絶望の夜に舞う希望
街は混乱に満ちていた。
犬のような形をした妖魔や巨大なコウモリのような妖魔。
そして歩く度にべチャリと音を立てるゾンビのような人型の妖魔。
無数の妖魔が街を徘徊し、パニック映画のように避難途中の人々が悲鳴をあげ逃げ惑う。
車が渋滞しクラクションが鳴り、火災が起きる。
警察が誘導し、自衛隊も放水などで対抗しているが妖魔は怯える事などしない。
「やめろーーー!!」
麗音愛が人々に襲いかかる巨大妖魔を一刀両断し、呪怨の槍で他の妖魔を追撃する。
守護が解けた今、妖魔は確実に麗音愛を狙ってくるが今はそれも好都合だった。
「大丈夫ですか!」
「うわぁああ! あ、あの映像の男じゃないか!?」
「あの化け物が出たぞーーー!」
麗音愛と呪怨を見た人々は更に恐怖に顔を引き攣らせるが、それは予想どおりだ。
「皆さん! 逃げてください!」
孤独だとも迫害とも思わない。
ただ皆が無事であればいい――!
渋滞する車から降りて近くの電波塔へ避難するように叫ぶ声が聞こえた。
あそこは菊華聖流加護結界の要だ。
椿と共に結んだ結界は今も輝いている。
妖魔が近づく事はできない!
龍之介、梨里、白夜団七当主の恩心月太狼も団員に指示を出し闘っている。
だが思ったように市民の誘導ができていない。
やはり怪しい団体だと思われているのだろう。
「ぎゃあ! こっちへ来るなぁ!」
「おっさんうるせーぞ! いいからこの護符持って避難場所まで走れ!」
龍之介が中年男性のおでこにバシィ!と護符を貼り付ける。
もう龍之介の団服も何箇所か切り裂かれ血が流れていた。
「バカ龍! あんま無理すんなし!」
「仕方ねーだろ! 無理しなくちゃなんねーんだ!」
「みんなパニックであたしもゴミ投げつけられたし~……この状況は不利ぃ!」
「あいつに比べたら俺らはマシな方だろ! 泣き言言うんじゃねぇ!」
「ふぅ~ん」
「なんだよ?」
「玲央ぴとすっかり仲良くなったじゃん~?」
「黙っとけ!」
「あいあい♡ あ~SNS許可出ないかなぁ……」
会話をしながらも二人は妖魔を殴りつけ、飛散させ、倒れた人に手を差し伸べ逃す。
「龍之介! 鹿義!」
「玲央!」「玲央ぴぃ!」
二人の上空を飛びながら、麗音愛は二人を紫の炎で包む。
「まだ頑張ってくれ!」
そう言いながら、また妖魔の密集地へ飛んで行く麗音愛を見て龍之介は額から流れていた血をグッと拭った。
もう怪我は治っている。
麗音愛の紫の炎の力だ。
「舐めんじゃねーぞっ! 玲央!」
叫びながらも龍之介は微笑み、また妖魔を力任せに叩き切る。
「あっ! 滑っちからSNS許可出たぁ!? 政府から白夜団の存在が明かされる時が来た!」
「よっしゃ! 俺らが正義の味方だって見せてやろうぜ!」
「……って、ちょっち待って……これ……」
「あん?」
梨里の携帯電話から、カメリアが流れる……。
だが、剣一の歌声ではない。
見慣れた制服姿の高校生の歌声だ。
麗音愛は道路から外れた住宅街で、また呪怨と炎を使い広範囲で妖魔を殲滅していた。
青い炎は自分には禁忌のような気がして使ってはいないが、赤い炎でも十分に妖魔に対抗できる。
そして怪我をした市民の手当も紫の炎で完治することができた。
「助けてーー!」
か細い女性の叫び声を聞いて、麗音愛はまた飛ぶ。
住宅街の道路で家族が鯨のような口を開けた巨大妖魔に飲み込まれようとしていた。
「伏せてください!」
その言葉に、両親が子ども二人を抱え込み、麗音愛は一閃!
妖魔の大口を上下真っ二つに切り落とした。
さすがに息が上がってきたか、と麗音愛は額からの汗を手の甲で拭う。
「皆さん! あそこの大きな一軒家に結界を張って化け物達が入ってこられないようにしています。まずはそこに避難を……! 周りの人にも声をかけてください!」
中年の父親と母親は崩れ落ちた妖魔と麗音愛を見て、更にパニックになったようだ。
とりあえず護符を渡そう……と思った麗音愛は、ふわりと優しい光に気付く。
「あなた……玲央君……!?」
「……みーちゃん……?」
助けた家族は、椿の友達のみーちゃんだった。
彼女が握りしめていた石から、優しい淡い青い光が漏れていたのだ。
これは椿の炎の結晶……。
「玲央君! 玲央君! ありがとう! やっぱり、やっぱりだったんだね!」
「えっ……」
両親が近づくな! と叫ぶ声も聞かず、みーちゃんは涙を浮かべながら麗音愛に駆け寄った。
「ありがとう……玲央君……その軍服の効果かな!? めっちゃかっこいいよ!」
篝の守護が解けたせいなのだが、そんな道理に気付くわけはない。
服装と今の状況のせいだと思っているようだ。
「……みーちゃん……やっぱりって……」
「美沙斗! 危ないぞ!」
「その人、あの動画の化け物じゃないの!? みー離れて!」
「大丈夫! パパ! ママ! 私達を助けてくれたんだよ! これで二回目なの!」
みーちゃんの言葉に驚く両親、そしてまだ幼い弟も母親に抱かれ泣き腫らした目を見開いている。
「この人達はね! 正義の味方なんだよ! 電車事故の時も助けてくれたの! きっとずっと私達を守ってくれてるんだよ!」
「……みーちゃん」
「私ね、椿に助けてもらったの……椿が、いなくなって……何があったのかって……椿と同じ黒い服だから玲央君があの映像の人なんじゃないかって思ってたんだよ」
「……お、俺は……」
麗音愛はどう答えていいのかわからない。
「そうなんでしょ!? あれは、みんなを助けてるために闘ってたんだよね!」
「う……うん……」
「詩織も絶対黒い男の人は正義だって言ってたの! だからね、だから」
みーちゃんが携帯電話を見せてくれた。
そこには、みーちゃんや詩織、いつもの友人達がカメリアを歌う事を宣言する映像が流れていた。
『カメリアはみんなを守ってくれる歌だよ』
『あの人は正義の味方だって信じてる~!』
『実は黒服の男に助けてもらったって話も都市伝説で沢山あるんだよね!』
『救済者紅夜なんか知らん!』
『闇のヒーローしか勝たん!』
『カメリア歌って応援しよ~~!』
そしてカメリアを歌い始める。根拠のない高校生の主張動画。
批判ボタンも押されてはいるが、再生数はどんどん伸びてカメリアが守護の曲だと更に流行しだしているという。
黒の男論争も若い世代では擁護する意見が増えてきていたのだ。
「カメリアは守ってくれる歌なんだよね? 椿に教えてもらったの……」
「うん、そうだよ。みんなを守るために作った歌なんだ。だから今も流し続けてほしい。みんなで歌ってくれて……ありがとう」
真ん中の空いている場所は椿と麗音愛の場所だと聞いて、目頭が熱くなる。
自分達を白夜団を信じてくれる人達がいたのだ。
誰より椿にこの動画を見せてあげたい。
「玲央君は、正義の味方なんだよね!?」
真正面から正義の味方と聞かれると、一瞬返答に困ってしまった。
そして遠くからまた悲鳴が聞こえる。
麗音愛は反射的に声のする方角を確かめるために、電柱の上に飛び乗った。
少し離れた道路で、また人が襲われようとしている!
「玲央君!」
すぐに飛ぼうとして、話の途中だった事に気付いた。
ボッと周りに火を灯す。
「そう! 正義の味方! みんなを守る白夜団だよ!」
珍しく麗音愛が大きな声で叫んだ。
皆と、椿と闘い続けてきた真実を伝えたくなった。
「びゃくやだん! 椿は!?」
「必ず帰ってくる!!」
そう言うと麗音愛は晒首千ノ刀を構え、黒いマントを翻し飛び去って行った。
「玲央君! 頑張ってーーー!!」
みーちゃんは涙を拭って、家族で指示された一軒家に向かう。
抱っこされたままの弟はずっと麗音愛が去っていった方向を目を丸くしたまま見ている。
紅い空に、黒マントの影が妖魔を切り裂く姿が見えた。
「あのお兄ちゃん、かっこいいーー!!」
絶望のなか、人々を守る希望が皆の目の前に現れた夜だった。




