殺戮絶望時間
最悪の妖魔三匹の最後の一匹・殺。
その前に椿が立った。
「殺!! その御方は、紅夜様の姫君よ! 控えなさい!」
殺に切り裂かれ倒れ込んだ海里に摩美が駆け寄って叫んだ。
「アアア~? ひ・め・さ・まぁ……?」
海里を気遣い、二人を桃色の炎で包んだ椿は殺を離れた場所へ誘導し緋那鳥を向けている。
「そうよ! 姫様に牙を向けるなんて謀反になる行為だ! やめろ!」
「ア・アアア……?」
殺が目のない頭をわざとらしくコリコリと回す。
椿にとっても、この妖魔がどれほどの驚異か分かる。
素直に引くなら、その方がいい。
「そんな道理は知らねぇよおぉぉぉぉ! この女の肌を引き裂いて殺して俺のもんにするって決めたんだぜぇええ!! ヒュュ!!」
殺が椿に飛びかかる。
「姫様!」
椿はそんな攻撃を知っていたかのように、可憐に避けた。
「大丈夫! 摩美ちゃん……! 海里さんは!?」
摩美も縄の結界を張り、海里の上半身を抱いているが返事がない。
桃色の炎には、少しの回復力があるようだと気付いたがあれだけの傷を治すことができるのか椿にはわからなかった。
摩美が必死に語りかけているのが見える。
「あんた馬鹿だよ! 何を考えてるのよ……!」
海里の腹部から血が流れる。
布でキツく縛り止血はしているが、それも血に染まっていく。
「はは……はぁ……なんだろうね……」
「やっと姫様に会えたし、地上に戻らなきゃいけないのに……馬鹿すぎるでしょ」
「……はは、かっこ悪いとこ……椿さんに見られちゃった」
「そんな事、姫様が思うわけないでしょ」
数時間前に、偶然会った関係。
しかも摩美は元紅夜会の少女。
それなのに、出逢う男達は全力で眼の前の命を救おうとする。
「……瑚花にさ……」
「え?」
「さっき、話した幼なじみの子……婚約破棄された……子……」
「うん、こはなさんね。その子に?」
「……っぐふ……伝えてほしい……なんか今、はぁ……あいつの事ばっかり想い出す……傷つけてばかりでごめんって」
海里がどこか見つめながら、話す。
走馬灯を見ているのかと摩美の不安は膨らんだ。
椿の桃色の炎は優しく海里を包み、じわじわと回復はしているようだが追いついていない状況がわかる。
死の気配が――近付いている。
「そ、そんなの、あんたが自分で言いなさいよ! 私が伝えることか! 馬鹿!」
「はは……そうだね……」
「帰ったら土下座して、謝って、自分からプロポーズしなさいよ!」
微笑んだ海里の瞳から涙が滲んだ。
「はは……プロポーズって……」
その涙を見た摩美も涙が出そうになるのを、歯を食いしばって耐えた。
「そういう事なんでしょ!?」
「あはは、はぁー……死ぬ間際に気付くなんてな……」
「死ぬわけない!」
この桃色の炎は、椿が遠隔で操っているものだ。
それも殺と戦いながら二人を包んでいる。
殺を消滅させ、椿が集中すれば紫の炎のように強い回復力をもつかもしれない。
「姫様に、加担してくる……あんたは強く生きる事を考えるんだよ。寝たらダメ! 瑚花さんが待ってるんだから!」
「ふ……そ、だね……ぐふ……っ」
血を吐いた海里が弱々しく微笑んだ、顔はもう青ざめて……。
一人にするべきではない事もわかる。
殺に勝てない可能性は大いにある。
椿を連れて逃げるべき――?
そんな最悪の状況でもある。
それでも、きっと白夜団の人間なら絶対に戦う事を選ぶ――!
「私ももう白夜団なんだ……!」
目の前でボロボロになりながらも戦う椿を襲う殺に、摩美はありったけの力で突っ込んでいく。
「ひめ……椿ちゃん!」
「こいつ……強い……!」
気丈に戦う椿の白い腕を、殺の爪が切り裂いた。
篝からもらった羽織も、引き裂かれ血に染まる。
「きゃあっ!」
知能の無い雑魚妖魔達は、椿にも襲いかかりずっと一人で戦い続けてきた。
それに加え桃色の炎も出し続けている、息も上がり疲弊した状況だ。
「ギャハハハハ! うめぇ血だ! もっと叫べ! 泣け! 盛大に派手に最高にぶっ殺してヤルよぉおおお!」
殺がベロリと爪を舐める。
すぐ欲望のままに口を開け牙を剥き出しにて襲いかかってくるが、椿は緋那鳥を構え直すのに手間取った。
「く……っ」
「椿ちゃん!! やめろぉ!」
「!? 摩美ちゃんだめっ!!」
摩美が、殺の腕を縄で掴み絡め取る。
「邪魔だァ! 雑魚がぁあ!!」
縄は一瞬で噛み切られ、そのまま摩美の肩に噛みついた。
椿の瞳に、溢れる血と苦痛に歪む摩美の顔が映る。
「きゃあああ!」
「やめてぇ!!」
殺が頭を振り、摩美は壁へと投げられる。
「摩美ちゃん!」
海里と同時に摩美も桃色の炎で包む。
クッションになったのか壁への衝突は免れ、摩美はそのまま床へ倒れ込んだ。
だが、摩美も重傷だ。
殺に一度椿は斬りつけ、摩美の元へ向かう。
敵に背を向けることはできない、攻撃体制のまま緊張は続く。
なので倒れた摩美に寄り添う事はできない。
椿の心は焦るばかりだ。
「摩美ちゃん! しっかりして!」
「ぐ……ご、めん……」
摩美の声が聞けただけで、安堵する。
一般人であれば、即死していたかもしれない。
「謝るのは私なの……! 私が私が弱いから……あぁ血が……」
椿の脳裏に、剣一が自分を守り心臓を刺し貫かれた時の事が浮かぶ。
あの時に感じた絶望が蘇り、手が震えだすのを必死で止める。
それでも桃純家の紅色の羽織が揺れた。
「ま、摩美ちゃん! しっかりして!」
力の限り、炎を燃やす。
どうして紫の炎が出ないのか、また悔しさで涙が出る。
「……私はいいから……海里……を……彼を優先して……」
「二人とも助ける!! どっちをなんてできないよぉ!!」
海里と、また距離が離れてしまった。
椿の苦悩は痛いほどわかる。
摩美の脳裏に、自分まで倒れるなど、なんて馬鹿な事をしてしまったんだと後悔が滲む。
それでも、あの場で椿が襲われていれば椿が殺されていた。
椿はこれからの戦いで希望になる――!
摩美はそう信じていた。
絶対に、こんな場所で死なせるわけにはいかない。
「ひ……めさ、ま……」
どんなに友達だと思おうとしても、摩美にとっては椿は姫様だった。
自分の命を救ってくれた、生きる道をくれた優しい女神だ。
そして今、幼馴染の名を呼んだ海里の気持ちがわかった。
熱い傷口から血が流れて寒くなり……沢山、思い出す――恋人の顔。
「……え……栄太……」
「摩美ちゃん! 海里さん! お願い! 死なないで!」
二人を失う恐怖で椿の頬を涙が伝い、伝う。
摩美を背後に守り、海里は殺からかなり離れた場所に倒れたままだ。
殺が現れてから、ほんの少しの間で最悪の事態になってしまった。
――全滅――。
そんな言葉が誰かの心に浮かぶ……。
「ギャハハアハハッハ! 死ぬ! みんな死ぬに決まってんダロ! 俺が殺したんだ! 殺害シタァアア!」
「死んでない……まだ、まだ生きてる……!」
離れた海里に手を出せぬように、椿は炎を更に強める。
しかし、海里は動かない。
摩美も反応しなくなった。
桃色の炎では、回復は追いついていない。
椿も腕の傷の治りが遅い、血が減って更に脚が震えてきた。
後ろにいる摩美も止血もできず、血が溢れている。
何よりも、大切な人達を失う事が椿には恐怖だった。
叫びだしそうな恐怖だった。
「サァ~~!! お姫様ァ!! お前のやわかい身体を、味合わせろよぉおおおおおおお!!」
殺の叫びと笑い声が響く。
それでも最後まで皆で生きる事を考え続ける――!!
負けたくない! みんなで生きていくんだ……!!
大好きな、あの人と……!!
みんな一緒に……!!
椿の心を燃やす、麗音愛への想い。
椿が生きる意味。
「……麗音愛……っ」
走馬灯なんか見たくない、なのに麗音愛の笑顔が思い浮かんだ。
会いたい――。
「ギャハハアアハーーーーーーーーーーーー!!」
「あぁっ!」
無惨にも殺の凶悪な爪によって、緋那鳥が弾かれる。
か弱い鳥の鳴き声のような音がした。
そして、そのまま両手の爪が、まず椿を捉えようとして襲う。
柔らかな乙女の身体を捕まえてから、噛み砕く気か――!
どんな痛みが襲うのか、それでも椿は目を閉じず殺を睨む。
――お前なんかに負けるか……!!
そんな椿を嘲笑うように、殺は両手を椿に突き刺す!!
「オ?」
「えっ……?」
殺の短い呻き。
ドバッと黒い何かが弾けた。
瞬間、紫が目の前に広がる。
炎だ!
肉壁の中でバックドラフト現象が起こったかのように紫の炎が一気に舞い上がり燃えていく!
海里と摩美も包み、強く燃え上がった。
輝く炎。
椿と殺の間に、黒いマントが翻る。
「あ……あぁ……」
椿の瞳から大粒の涙が溢れた。
呪われた刀が、殺の両腕を一刀両断している。
不気味な刀、恐ろしい刀。
それでも椿にとって誰よりも何よりも信頼する強さ。
晒首千ノ刀。
その持ち主が振り返る――黒い髪が紫の炎で揺れて、黒曜石のように輝く瞳。
どれだけ求め、逢いたかったか。
愛しい、愛しい、愛しい人。
彼は椿を優しく見つめて少しだけ微笑んだ。
数秒、絡んだ視線だけで、二人の心は通じ合う。
「椿、待たせてごめん。すぐ片付ける……!」
「……麗音愛……!!」
涙を拭い、椿も答えるように微笑む。
椿の桃色の炎を優しく包むように、紫の炎が揺れた。
呪い刀を持った希望が刀を振るう――!!




