笑顔
紅夜城の瓦礫の上で、寄り添う麗音愛と椿。
「ううっ……麗音愛……麗音愛……よかった……」
「ごめん、心配かけたね」
泣きじゃくる椿を優しく抱きしめたまま、あたりを見回す。
まだ紅夜の創った世界にいるようだ。
しかし血の海は透明になり、空を映す鏡のように煌めいている。
自分の姿も映って、銀髪になっているのがわかった。
上空には、自分達の世界が見えている。
白夜の着物のような神衣まで、緋那鳥は復活させてくれたようだ。
むしろ椿のドレスの方が千切れ、篝の羽織ももうボロボロになって布切れのようになっている。
自分も羽織のようなものをまとっていたので、脱いで椿の肩にかけた。
「ありがとう……あったかい」
「俺のほうこそ、ありがとう。本当にありがとう」
「ううん……みんなが緋那鳥に託してくれたの……願いが叶ってよかった」
「椿のおかげだよ……」
「いいえ、タケ……? ううん麗音愛のおかげ……」
きっと椿も意識が愛月姫と混ざり合っている部分があるのだろう。
どちらだとしてもお互いに、誰よりも愛しい存在なのは変わらない。
少し離れて顔を見る。
篝の面影を感じて、胸が痛んだ。
「椿……篝さんが……俺達の母さんが……」
「……うん、わかってる……私にもお別れが聞こえたの」
「そうか……」
それ以上は何も言わずに抱き締めた。
ふと、見上げると剣一の姿。
彼もボロボロではあるが、輝く聖騎士のままだ。
「兄さん、椿を守ってくれてありがとう」
「当然さ。お前こそ、天命お疲れさん」
「あぁ、兄さんもお疲れさま」
世界を救った兄弟の会話。
それだけで通じ合える。
二人で頷き、見渡して状況を把握した。
「ここから脱出しよう、椿」
「麗音愛、うん……! ……あっ……」
力強く頷いた椿だが、力が抜けてしまう。
麗音愛はそんな椿を抱き上げた。
「わっ! れっ麗音愛」
「あとは俺に任せて。何も心配はいらないからね」
「……うん……ありがとう」
椿は微笑んで、麗音愛の首元に抱きついた。
愛しさで、また涙が溢れる。
「みんなと一緒に脱出しよう」
「よし! じゃあ避難場所へ行くぞ!」
「了解。みんなは無事だよね?」
「あぁ、色々あってな……ちょっとびっくりするメンバーもいるんだが」
「紅夜会の子供達?」
「察しがいいな」
「兄さんの人たらしっぷりは、よく知ってるよ」
「ははっ」
兄弟で走り抜ける透明な湖。
上空を見上げて、人間世界の様子も伺う。
避難所へ行くと、警戒していたカリンがすぐに結界を解いた。
「剣一! 姫様!」
みんなが一斉に麗音愛と椿、剣一を見る。
誰もが目を潤ませて、やっと緊張が解けた顔をする。
「玲央ーーーー!! やったぁあああ!! やっぱり俺達が勝ったんだーーーー!!」
「姫様! ご無事で!」
西野が喜びで叫んで、摩美に抱きつく。
摩美は一瞬、殴ろうとしたが安心したように西野を抱き締めた。
「帰ってきたんだねーーーー!! フェロモーーーーーン!! 」
「最終回・帰ってきたフェロモンみたいな言い方するんじゃないよっ!」
爽子が剣一に叫ぶが、駆け寄りはせずに保存用に動画と写真を撮っている。
『処する』と言ってきたカリンに怯えている部分もあるらしいが、リュックには夢中で採取したものがパンパンに詰まっているようだった。異臭がすごい。
呆れた顔をしながらも、ピースサインで答えてやる剣一。
「椿さん……玲央くん……終わったんだ……生きてるぞ! 勝ったぞぉおおおおおおお! やったな!! やったんだ!!」
「いてぇな!」
海里も珍しく叫び、佐伯ヶ原の背中を叩いて睨まれている。
「玲央……!! 剣一!! 椿ちゃん!! あぁ無事でよかった……本当に! 本当に……!!」
「よく無事に帰ってきてくれた……!」
椿を抱き上げたままの麗音愛と剣一に、直美と雄剣が駆け寄った。
「ただいま!」
「俺等の活躍ちゃんと見てた~?」
「もちろんよ! ずっと見ていたわ……!」
運動会でも行ってきたかのような二人の態度に、両親はまた少し微笑んで涙ぐんだ。
「玲央……あ、いえ白夜様……」
「やめてよ。俺は咲楽紫千麗音愛、玲央なんだから。白夜なんか関係ない」
「でも椿ちゃんは……愛月姫様で」
「おっおじさま、やめてください。私も椿ですから、今までと同じように」
麗音愛の腕から降りようとした椿を、夫婦が止めた。
「今までどおりでいいんだから、俺も椿もそのままだよ」
「……あぁ、そうだな。すまない。お前は俺の息子で、椿ちゃんは篝ちゃんの娘の椿ちゃんだ」
「そうね、……おかえりなさい……玲央、椿ちゃん」
見送ってくれた母と、迎えてくれた母。
二人の存在があったこそ、今がある。
「……母さん、……篝さんが……」
椿がわかっていたように、直美もまた涙を流しながら頷いた。
親友の進む道が、想像できないわけがない。
「……行ってしまったのよね……じゃあ篝に会えたの? 玲央」
「うん。とても素敵な母さんだったよ」
「そう、そうよ。とても素敵なお母さんよ……会えてよかった……」
「母さんもね、ありがと」
そうは言ったが、また照れくさい。
椿を抱いているので前髪はいじれないが、何度も見てきた照れ顔だ。
それを見て涙を溢れさせる直美を、雄剣が支えて抱き上げた。
「さぁ、まずはみんなで脱出しような!」
「あ、あなた!」
剣一が呆れたように、雄剣と抱き上げられた直美を見る。
「なんだよ、玲央に対抗して父さんまでお姫様抱っこする事ないだろ~中年夫婦がいちゃつかなくても……」
「バッ馬鹿かお前は! そんな理由じゃない!」
「理由? どんな理由だよ」
息子二人にキョトンと見つめられ、言葉に詰まる父。
「そ、それはだな。家に着いたら、お前たちにはゆっくり話す。とりあえず母さんは走れないし無理はさせられない!」
「母さん、怪我してるの? 大丈夫?」
「ち、違うの、大丈夫なのよ。おほほほ。とりあえず雄剣さんに任せるわ。気にしないでちょうだい」
不思議そうに兄弟は顔を見合わせる。
「剣一~~!! バカバカ! 私をなんでほっとくの!?」
「おわっ! カリン! ごめんって」
剣一の背中にカリンが抱きついて、会話は終わった。
咲楽紫千夫婦はどう説明するか、小声で相談しているようだ。
「結界張り続けたよ! えらいでしょ?」
「おお、最高にえらい! よくやった……! ルカと、それにヴィフォも助けたのか」
二人は気を失っている状態で、横たわっている。
「うん、怪我してるの。ルカは私が連れてくから……ヴィフォを連れていって……?」
「わかった、いい子だ」
カリンの頭を撫でると、カリンは嬉しそうに微笑む。
「でも、絶対絶対絶対~~! ヴィフォに手を出したらダメだよ。ヴィフォを処したくないんだから」
「おいおい」
「兄さん……兄さんが、ついにロリコンに……」
「斎藤くん、残念ながら君のお兄さんはロリィさんになってしまったんだよ……悲しいね」
麗音愛の横にスーッと現れた爽子が溜め息をつきながら言う。
「うるせいぞ! 誰がロリコンだ!」
変わらない爽子を見て、椿が笑った。
爽子は銀髪の麗音愛と、髪が伸びている椿の写真も撮る。
「サラ! 椿!」
「佐伯ヶ原くん!」
「まったく、あの光景を絵にするのは、きっと死ぬまで描き続けなきゃ終わらんぜ」
安堵した表情で笑う佐伯ヶ原。
しかし右腕に巻かれた布は酷い出血で赤く濡れ、指先は青白い。
「酷い怪我……! あぁ……でも私……炎が……」
しかし椿はもうギリギリで気を失いそうな状況だ。
炎を出す余裕はない。
「気にするな。こんなもん、なんでもねぇよ」
「……俺も今、力が残っていない。というか自分の状況がまだ把握できなくて……大丈夫か? すぐに脱出して治療をしよう。ありがとう佐伯ヶ原」
「サラ、俺は大丈夫ですから……みんなで脱出しましょう」
「玲央先輩~~!! 先輩!! やっと会えましたよぉ~~っ!!」
さっきまでギラつかせていた短刀をしまって、琴音が椿を睨みながら麗音愛に笑顔を見せるという姿で横に来た。
「あ、加正寺さん、椿を助けてくれてありがとう。あれがなければ俺は勝てなかった」
「えっ……あ……玲央先輩……いいえ、その言葉だけで報われます……」
麗音愛の微笑みを見て、琴音は頬を染める。
「ありがとう。琴音さんのおかげです」
麗音愛に抱かれた椿を見て、琴音は心底どうでもいい瞳を向けた。
「椿先輩って、往生際まであざと可愛いんですね~さすがですね~まさに往生際が悪いってこの事……かーわいい~~さすが椿先輩~」
「あはは……」
相手の前世がなんだろうと、琴音には一切関係ないようだ。
椿は苦笑いしている。
「さぁ~こんなとこ早く脱出しましょう! 玲央先輩、私の刀は戻ってきますか?」
「明橙夜明集が、どうなるか……俺にもよくわからないんだけど、此処を脱出するまではもってくれよ……美子ーーー!! 槍鏡翠湖!! 俺達を導いてくれ!!」
麗音愛の声が響いて、人間世界から一筋の光が一直線に差し込んできた。




