少女篝
深い絶望のなか……。
麗音愛の声が聞こえたと思ったのに、それが夢だと気付いて更に絶望する。
夢から醒めたくない。
目を閉じたまま涙を流す椿の頬に誰かの手が触れた。
「……誰……?」
いつもなら城で知らぬ誰かが傍にいることを許すことはなかったが、椿の心はもう疲れ果てて跳ね返す気力もなかった。
剣一の大きな手ではない。
小さな手。
カリンが身の回りの世話のつもりで涙を拭いたのだろうか……。
辛い現実をもう見たくない。
気丈に立ち向かう気持ちでいたのに、呆気なく羽根をもがれた気分だ。
小さな手は椿の頭を撫でる。
「ねんねんころり……かわいいひなどり……
もえるほのおが……おまえをまもり……」
……この子守唄、と椿の心臓がドキリとする。
「ひいろのははの……うでのなか……
いとしいひなどり……ねんねんころり……」
「誰!?」
驚いて椿は飛び起きる。
厚いカーテンが締め切った部屋だが、天蓋の外のろうそくの灯りで照らされている。
またベッドに寝かされていたようだが、目の前には紅い着物の幼女が正座で座っていた。
長い黒髪が艶めいている。
長いまつ毛の大きな瞳は飛び起きた椿に驚いて丸くなったがすぐに微笑んだ。
幼いながらもなにか凄いオーラを感じる美少女だ。
「あ、あなた……誰? 何故その歌を知ってるの……?」
「覚えててくれたの? まだ小さかったのに!」
「えっ……? あなたは……一体?」
「あなたの母様よ!」
「な……」
「篝よ! 寵! いえ、今は椿と名乗ってるんですってね、素敵な名前ね、椿」
牡丹が花開くような笑顔。
だが言っていることは滅茶苦茶だ。
「な……何を言って……?」
「間違いなく私は先代の桃純家当主の篝よ。私の娘……椿、沢山辛い思いをさせてごめんね」
哀しげな表情も美しい。
母だと言う幼女は、膝立ちになって両手で椿を抱き締めた。
ふわりと花の香りが漂う。
「か、母様はもう……ずっと昔に……私の目の前で……」
「そう、あの時……怖い思いをさせちゃってごめんね。眼の前で残酷なものを見せてしまってごめんなさい。どうしても術発動にはあなたも傍にいてもらわないといけなかったから」
「え」
「麗音愛へと術を飛ばすためにね」
「麗音愛……」
「そう椿と麗音愛、双子だってもう知っているわよね? 私の可愛い双子達」
「あなた……本当に母様……? の生まれ変わり……?」
優しい声と言葉が響く。
だが抱き締められたまま、椿の脳内は混乱したままだ。
「いいえ、紅夜によって復活させられたのよ」
「じゃあ……貴女も紅夜の糸に洗脳を!?」
『復活』と聞いて危惧する椿。
あの剣一ですら抗えなかった紅夜の糸。
母だと名乗るこの少女も結局は紅夜の味方……?
「私はされていないわ。剣ちゃんの復活方法とは全然違うの。あのクソ魔王はね、洗脳で私を屈服させる事はしないのよ。ゲスの極みよ、まったく」
美少女からとは思えない、発言に椿はギョッとする。
「じゃあ……母様は味方?」
「もちろんよ。母親はいつだって子どもの味方よ」
優しく髪を撫でてくれる篝の温かさ。
いつかの遠い記憶を思い出すような……。
「……母様」
「私が死んでから、あの屋敷で辛い思いをさせてしまったみたいで本当にごめんなさい」
「……それはもういいんです……仕方のなかったことで悪いのは死んだあの人達……」
屋敷での辛い記憶。
根強く残っている傷も沢山ある。
しかし母の篝が麗音愛を守るためだったとわかった時に昇華できた、という想いもあるのだ。
「強く優しい子に育ってくれたのね」
疲れ果てた椿の心に沁みる言葉。
過去に死んだ人間を蘇らせる。
信じがたい話だが、今は信じたい……そんな気持ちになる温かさ。
「本当に母様……?」
それでも何度も弄ばれた心は深く傷ついて恐怖で疑ってしまう。
「そうよ。傍にいられる間だけでも、今度こそあなたを守るわ……今はあまり力はないんだけどね」
少し離れて、篝は指先に小さな炎を灯した。
「……桃純の炎……」
二人の間に揺れる炎。
「これしかできないんだけど……これで信じてもらえた?」
「母様……」
「こんな時でも、あなたにまた会えて嬉しいわ」
信じられない再会。
椿の瞳から溢れる涙を、篝はにっこり笑ってハンカチで拭いてくれる。
「篝様」
ベッドの天蓋の外から聞こえる声。
絡繰門雪春だ。
椿が身構える。
「絡繰門雪春……」
「彼は今、私の従者なの」
「従者?……あの人……白夜団を、裏切って……」
椿が篝の耳元で小声で話す。
「えぇ。紅夜側にいるんだものね……。一応は仕えてくれているけど、彼の望む本心はわからない。警戒はしているわ大丈夫よ」
「は、はい……」
「篝様、そろそろお時間です。お部屋へお戻りになりましょう。姫君の元へはルカとヴィフォが参ります」
椿にとっては、自分を苦しめ剣一を刺した男。
声を聞くだけで、嫌悪感で身体は震える。
「いやよ、私は今日からこの部屋で娘と過ごします」
「なんですって……」
「剣ちゃんも呼んでちょうだい。三人でブランチを食べるわ」
どうやら椿が気を失って一晩経って今は昼のようだった。
もう城では剣一に会えないのではないかと思っていたが……。
「篝様、それはいけません」
「誰が駄目だと言うの? 紅夜が駄目だと言うのなら、許可させに行くわ。会わせなさい」
「か、母様!」
薄暗く天蓋もあって雪春の顔は見えないが、動揺しているのがわかる。
直美が言ったように、本当に母は破天荒で豪胆だった。
「紅夜様とは今はお会いできません」
「ならば、他の者で私に命令できる者など此の城にはいないはずよ」
「……仰る通りです」
「虎を飼いたいのならば、それ相応の覚悟をしなければならないわ。あなたも覚悟をもって私に仕えてちょうだい」
「それはもう、私は貴女の御意志に従います」
何よりも大事なのは篝……雪春はそれで白夜団を裏切ったのではなかったか。
この男は篝の傍にいるという、自分の願いを叶えたのだろうか。
天蓋の先にぼおっと映る影が椿には酷く不気味に見える。
「さぁ私の娘に美味しいパンケーキを用意して! チョコレートのソースを忘れないで。ココアと私にはミルクたっぷりのカフェオレね。剣ちゃんは何が好きだったかしら……二歳くらいの事までしかわからないのよね。あぁそうだ、豆乳のフォーを用意して。直美も雄剣さんも大好きだったし、あれは食欲がない時でも食べられるわ。パクチーは別に持ってきて。あとは砕いたナッツをかけたサラダと……」
「はい」
怒涛の篝の注文を雪春は復唱して部屋を去って行った。
その代わりベッドルームの外で待機していたルカとヴィフォが緊張した様子で篝に挨拶をしてからカーテンを開けたり花を生け始める。
あまりに衝撃的な事が多すぎて、椿は呆然としているのを篝に促されベッドに横になった。
「椿……麗音愛が必ず助けに来るわ」
「母様……」
「一緒に信じましょう」
そうだ、さっきのあの夢で麗音愛が『必ず助ける』と言ってくれたんだと椿は思い出したのだ。
椿は枕の下の宝物をそっと握った。
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