願われた命
「蛇願家の無力化の力……直美……」
夫の雄剣が見つめる。
直美が監禁されていた時には、教わる事はなかった術だ。
七当主達にとってはお目付け役の煩わしい術。
このまま誰にも継承される事はなかったはずだったが、解放後に桃純焔が介入し直美に伝えられた。
強制ではなかったが、直美は術式だけは完璧に覚えている。
血族の愛を知らない直美だったが、その重さを自分は継承したいと思ったのだ。
それが蛇願家の者達へのせめてもの供養だと思って……。
瀕死の紗妃を抱き締めた直美が、祈るように術を口ずさむ。
失敗した時、何が起きるのか……知っていても雄剣は止める事をしなかった。
二人の周りをゆっくりと、まるで蛇がとぐろを巻くように白い霧が覆っていく。
それを見つめながら篝もすぐに術に取りかかれるように準備を始めた。
「雄剣さん、聖水と短刀はある? ナイフでもいいわ」
「あぁ」
篝に聖水と腰から抜いた短刀を渡した。
雄剣は自分の団服を脱ぐと、石床の上に敷く。
相変わらずの紳士的な振る舞いに篝は礼を言って微笑んだ。
その上に正座をした篝は聖水で身を清め、短刀を持ち祈り始めた。
直美と紗妃を包んだ白い霧が、どんどんと青色に染まっていく。
青く、更に濃く、藍色に染まり、そして頂点に達した時……霧は一瞬で四散した。
直美の術は成功した――!
それと同時に篝も準備を終える。
「……桃純家の命よ!! どうかこの少女を救って……!!」
篝は短刀を自分の胸に突き刺す。
直美は目の前で起きたショッキングな光景に叫びそうになりながらも、耐えて紗妃を抱き締め続ける。
何代も何代も伝わり、伝え続けてきた舞意杖。
紅夜会に奪われたとしても、穢れた者達が扱える代物ではなかったのだ。
「く……っ! さぁ舞意杖……いきなさい!」
娘の椿と一時でも同化していた名残も篝は感じていた。
優しい柔らかな息吹のような娘の清らなかな命の欠片。
どうか、私のせいで犠牲になった娘が救われますように――。
一気に篝の胸元から舞意杖の力が吹き出し、まず天に登った後そのまま落下し直美と紗妃に直撃する。
「直美!!」
凄まじい衝撃を雄剣は感じ、つい叫んでしまう。
だが中にいる直美と紗妃の二人はゆったりとした穏やかな風に包まれているようだった。
「……紗妃ちゃん……」
今まで息も絶え絶えだった紗妃が、ゆっくりと目を開ける。
ニコリと微笑んだ表情は、母を見つけて喜ぶ幼子のような笑みだった。
蛍が舞っていくように、紗妃も直美の手を握りしめながら光になって消えていく……。
生まれてくる事を願われた命。
少女は微笑みながら消えていった――。
「……成功した……?」
涙を流しながら、直美は不安そうに言う。
母体へ移動すると言われても、実感などない。
そう思ったが、お腹に温かい宿りを一瞬感じた。
「紗妃ちゃん……きてくれたのね」
「えぇ成功……よ」
安堵した直美だったが、次に篝は糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
「か、篝ーーー!!」
「篝ちゃん!」
雄剣が小さな少女の身体を抱きかかえる。
血は出ていないが、胸元は着物も裂けて中ががらんどうに見えた。
瞳も開いたままで、もう光はない。
指一本も動かない。
「篝、篝、あぁ……そんな……」
「(わかってた事よ……大丈夫)」
かすかな、声だけが二人の耳に届く。
いや、これはギリギリまで傍にいてやっと聴こえるテレパシーのようなものか。
「篝!」
「(……よかった……)」
「よかったけど、よかったけど……あぁ篝……」
「(直美……必ずここを無事に脱出して……元気な赤ちゃんを産むのよ……)」
「えぇ、わかってるけどわかってるけど……篝ぃ……まだ、私は……」
自分が望んだ事、少女が望んだ事。篝もまた望んだ事。
それでも目の前の残酷な代償に直美の心は追いつきはしない。
「(さぁ……私はここに……置いていって……)」
もう人形のようになった自分はもうお荷物だと、篝は言う。
「そんな……いや……」
泣き崩れる直美の肩を、雄剣が優しく支える。
そして団服を着て、動かない篝の身体を抱き上げ背中に背負う。
「(雄剣さん……)」
「僕らの子供達のところへ行こう。椿ちゃんも、麗音愛も待っている」
連れて行く事が当然のような口ぶりと微笑み。
ずっと変わらない、二人の少女を見守り続けてきた男の強さ。
「雄剣さん……! えぇ、そうよ。最後まで見届けないと……一緒に行くのよ!」
涙を拭きながら、直美は強く頷いて非常用に持っていたロープで雄剣と篝を離れないように固定する。
「(直美……)」
自分の天命とはいえ、すぐに別れた我が子の麗音愛に一目会いたいという気持ちはあった。
麗音愛、椿、剣一や、白夜団の子供達。
彼らを見守るまで、散るわけにはいかない。
「(ありがとう……)」
自分達の子供達のもとへ。
雄剣は直美も気遣いながら、三人はまた紅夜城へと戻る。
「あ……っ!! 団長!! 此処にいましたか!」
「佐伯ヶ原君!」
肉壁の世界にまた戻る事になったが、すぐに佐伯ヶ原が駆け寄ってきた。
「無事で良かったわ……!」
「当然ですよ……! あ、その御方は?」
「椿ちゃんのお母さんの篝よ」
「あ、どうもはじめまして……」
ニコリともできない人形のような姿になってしまった篝は返事はできないが、佐伯ヶ原の心にも篝の微笑みは伝わる。
子猿の友達です〜とは言えねーな、と思いながら、なんとなく美しさがサラ……麗音愛にも似ていると感じた。
「直美、佐伯ヶ原君。玲央や剣一と合流しよう」
「そうね!」
「はい……!」
継承同化した佐伯ヶ原は、恋連花をうねらせ四人の気配を感じた妖魔を粉砕していく。
右手を負傷していても左手だけで、この強さだ。
「すごい……!」
雄剣もまた刀を構える。
「直美、君は後方に回って戦闘はできるだけ避けるんだ。進行も休み休みいく。体調が悪くなったらすぐに言うんだよ」
「え!? 私はまだ戦えるわよ!?」
まだまだ弾は残っている! と直美は銃を構えた。
しかし雄剣は直美の肩を優しく掴んで瞳を合わせる。
「今はもう君一人の身体じゃないんだ。君も赤ちゃんも僕が絶対に守る。だから無理はしないでほしい」
いつになく真剣な雄剣の瞳。
そして、抑えてはいるが嬉しさの感情が伝わってくる。
剣一や麗音愛が家族になった時の事を思い出した。
「は、はい……あなた」
「うん」
夫婦で見つめ合い、一瞬だけ手を取り合った。
雄剣の背中で、篝が密かに微笑んだように見えた――。




