剣一&爽子VSカリン&失~カリンの気持ち~
禍々しい人型妖魔・失からの恐ろしい言葉。
失とカリンの関係は、信頼でも仲間でもなかった……。
「だってパパのために……なるんだから、いいデショ……? 失うモノはたかがカリンの命だけだヨ……」
「う……それは……でも……」
「カリン! わかっただろう、紅夜はお前たちをただの道具としか思っていないんだ」
紗妃を笑い飛ばしていた紅夜を思い出すカリン。
摩美も戻ってくるとは思えない。
紅い夜は幸せのはじまり、そう聞いていたのに……それはこの失の餌になる事だったのだろうか? とカリンの心が動揺する。
「う、うるさい! ……わ、私はだって……」
「妖魔の世界こっわ……」
「チンチクリン……オマエも僕がクゥテやるヨ……」
「ぎえー! 喰われてたまるか!」
失に話しかけられ叫ぶ爽子を横目に、剣一はカリンに手を差し出す。
「カリン、俺の結界内で少し話をしよう」
「えっ……や、やだもん!」
そう言って立ち上がるカリンはまた剣一に剣を向ける。
「僕のカリンにサワルな……!」
「カリンはお前のものじゃない! 妖魔ふぜいが黙ってろ!」
カリンをその手に掴もうと襲いかかってきた失を、剣一は斬撃で跳ね返し豪炎で失を包む。
激しい炎に失の動きが止まった。
「剣一……」
「カリン、おいで」
「あっ……」
剣一はカリンの手を引いて爽子のいた結界内に入る。
失は結界に齧りつき徐々にひび割れ壊れていくが、少しの間はもつだろう。
「俺が何をした? カリン、言ってくれ」
この距離でカリンから攻撃を受ければ終わりだが、剣一はカリンと目が合うように肩に手を置き跪いた。
「もし、君を傷つけた事があるなら謝るし……俺と関わらなくても、助けてくれる人間は沢山いる……だから」
どうにか一緒に連れて帰ることができれば、と真剣な瞳でカリンを見つめる。
「剣一……」
「俺が何をしたのか、教えてほしい」
剣一の真剣な眼差しに、カリンは目をそらす。
「わ……私の……」
「うん、カリンの?」
剣一も少し緊張した顔でカリンの言葉を受け止めようと頷く。
「私の頭を撫でた……でしょ」
「「え?」」
呆気にとられた顔をする剣一を爽子がジト目で見る。
「幼女の頭を……事案」
「え? あ、術を教えてもらった時かなぁ? ありがとうってやったかもしれないけど……こ、好意的な事で……」
紅夜城に剣一が滞在していた時。
深く悩み精神的にも身体的にも辛い時間ではあったが、意外にも丁寧に術を教えてくれたカリンとの時間は短いながらも穏やかだったと記憶している。
「……私の作ったクッキー美味しいって言ったし……」
目を合わせないようにして、膨れながら言うカリン。
「あ~……術指導の合間に食べたやつだよね。……うん、美味しかったよ」
「……どんなのやつか、ちゃんと覚えてる?」
「うん、チョコ味のアイスボックスクッキーだねって話したよね」
「う、うん……ヴィフォと作ったの」
「うん……他には……何かある?」
「……転んだ私を抱っこして運んでくれた」
「あぁ庭で練習した時にね……膝擦りむいてたから……ごめん……嫌だった?」
闘真の薔薇の庭での練習の最中に、カリンが蠢いていた薔薇の妖魔の茎に足を取られて転んだ時があった。
薔薇の棘で怪我をしたカリンを抱き上げてヴィフォの元へ連れて行った。
怪我なんか大した事はないというカリンに『女の子なんだから』と剣一は手当が済むまで待っていた時を思い出す。
あれが原因……?
「……い、嫌なのは……嫌なのは……」
「うん」
「いやなのは……」
カリンの顔が歪み、瞳が涙で潤む。
今まで殺気に満ちていたカリンの顔が、頬が染まって涙がポロポロと溢れ流れる。
「カ、カリン……?」
「うう……ふぇええ……剣一の事ばっかり考えちゃうのが、もうイヤなのぉ……あんたのことばっかり考えてしまうの……なんで?……どうして?……心臓が痛くなる……もうイヤだよぉ……苦しいの……」
「え……」
「どうして、そっちに帰っちゃったの? ひどい……ひどいもん……ばか……」
「カリン……」
「だからいなくなっちゃえ! そしたらきっとこんなの無くなるもん……! また姫様の事だけ考えられるもん! 馬鹿馬鹿! 大嫌い!」
ポカポカと剣一を泣きながら叩き、叩かれた剣一も動揺を隠せない。
「……えぇ……つまりは幼女の初恋がこじれた結果ってことっすか……こんな最終決戦の敵の陣地で私は何を見せられてるんすか」
結界に齧りつく失の前で、爽子が更にジト目で剣一を見る。
「カ、カリン……えっと……」
「うぇえええん……どうして……いつも考えちゃうの……いつも……いやだ……」
「あ~……それはだな……えっと」
これまでどれだけモテても上手に立ち回り女性問題で揉める事はなかった剣一だが、さすがに幼女相手では言葉に詰まっているようだ。
そんな剣一を見て爽子が声を張り上げた。
「幼女、泣くな! 大丈夫! 一緒に帰ればこのロリコンがしっかり責任とる!」
「か、勝手な事を言うなって!」
「幼女よ、その胸の痛みを治す術を、この偉大なる愛天使レモンシャワラン様が教えてあげよう」
「ぐすっ……どうしたらいいの」
初めての感情に戸惑うカリンは、意外な事に爽子の言葉を聞こうとした。
「このロリィさん……このお兄さんに抱っこしてもらえばすぐ治る」
「えっ……」
「爽子、おい」
「覚悟決めたまえよ! キメラなら何でもやったれよ!」
「う……」
「剣一……?」
グスグスと泣くカリンに見つめられる。
爽子の提案に剣一は一瞬困った顔を浮かべたが、手を差し伸べるとカリンはその手をとった。
「カリン、このまま奴の餌になんかさせない。俺と一緒に行こう」
「剣一……抱っこして」
「うん、おいで」
そのまま抱き上げると剣一にすがるように抱きついた。
強い力で抱きつかれ、しゃくりあげてまだ泣いているカリンの頭を撫でた。
「よしよし……少し、楽になったかな?」
「……きらい……ばかばか……」
「うん……勝手に白夜団に戻って、ごめんね」
「……ばか……ふみゅ……」
そうは言っても、もう殺意は感じない。
安心したような長い吐息が聞こえる。
爽子の提案は、カリンの心の痛みを取り除く正解だったようだ。
「かわいいカリン……この結界をヤブってヨ……そのオトコをコロスって言ったヨね? ……一緒にコロそうよ」
失の叫びに、剣一の首に抱きついていたカリンは静かに首を横に振る。
「……やだ……」
「カリン、おマエはうらぎりモノ……一番最初に喰ってヤルからね……もうカワイクない……喰い殺す」
失の口が思い切り開いて牙が剥き出しになる。
ビクッと恐ろしさで固まるカリンの背中を剣一が優しく撫でた。
「あいつをやっつけてくるから、ここで爽子と待っていて」
「剣一……」
「大丈夫、俺は姫様の眷属だぞ。負けるわけがないだろ」
「そっか! 剣一は姫様の眷属だから、一緒にいても私も姫様の御付きに変わりないよね」
「そうだな」
剣一はカリンが苦しんでいない様子を見て、紅夜が糸を使っていなかった事に内心安堵した。
所詮は餌だと、そんな必要もないと思うほどの存在だったのだろうか。
摩美もカリン達も、どうなっても特に問題はないという遊び道具だったのか……。
「剣一お願い、ルカも探して?」
「うん、わかってる。救える者はみんな救う」
此処へ来る前に、皆で話し決めた事だ。
剣一の腕から降ろされて、頭を撫でられるとカリンは涙の痕が残る瞳のまま小さく微笑んだ。
「コロスよ……」
失の周りには無数の妖魔が更に援軍のように湧き出し、何度も結界にぶつかる衝撃音が響く。
結界も限界だ。
「行ってくる」
剣一は綺羅紫乃を構えて、失の元へと飛び出していった。
カリンは結界を二重にするようにして、自分と爽子を包む。
「ほぉ~すごいじゃないか幼女」
カリンの結界を内側から観察する爽子。
失を相手にどれだけの苦戦が強いられるか……とは思うが、二人ともあの男が負けるわけはないと信じているのだ。
「……あんた、剣一のなんなの?」
「私か? そうだなぁ……彼は愛天使レモンシャワランの……なんと言ったらいいか……何かあった時の責任とる人……上司? でもないなぁ……私のほうが支えている立場か? うん、つまり……」
「ふぅん……剣一に変な近づき方をしたら……処すからね」
「しょ……? ……幼女こっわ……」
カリンの瞳がまたグルグルしたような気がして爽子はカリンから一歩離れた。




