雨のなか2人で
美子からの着信。
戸惑いながらも、とりあえず電話に出る。
「はい」
『……タケル……?』
また絆の名前で呼ばれた。
「あ、うん……」
そういえばモールにいて気付かなかったが、まだ雨は降ってるのだろうか。
「どうした? 大丈夫?」
『……今、炭林駅にいるの』
「え?」
そこは飲食店ももちろんあるが、飲み屋街で高校生のいる場所ではない。
「なんで、兄さんは?」
『夕飯まではごめんって言われちゃった……』
最後は泣き声のようにか細くなる。
『タケル……』
電話の向こうでガヤガヤと美子に声をかける男の声が聞こえた。
「今から行くから! ムーンバックスとかに入ってて!!」
『……うん』
モール直結の電車に飛び乗って
雨のなか、メールをしながら美子のいるムンバに入る。
傘を差さずに走ったので
雨粒を払うように店内に入ると
美子が1人で珈琲を両手で抱えていた。
「……タケル……」
「……あ、あぁ」
なんて言えばいいか麗音愛はわからず。
「あの、珈琲買ってくるから……待ってて」
「……うん」
今日の美子は、いつもと全然雰囲気が違って
化粧をして髪もくるくる巻いて
デートのために綺麗にした女の子という感じだ。
パッと見わからなくて、またよく見て美子だとわかり
珈琲を持って座る。
「大丈夫?」
「あは……夕飯食べた後に告白すれば良かった」
ふと、麗音愛は気付く
剣一はもう好き勝手で平日だろうが夜中朝方出掛けて行くが
土曜日の夜は何故か家にいて、自分や祖父と夕飯を食べる。
「兄さん、土曜は家にいる人だから」
今なら、剣一の想いがわかった気がした。
家族と過ごす時間を大切にしてくれていたんだと。
「そっかぁ……あはは」
無言の時間が過ぎる。
重たい空気……。
「夕飯いらないって言ってきちゃった」
「……ご飯食べに行く?」
それが精一杯のできる提案だった。
「……いいの?」
「うん、食べ放題でも行くか? モールの」
「じゃあ、この近くのお店行こ? 行きたいって思ってたとこのなの」
立ち上がろうとする美子のワンピースは短くて、翻って太ももが見えそうになる。
「俺、家に電話してくる」
「う、うん……」
誰に電話をしようか……。
椿にではなく剣一に電話してしまう。
『玲央? どした?』
「兄さん、今日夜は家に帰るよね?」
『あぁ、うん』
「あのさ、椿とじいちゃんに夕飯作ってやって?材料もないんだ。
俺が教えるって言ってたから待ってる」
『何かあったのか?』
「帰ったら話すから」
家族の甘えで、それだけで済ます。
麗音愛が電話を終えると既に、ゴミを捨て終えて
美子が待っていた。
また男に声を掛けられている。
「タケル」
そう言って、美子は麗音愛の腕に手を入れた。
彼氏連れかと男は去っていく。
「ごめんね」
いたずらっぽく笑って手を離した。
「危ないよ、こんなとこ1人で来て」
「行きたい店あっち」
大人達に混ざって、美子と麗音愛は繁華街を歩き出す。
また雨が降ってきて
美子が濡れぬように相合い傘をした。
「こんな場所、夜に来るの初めてだ」
「まだ7時過ぎだよ? 大丈夫よ」
「……そうだね」
「素敵なイタリアンなんだって~調べたんだ」
店は混んでいて、待つ事になった。
土曜日の夜、周りはお酒と食事を楽しむ大人達だ。
一応出掛ける格好をしてはきたが浮いていないか不安になる。
「ねぇ、これも美味しそう」
「そうだね」
メニューを見ながらも
兄は夕飯の支度をしてくれているだろうかと考えてしまう。
「……タケル?」
「あ、この肉美味しそうだね」
「うん、いっぱい食べよう。お給料何も使ってないし」
メニューを決めて、待つ間
特に美子は兄の話をしなかった。
図書部の誰々の話とか、今度の図書部でのイベントの話とか
クラスメイトの話、噂話
料理が運ばれてくると
もっとテンションはあがって美味しいと笑顔で喜んだ。
それを見て麗音愛も、吹っ切れたのかなと安心する。
2時間近く、2人で夕飯の時間を過ごした。
こんなに話をして一緒に過ごすのは子どもの時以来だ
大切な幼馴染。
とにかく早く心の傷が癒えてほしい……そう思って
麗音愛も努めて明るく楽しい時間にするようした。
「あ、お会計、私が……」
そう美子は言うが
会計は割り勘にしておいた。
払う事もできたけど、なんだかそれも変な気がして。
まだ、雨が降っている。
「美味しかったね」
「うん」
「さ、帰ろうか」
パンッと傘を開く麗音愛。
店の軒先にいた美子が
手を伸ばしてぎゅっと麗音愛の腕に抱きついた。
「……まだ」
「まだ……?」
「まだ帰らない」
「……もう10時になるよ?」
麗音愛が笑って美子を見ると、美子の目は潤んで悲しみで歪み
さっきまでの明るい美子とは別人のようだった。
心臓が揺れた。
「タケル、一緒にいて……」
「美子……」
手を引っ張られ歩きだす。
慌てて美子に傘を差すが、美子は濡れる事も気にしていないようだ。
パシャっと
もらったばかりのスニーカーで水溜りに入ってしまった。
「美子、またムンバ行く?」
声をかけても無言で引っ張られる。
麗音愛は全くこの界隈には詳しくはなかった。
でも、そんな話に詳しい友達からそういう場所があるというのは聞いていたし
実際
飲食店がどんどん少なくなっていく。
ホテル……という文字が増えていく。
「美子? 美子どこ行くつもり?」
ぐいぐい引っ張って顔も見れずに歩き
つい麗音愛はパッと手を離してしまう。
「美子」
「帰ってもいいよ?」
こっちを見ないまま雨に打たれて美子は言った。
「そんな事……できないよ。こんな場所で」
ふいっと美子は行ってしまう。
そのまま後ろを歩いた。
土曜のホテル街は、結構な人でカップルは皆いちゃついてホテルを指差し選んでいる。
美子はホテルへと入っていく。
慌てて後を追う。
「ここでいいかな……?」
美子は独り言のように部屋を決めて、また歩いていく。
古びた絨毯の廊下を歩く。
一切が理解できない状況にある。
美子はまるでダンジョンゲームでもしているように
どんどん進んでいく。
「この部屋みたい」
ガチャ……と扉が開いて、そして閉まり
2人きりの世界になった。




