直美と篝
まさかの再会に喜ぶ時間もなく――。
篝は微笑むと、すぐに膝をついて紗妃の容態を見る。
「これは……酷いわね」
篝ならば、と直美はすがる思いだったが篝も雄剣のように首を横に振った。
「うっ……いつも子供ばかり犠牲にして……何もできない……」
直美にとって、麗音愛も剣一も死と隣り合わせの戦いに参加させた罪悪感がある。
本人達が望んだ事だと誰が言っても、母として見守る大人として自責の念はいつまでもあるのだ。
「……まだ一つ、案があるわ」
「えっ……それは何!? なんでもするわ!」
「……私の今の身体の核になっている舞意杖は、桃純家の魂を紡いだ命の結晶なの」
「命の結晶……」
椿が同化した時に感じた数々の記憶や想いも先代達の命の結晶だったからだ。
だからこそ、死んだ篝は此処まで再生復活できた――奇跡の力。
「でも、これを使っても……回復させる事はできない。でも命を……母体に移動させる事ならできるかも」
「母体に……?」
意外過ぎる言葉に直美が驚く。
「舞意杖の力で消えそうな、この子の魂を直美、貴女の身体に転移させるわ」
「えっ」
「丁度、貴女の身にも奇跡が起こりそうな頃合いよ。波動が見える」
「そ、そうなの?」
「そうよ、これから命になる芽生えを感じるわ」
篝はにっこり笑う。
雄剣と顔を見合わせ、直美の頬は少し赤らんだ。
しかし恥じらっている場合ではない、と紗妃の手を握る。
「……紗妃ちゃん……紗妃ちゃん、貴女さえよかったら……私の赤ちゃんになってくれる……?」
生まれ変わり。それが救いになるのかは、紗妃次第だ。
「なにそれ……あはは……わらえるよ……」
「そうよね……」
「……いいの……?」
邪気のない、幼子のような問い。
「紗妃ちゃん……もちろんよ」
「でも……酷く醜い穢れ……だよ……」
椿と比べ、罰姫に相応しい醜女と呼ばれ続けた彼女。
今の顔を身体も紅夜会によって造られた姿だ。
「何を言っているの、紗妃ちゃんは、紗妃ちゃん。それだけでいいの」
「……うん……うん……」
紗妃の頬に伝う涙。
「紗妃ちゃん……」
冷たくなっていく紗妃の手。
もう、この方法で彼女を救うしかない。
直美は強く決心する。
「そんな事が本当にできるのか? 篝ちゃん」
直美と紗妃を見守りながら雄剣が篝に尋ねる。
常識では考えられない事だ。
「舞意杖と私の力を全部使う」
「そんな事をしたら、君はどうなる?」
「……最後の戦いを見守るまでの時間は……欲しいけど。この子の事は椿から聞いていたわ。全て私の見通しが悪かったせい。この子も椿も酷い目に合わせたのは全部私のせいなのよ。だからできるだけの事は全力でしたい」
「篝……任されたのに気付けなかった私が悪いの」
「何を言ってるの。貴女は本当によくやってくれたわ。麗音愛を強く逞しい男に育ててくれてありがとう。剣ちゃんもすっごく男前だったわよ。最強の咲楽紫千兄弟ね」
「篝……」
産み落としたのは篝だが、育て上げたのは直美。
そして麗音愛と剣一は兄弟であり、咲楽紫千家の子供だと篝は断言したのだ。
「麗音愛と椿の事でも苦労をかけたみたいで、ごめんね……でも二人の事は見守ってちょうだいね」
「私が浅はかだったのよ」
心配のあまり、二人を引き裂こうとしてしまった。
「いいえ、母の愛があったからこそよ。ありがとう」
篝は紗妃の手を握っている直美の手を優しく握る。
自分はこれでよかったのか?
本当に役目を果たせているのか?
雄剣に支えられながらでも、いつも自問自答に追われていた心が溶けていく。
また直美の頬に涙が伝う。
小さな少女の、だが大きな存在の手が直美の涙を拭った。
「さぁ、直美。貴女にもやってもらう事があるわ」
「私に?」
「そう、純粋な魂にするために。この子の力を一切無力化する。元々の白夜団の力もあるし……椿の血の影響もあるわ。あなたの蛇願家の力を使ってちょうだい」
「そんな……やったことなんてないけれど……」
それでも、やるしかない。
紗妃を救うためには、もうこの方法しかないのだ。
直美は覚悟を決める。
「紗妃ちゃん……いいかしら」
「……うん……」
「天海紗妃さん。私は、椿の母の桃純篝です。秋穂名の一家の所業を予想することができずに、貴女をひどい目に合わせるきっかけを作ってしまった。本当にごめんなさい……でも私の娘も、椿も被害者なの」
眼の前にいるのが桃純篝だと、紗妃も薄れていく意識のなかでわかっった。
「……わ……かってた……」
「紗妃ちゃん」
「あいつが……わるく……ないの……わか……ってた」
それでも恨む相手が欲しかった。
秋穂名家を全員殺しても、気持ちは晴れなかった。
みんなに愛されて幸せそうに笑う少女を憎む事でしか、空虚な心を満たす方法はなく……。
でもそれは幸せではない――わかっていても戻る道はなかった。
結果がこの無惨な最期。
そんな自分に、冷たい地面で死んでいくのを待っていた自分に……温かな手が差し伸べられた。
全てが無になり、生まれ変わる。
自分の穢れも何もかもなくなる。
そして優しいお母さんに抱かれる……。
紗妃にとっては、それは救いで光だった。
「……貴女も悪くないわ……」
紅夜会で犯した罪。
正常な判断のできない紗妃をコントロールしていたのは紅夜だ。
すがるしかない少女を狂気に陥れ、弄んだ悪。
「安心してね」
ぎゅっと紗妃を抱きしめる直美。
蛇願家は紅夜によって呪われた一族になってしまったが、元々は七当主をはじめ白夜団のお目付け役。
伝わる力を無効化する力があると言われてた。
しかし直美にとっては一度も試した事がない力だ……。
「できるわ……直美」
「篝……」
直美の片方の手を篝が強く握った。
「自分を信じて」
また見る事ができた燃えるような輝く瞳。
自分を救い、太陽のように人生を照らしてくれた。
誰よりも強烈に自分のなかで光り輝く存在。
一生大切で、ずっとずっと大好きな人。
「うん……!」
直美も少女のように微笑んで、自分の中の蛇願家の力を発動させた――。




