雨のなか1人で
雨は止んで、冷えた風が椿の顔を撫でる。
麗音愛は電話には出なかった、GPSで探知されそうなので携帯電話は持たなかった。
椿にとって、自分が処罰対象になるだけなのなら
誰も巻き込む気持ちはなく、ロンTの上にパーカーを羽織りリュックを背負うと
コンビニにでも出掛けるような素振りで
一瞬で走り去り、見張りを撒いた。
小さな炎を真逆の方向へ飛ばして、また走る。
パーカーを頭にかぶりタクシーに乗った。
暗い倉庫街で降りるのは
怪しまれると思い、住宅街から歩いて向かう。
ふるふると手が震えているのに気付く。
情けない、こんな臆病者になっているなんて
と自分を責めるが
連れて行かれて、もう戻れない可能性の方が高い。
麗音愛からの電話はない……。
きっとできないか
する必要がないと思われてるんだ。
だから仕方ない。
全ての偶然が必然で、それを受け入れるしかない。
だけど、やっぱり辛い……。
咲楽紫千家でのパーティー、新しい制服、学校の友達
砂の城が、崩れていく……。
暗い倉庫街のか細い光に照らされ椿の影が伸びる。
指定されていた倉庫街。
隠れることもせず、そのままその場に来た。
手には細剣・緋那鳥を握り、戦闘体制をとる。
1ヶ月の鍛錬でも剣五郎仕込でかなり攻撃力も防御力も上がった。
緊張が走る。
コツコツと見たくもない燕尾服の少年の姿。
「ルカ……」
バーっと炎で辺りを照らし、潜む敵を探る。
「お元気そうですね、姫様。僕1人ですよ」
ルカはにっこり微笑む。
「あんな手紙寄越してどういうつもり……!」
「いえいえ、お越し頂けなければ~って文面のままですよ」
「誰かを巻き込むあんな卑怯な脅しを使って
私みたいな小娘1人さらおうなんて紅夜会は下衆くて、せこくて、かっこ悪い!!」
緋那鳥の切っ先をルカに向ける。
「お連れするつもりはありませんよ」
「え……」
その言葉を聞いて、椿は安堵する。
本当は腰が抜ける程、安堵した。
「私……いいの? 連れてかれない……ってことでいいの?」
「はい、どうぞ」
ふるふると震える腕を押さえて、またしっかりと地面を踏み込み
戦闘体制を崩さないよう構える。
「じゃあ、なんの用!?」
「御入学おめでとうございます。お祝いの品を」
「え? な、そんなものいらないよ!!」
「お持ち頂くべきですよ。桃純家のものですから」
「え!」
「桃純家に伝わる、術道具です」
ルカの手に装飾された箱。
「な、なんでそんなものを私にくれるの?」
「紅夜様のお考えですから僕からは何もお伝えできません」
「投げて!!」
「えー……国宝級ですよ? 相変わらずだなぁ……」
「いいから! 壊れたら知らない!!」
「僕も知りませんけど、はい!」
ポッとルカが箱を投げる。
ストっとコンクリの床に細剣を突き刺して
小さな箱を受け取った。
開けると
棒状の物が一本入っていた。
小さな魔法の杖のような雰囲気。
「……これ? これが本当に?? この棒が?」
「白夜の方がお詳しいでしょう、聞いてみたらいいーじゃないんですかぁ」
「言われなくてもそうするよ」
そう言って椿は自分のリュックに箱を仕舞う。
「それと、あなたの血350mlいただきます」
瓶を取り出すルカ。一体どこに仕舞っているのか。
「そ、そんなに!?
何に使うの……もしかして実験に使う気?」
「それは僕にはわかりません。でも断ることはできませんよ
そこら辺に横になってくれれば、献血方式ででも抜けます
メスもありますよ?」
世話係とは思えない適当さだ。
「紅夜会の注射器やら刃物は怖いから使いたくないよ。自分で切る」
「緋那鳥使うつもりですか??
今日は、あの男はお連れではないんですね」
「1人で来いって書いてたし、麗音愛は関係ないでしょ」
「あの黒髪ロングと一緒のようですよ。ラブホテルでね」
「え……尾行してるの!?」
「こちらも、そんな暇ではありません~~
このような場面でしたのでね特別です今回」
「……2人一緒……」
こんな時なのに、動揺してしまった。
「姫様、お気を確かに」
「余計なお世話!」
パーカーを脱いで、ロンTをまくって
ビッと細剣で自分の手に傷をつけ血をしたたらせる。
ドクドクと大量の血が溢れてきた。
「切りすぎでは……急にそんなに出したら貧血起こしますよ」
「うるさいな!! お前と早くバイバイしたいの!!」
すぐにいっぱいになった瓶を血塗れのままルカの方へ転がす。
「うぇ……姫様、傷が酷いようですね」
「余計なお世話ってさっきからずっと言ってる!」
ルカはおもむろに携帯電話で電話をかけている。
「はい、そうですよ。そう倉庫街です。そこの……よくわからんですけど、来たらわかるでしょ」
「……」
誰か呼ぶのか……。
戦うつもりなのか、緋那鳥を構える。
「あの黒い男に電話しましたよ、はい姫様」
「え!? 何考えてるの!?」
渡された携帯電話から、麗音愛の声が聞こえてくる。
躊躇したが
受け取って、耳に付ける。
『おい!! 椿の声を聞かせろ!』
「……麗音愛……」
『椿!! どこにいる!?』
「麗音愛……あの……倉庫街」
『無事なのか!?』
「だ、大丈夫だから」
『大丈夫って! 一体どうして!!』
「で、電話したもん!!」
『っごめん!! 電話出れなくてごめん』
「……」
『今から行く!!』
「いいよ、美子さんといるんでしょ?」
『えっ、なっ、なんで……』
動揺が伝わってくる。
「きちんと帰るから心配しないで」
『駄目だ』
「い、今から帰るから」
『行くから』
こういう時の麗音愛は、何故か押しが強い。
『待ってて!! すぐ行く!!』
「は……はい」
ピッと電話を切る。
その様子をルカはもう一つの携帯電話で録画していたようだ。
「じゃ僕はこれで、あいつとは会いたくない」
「もう、こんな呼び出ししないでよ!!」
「それは約束できません」
「じゃあせめて、連れて行かれる時はそう書いてよ!!」
「……姫様のお願いってことで伝えておきますね」
「さっさと行って!」
集めた炎でルカを攻撃させようとしたが、ルカは飛び跳ねて
倉庫の上に登った。
「でもさぁ、紅夜様を始め紅夜会にも良い男沢山おりますよ?」
「なんの話!? 斬るよ!!」
「ばいばい姫様! ごきげんよう」
ルカの黒い影はピヨンとピエロのように行ってしまった。
椿の出血は止まらない。




