ふたり、さいあい
紫の炎が椿の頬を撫でる。
美しい炎が燃え上がる。
「麗音愛……!」
幻ではない、目の前にいる恋人。
手を伸ばそうとしてしまうが、麗音愛は刀を振るい最強の妖魔・殺との戦闘が始まる。
「椿待っていて! 海里さんを頼む!」
「はい!」
海里と摩美を瞬時に確認すると、摩美には西野が駆け寄り抱き上げていた。
椿は倒れたままの海里の元へ行く。
「海里さん……! 大丈夫ですか!?」
上半身を抱き上げ、声をかけ首で脈を確かめた。
生きている!
「はい……ごふっ! すいません……かっこ悪くて……はぁ」
紫の炎は確かに海里の傷を治していた。
青白かった頬に紅みが戻り、話ができる事に椿はホッとする。
「何を言ってるんですか! ありがとうございます。海里さんのおかげでみんな助かったんですよ」
海里が身を挺して摩美を庇った事で時間が稼げた。
そのおかげで麗音愛の到着まで凌ぐことができた。
海里としては椿が来てくれたからだと思う部分はあったが、ジリジリと傷が癒やされていく感触に目を閉じた。
椿の炎よりも激しく強さを感じるが、やはり優しい。
「本当に……二人は素敵な恋人同士ですね……」
「えっ……」
「彼は貴女を守る最強の戦士だ……ありがとうございます」
礼を言って椿の腕の中から、そっと海里は抜け出した。
恋心から抜け出すように、そして立ち上がる。
「海里さん……」
「もう大丈夫です。二人のおかげで助かりました」
致命傷だった傷は塞がり、今までの戦闘の疲れも癒やされたようだった。
しかし麗音愛と殺の戦闘はまだ続いている。
一刀両断された両腕は、そこから触手のようなものが派手に伸びて再生している。
だが、ここにいる全員が麗音愛の勝利を確信していた。
「てめぇえええ!! 俺の女を殺るのを邪魔すんじゃねぇええええええええええ!!」
「俺の女だと……? ふざけた事を言うな!」
「殺ス! 殺す! 殺殺殺殺……!」
麗音愛は後ろの椿達に被害が及ばない場所へ移動し、殺が放つ砲撃も受け流す。
力の差が見えた。
殺の牙も狂ったように暴れまわる攻撃も、麗音愛には届かない――!
「俺の仲間と、俺の恋人を傷つけた報いを受けろ……!!」
「ぐああああああ!!」
晒首千ノ刀の斬撃に、呪怨の槍の追撃。
殺の身体が削られ、散っていく。
凶悪の妖魔が、殺されていく。
「ふざけんナッ……グバァっ……!!」
容赦なく、首を切り落とした。
情けをかける必要など一切ない。
更に胴体を呪怨が切り刻み喰らいつく。
二度と人間を襲う事のなどできないように……。
「殺される痛みを知れ」
「……ギグキィッ!」
ビュッと飛び散った殺の体液を麗音愛は避けた。
「椿! 浄化を頼める?」
「う、うん! もちろん! はい!」
屍となった殺を見届けた麗音愛が見守っていた椿に声をかけた。
振り向いた麗音愛はいつもの優しい微笑みだ。
いつものコンビネーション。
椿の青い炎は一気に殺を燃やす。
灰にするには時間がかかりそうだが、復活する様子はなく安堵した。
「摩美ちゃん! 摩美ちゃんよかったよぉー!!」
西野の声が閉鎖された肉壁の空間に響く。
麗音愛は海里と摩美が回復したのを見て、紫の炎を消した。
晒首千ノ刀も同化し、消えていく。
「椿」
少し離れた距離で、麗音愛は椿を呼ぶ。
ゆっくりと近づく二人。
「れ……麗音愛……」
やっと出逢えた愛しい人。
「うん」
椿の頬に涙が伝う。
「ごめんなさい……私、私、剣一さんを……私のせいで剣一さんが……」
剣一が自分を庇い、紅夜に洗脳された事を椿は自分のせいだと思っている。
「うん。元気に帰ってきたよ。兄さんを助けてくれてありがとう」
でも麗音愛は、剣一の命が助かったのは椿のおかげだと思っているのだ。
「でも……私……」
「うん、頑張ったね。迎えに来るのが遅くなってごめん」
「麗音愛……」
手を伸ばしあった二人の手が絡み合う。
よろけるように、麗音愛に抱きついた椿を麗音愛は強く抱きしめた。
やっと会えた、やっとやっと……。
「麗音愛……麗音愛……」
「うん……椿……」
離れてからの様々な想いが、涙となって溢れてくる。
それを受け止めるように麗音愛は椿の頭を撫でる。
麗音愛もどれだけ、椿を求めていたか――言葉にならない深い愛。
「摩美ちゃん、愛してるよ!」
「ちょ! 馬鹿!」
西野と摩美の会話が聞こえてきた。
西野が座りながら抱きかかえていた摩美にキスをして殴られている。
海里も苦笑いして、麗音愛も笑った。
恋人同士の様子を見て、麗音愛の腕の中にいた椿は急に腕から離れて自分の髪を撫でつけ始めた。
「椿? どうした?」
改めて自分の今の格好を見て、椿は顔を真っ赤にし始める。
真っ白だったドレスはビリビリに破け膝上までの長さになり、ところどころ焦げて血にも染まっている。
篝に着せられた羽織も半分ボロボロの状態だ。
パンプスなどはもう履いておらず裸足で戦ってきたし、髪も頬も血と泥にまみれているだろう。
「あ、あの……久しぶりなのに、私、血だらけで泥だらけで……髪も焦げたり、ドレスもぐちゃぐちゃだ……恥ずかしい」
ゴシゴシと羽織の裾で顔をこする。
恋人の前で、恥じらう姿に麗音愛は優しく微笑んでその手を握った。
「どんな格好でも、椿は可愛いよ。長い髪も似合ってる、ドレスも羽織も素敵だよ」
「麗音愛……」
何より自分の前で突然、姿を気にしだすところが一番可愛いと麗音愛は思う。
誰よりも凛々しく戦う彼女が、唯一自分の前では女の子になってくれる。
「俺だって、ボロボロだし汗だくでドロドロだし」
「そんなの関係ないもん……」
「うん。俺も、だからほら」
麗音愛が引き寄せると、椿も安心したように麗音愛の腕に抱かれる。
緊張し続けた身体と心が解けていくようだった。
「怪我は……痛いところはない……?」
「うん……もう大丈夫……麗音愛の炎あったかい。麗音愛は大丈夫?」
「椿と会えたから、もう元気だよ」
「私も……麗音愛、大好き」
「俺も」
囁き合う二人を、摩美達も微笑み見守る。
「やれやれ、バカップルに挟まれて一人身は肩身が狭いよ」
「あんたも戻ってプロポーズ成功したらトリプルデートでもしましょ」
摩美の言葉に更に海里が苦笑した。
死の直前を感じたのが嘘のように、皆が笑う。
椿も麗音愛の腕の中で微笑んだ。
しかし絶望の紅い夜は、まだ終わらない――。
「きゃっ!?」
突然に、地震のような揺れが襲う。
地鳴りに似た、しかし低い獣の咆哮のような音が響く。
今まで取り囲んでいた肉壁が破裂する。
「なんだ!?」
血を吹き流しながら、生きた肉の天井が裂けて紅い空が見えるようになり、だんだんと広がっていく。
それぞれ分岐した通路になっていた肉壁が開き、一つになっていく様子は地獄絵図だ。
「……何が起きてるの……!?」
その瞬間、紅い触手が床から伸びて椿に巻き付いた。
「きゃあああっ!?」
強く抱きしめ合っていた二人の間を大量の触手が一気に引き剥がしていく。
「椿!!」
すぐに麗音愛が手を伸ばし、椿も抵抗するが更に触手に絡み取られていく。
まるで急成長する巨木のような触手は麗音愛を拒むように攻撃し二人を離す。
「麗音愛ーーー!」
「椿!」
「姫様ぁ!」「椿さん!!」
一面が血溜まりの荒野になったような紅の世界。
遠く、その中心にいるのはこの世界の王、妖魔の王・紅夜!
離れていても、その身体から禍々しい気が放たれているのがわかる。
「ははははは、可愛い追いかけっこは終わりだな。さぁ、我が娘よ。俺の元へ」
「いやぁ! 離してーーー!!」
「紅夜ぁああああ!!」
血溜まりからは無数の妖魔がまた生み出され、麗音愛は阻まれる。
先程、滅したはずの殺、そして失、奪も血の池からまた再生を始めた……。
「いやぁああっ!!」
触手に絡まれた椿は、紅い空に掲げられるように紅夜の元へ連れ去られる。
紅夜もまた、大量の触手に身体を絡ませ紅の空の下。
妖魔王としての巨大な姿を見せつけていく。
絶望のなかの死闘は、まだ始まっていなかった――。




