ツバキ
何も武器を持たない琴音に、妖魔の群れが襲いかかる!
しかし琴音は怯えることもなく、妖魔達を睨んで微動だにしない。
「あぶねぇなぁ!!」
響く少年の怒声。
鞭のような刀が、琴音のまわりに斬撃を放つ。
「ふん」
そして妖魔の群れは、バラバラに砕け散る。
特に感動もなさげに、つまらなそうに琴音はため息をついた。
「絡繰門の次は~佐伯ヶ原先輩ですかぁ~最悪」
「うるせー!!」
琴音を助けたのは、佐伯ヶ原だった。
「しかも、なんですかそのメンバー。紅夜会に寝返ったんですか?」
「ちげーよ! んなわけあるか」
佐伯ヶ原の後ろには、ルカを背負った摩美。
そしてボロボロになったヴィフォまで支えている。
「裏切り者と思われても、仕方のないメンツですけどぉ」
「私は今はもう白夜団の団員です。団長からの命令もあってルカを救助しに来ただけですから」
摩美がはっきりと言い放つ。
「団長が? さすが先輩のお母様。敵にも御慈悲を……それにしたってその女まで助けるってありえなくないです?」
半裸状態のヴィフォは摩美の白夜団のブレザーを掛けられているが、一人で立っていられない状況だ。
「う……わ、私は……捨てていきなさい……摩美……」
「ヴィフォは私達にとって守ってくれる存在だった。本来ならすぐに紅夜と同化したっておかしくないのに、私達のことが気がかりで同化せずにこの大怪我を負ってしまったんだよ。私達は罪の裁きは受ける。だから今は……」
「此処でごちゃごちゃ言ってても仕方ねーだろ! 拠点に戻るぞ!! 今戦えるのは俺だけだ! 着いてこい」
「えー……先輩、同化したんですかぁ? なんかダサい武器~」
「てめーまじで、子猿を解放したことがなかったら見殺しにしてたぞ」
「見殺し? そんなの運命が許さないんですよ。加正寺琴音の死に場所は、玲央先輩の腕の中しかありえないんですから」
「じゃあ不死身だな……って、さっさと行くぞ!!」
椿を解放した罪。
紅夜を裏切った罪。
罪人達を追うように、無数の妖魔が彼らを追いかける。
しかし煌めく雷の連撃、そして桜吹雪のような雪が舞って彼らは無事にカリンが守る拠点に逃げることができたのだ。
ただ琴音本人は逃げたとは思ってはいない。
手元にはない黄蝶露と骨研丸――麗音愛の闘気と紅夜の覇気でもうどこにいるのかもわからない。
それでも悔いはない。
「この私、加正寺琴音の選択に間違えなんてありえない」
「琴音ちゃん、よく無事で戻ったよ!」
「あら海里さん。弱いのに、よく生きてましたね。丸腰は嫌なので武器が欲しいの、短刀を貸してくださる?」
苦笑いする海里から短刀を受け取った琴音は、紅夜会のメンバーを見張るように睨みつけカリンが摩美の影に隠れた。
倒れ込んだルカとヴィフォを雄剣が状態を確かめたが、命に別状はなさそうだ。
二人を救助した佐伯ヶ原と摩美に直美が礼を言う。
「……あれ、椿のお母さんはどこ行ったんすか?」
佐伯ヶ原が直美を見て篝がいない事に気が付いた。
「……篝は二人の傍に行きたいと……絡繰門さんに頼んで行ってしまったわ……」
涙を拭う直美。
絡繰門雪春が、紅夜の放ったエネルギー砲を跳ね返した時にこちらの場所も雪春に気付かれた。
母として、動けなくなっても麗音愛と椿の傍に行きたい気持ちはわかっていたが諦めるしかない。
だが、あの男はその願いを叶えるため篝を連れて行ったのだ。
直美としては、篝を離したくなかったが止めることはできなかった。
◇◇◇
血の海に映る雪春の影。
「(……何度もすみません……)」
「いいえ、ちょうどよく逃げる彼らを援護もできました」
篝を抱き上げた雪春、口元には血が流れ顔も青白い。
「(ありがとう……あの子達のもとへ……少しでも……)」
「ですが、もうこれ以上は近づけないでしょう」
妖魔の死骸が積もった少し高い丘に、雪春は立つ。
その向こうに巨大化した妖魔と湧き上がる無数の触手。
そして、懸命に立ち向かう二人の影。
麗音愛と、彼に抱かれた椿。
「彼らが見えますか?」
「(えぇ……えぇ……二人一緒にいるわ……よかった……でも……)」
篝は人形のように無表情になってしまったが、心は生きている。
「(椿……あなたの使命は……きっとあなたが心の中でわかっている……)」
篝は自分の人生を、神の使命のために捨てた女。
だから自分の子供が二人生まれて、椿が持って生まれた使命も薄々勘づいてはいた。
だけど、そうあってはほしくない。
「(麗音愛……椿……どうか運命を乗り越えて――!!)」
◇◇◇
「あ……母様……!! 絡繰門さんと」
上空を舞う椿からも篝が見えた。
危険を冒してまで、自分達を見守りにきた母の想いが伝わってくる。
椿は麗音愛の腕と呪怨に抱かれ、紅い空を舞い触手と交戦する。
しかし闘いの終わりが見えない。
それどころか、巨大化した触手からは次々と妖魔が生まれ空に見える人間界に突入を開始している。
「やっぱり……このままじゃダメなんだ……」
椿にはまだ、自分の使命というものを思い出せない。
しかし先程の会話……『わたし』が言っていた使命とは。
「椿! しっかり捕まってろよ!」
「わはははは! さぁ花嫁を奪い返そうか……!!」
「……つばき……私の名前」
麗音愛に言われてぎゅっとしがみつく。
この人を、この世界を愛している。
出逢った時に決めた、この名前。
この胸元の小さな鍔を解放するには、麗音愛に渡すためには……。
「この命を捧げないとダメなんだ……」
小さな白い鍔は、ネックレスから外れ椿の左手の中にあった。
不安も恐怖もある。
それは大切なものが、自分の中に沢山あるから。
麗音愛と出逢って沢山知った、想い、縁や絆……。
それを全部手放して、みんなを救う――。
自分のいない未来……。
目眩がするほど怖い。
麗音愛の傍にいられない事が恐ろしい……手が震える。
「私は……それでも……やらなきゃいけないんだよね……緋那鳥……!!」
だけど過去の私が選んだ未来なんだと椿は決心した。
椿が叫ぶと、緋那鳥が金属音のような鳴き声をあげた。
「椿……!?」
腕の中にいる椿が、桃色の炎をまとう。
レイピアの緋那鳥が燃え上がり、短いナイフのような形状になる。
明橙夜明集が形を変えるなど、麗音愛も初めて見た現象だ。
形は小さくなったが雛鳥が成長したかのように、威厳のある燃え盛る煌めきを放つ――!
「麗音愛……!!」
「椿、何をする!?」
やっと出逢えたのに、また離れてきっともう二度と逢えない。
突きつけられた残酷な運命。
それでも人生を捧げた母を見て、打倒紅夜のために命をかけた人々を見てきた。
自分の気持ちを優先してはいけない……。
椿の手のひらにある鍔がまた淡く光る。
「また……あの光、いやこの光、覚えがあるぞ……まさか我が娘、寵が……あの女神、愛月の気を放つ……だと」
紅夜も異変に気が付いたようだ。
人間の味方をする、愚かな神の傍にいた女神……。
気付かれれば、紅夜の攻撃は激化する。
もう躊躇してはいられない――!!
「寵なんかじゃない……! 私の名前は……椿……鍔姫だ! 白夜様から預かりし鍔を守る者!! 必ず鍔姫として、使命を果たす……!!」
「椿!? 何をする気なんだ!!」
「麗音愛……」
椿はそっと、右手を伸ばして目を閉じ麗音愛に口づけた。
触れるだけの優しい口づけ。
椿がにっこりと、瞳を細く微笑んだ瞬間。
溜まっていた大粒の涙が落ちていく。
キラリ輝く涙。
椿は麗音愛に頬ずりをした。
二人の頬が触れ合う。
血だらけの頬。だけど温かい。
また落ちる涙。
自分なんかどうなったっていい……!!
でも、あの学園での死闘で麗音愛に別れを告げた時とは違う。
あの時より、もっともっと麗音愛を好きになって愛してその為ならばいいと心から思える。
一瞬で椿の心に咲く二人の思い出。
この想いを抱いて……散るだけだ!!
「椿……?」
「麗音愛! どうかお願い……! 紅夜を倒して!!」
椿はナイフに身を変えた緋那鳥を自分の喉元に突き刺す――。




