱いて笑っている。
微笑んで柔らかい優しそうな雰囲気。
壮絶な最期を聞いていたので、もっと凛々しい人を想像していたが
春の木漏れ日のような美しさ。
これは想像上の美人画ではない。
だけど今まで見た絵画のなかでも一番の美しさ。
生きていた頃は、どれほど美しかったことか。
ただ、それ故に残酷な運命を背負わされてしまった女性。
桃純篝。
「ただいま帰りました……母様」
ふっと手を離して、お辞儀をしたので、麗音愛も慌てて頭を下げた。
「あは、麗音愛はそんな事しなくて大丈夫! 癖みたいなものだよ」
「椿に似てる」
「そう?」
「うん、とても綺麗な人だね」
麗音愛は無意識なのか、かちこちとイコールで言葉をつなぎ合わせた椿はカーっと赤くなる。
照れて、こっちだと歩き始めた。
「ごめんね、無駄に歩かせちゃった」
「全然、車に乗りっぱなしだったし少し歩きたかった……気分はどう?」
「うん、大丈夫」
ポポポッと薄暗い屋敷内で、椿が自分の火を灯す。
「屋敷内で、火を出すの禁止だったから……初めて出すよ」
「燃やす意志がなければ、火は付かないのに?」
「うん、そういうんじゃなかったんだと思う……ほら桃純家の能力なのに
私は罰姫だからさ。あ、ごめんね、こんな話はやめよ」
慌てて、ナシナシと苦笑いする椿。
「話したいことがあったらいつでも言って、ここでは絶対に無理しない事
嫌になったらすぐに帰ろう」
「うん…………ありがとう」
ここで、お母様以外の人に
こんなに優しい言葉を言ってもらえるのも初めてかもと椿は思う。
裏口から抜けられるので洋館の中、長い廊下を歩く。
廊下の沢山の窓から月の光が溢れて
ところどころにある高そうな花瓶や絵を照らす。
少し軋む廊下。
学校に行く時のようにピョコピョコと歩く椿。
ふわふわと小さな炎が彼女を照らす。
ここにいる時の椿
小さい頃を思い浮かべてしまうけど
つい、この間まで
住んでいたんだ、ほぼ17年間。
自分が愛されて育った17年間
と、椿のお母さんが亡くなってからの10数年
わからない痛み。
「ここでの……」
「うん」
「私の生活とか、されてた事を聞いても……嫌わないでいてくれる?」
笑顔で言うような言葉じゃないのに、笑顔で言うから
ズキリと麗音愛の心臓が痛む。
「嫌うわけない」
はっきりと言い切る。
「椿を傷つけた奴らを殺しても、傷つけられた椿を嫌うわけがない」
「……良かった……」
椿も屋敷を見てズキズキと痛みだしていた心が
じわりと温かくなって、キュンとなる。
「あ……み、みんな待ってるし! この廊下走ってみたかったんだ!! 行こう! 麗音愛!!」
「……誰もいないし、まぁいっか!!」
ひゅっと走り出す、椿を麗音愛も追いかける。
シンと静まり返った屋敷。
椿が一歩この敷地を踏むたびに、この屋敷を見守る静かな力がどんどん
強まっていくように感じる。
椿は確かに、ここの主人なのだ。
裏口を抜けると、これまた大きな和風の屋敷がある。
「多分、こっちの大広間かな。灯りがついてる」
「椿の部屋はどこだったの?」
「私はこの屋敷の奥の奥。
女中部屋みたいなとこ、あは」
酷い事をする。憎しみが湧いてくるが、顔には出さない。
「……何か取りに行きたいものがあったら行こうね」
「うん! まぁ明橙夜明集の本くらいかな? 捨てられてないといいんだけど……」
襖を開けると、もう3人は座って待っていた。
「すみません!遅くなっちゃって」
「お母さんの絵に挨拶できた?」
「はい!!」
サッと2人座る。
「地元の方々にお手伝いをしてもらうことにしてね。
片付けや何かも台所にさげておけばしてもらえるから。
沢山名物の海のもの、山のものご馳走を用意してもらったよ」
豪華な一枚板の座卓に
これまた豪華な刺し身や天ぷら、郷土料理が並ぶ。
地酒も用意され、剣一が喜んでいる。
「わぁ~~すごいね! 麗音愛」
「うん」
「なんだろ、これ、美味しそう」
この土地に沢山の名物があったとしても
多分、椿は食べた事はないのだろう。
「さぁ、桃純家御当主、乾杯を」
「え! でも私はまだ」
「いいじゃん! 椿ちゃんの乾杯!!」
「いい加減覚悟決めろ!」
「うん、椿」
麗音愛にもそう言われ盃を持つ椿。
恥ずかしそうに、笑う。
「じゃあ、皆様乾杯!!」
椿の元気な声がまわりの空気を浄化していく、それはその場の男4人が感じた。
「乾杯!!」




