黒の男
「はい、突入します」
深夜、麗音愛は古いビル街の屋上にいる。
白夜団の情報部は、紅夜会が作成したと思われる動画を配信している場所を突き止めた。
真っ黒な団服に身を包んだ麗音愛は少しずつ、呪怨をビルの中に流し込む。
動画の配信者など、紅夜会の使い捨てだろうとは思うが今は僅かでも情報が欲しい。
「ひぃいいいい! お前は! あの映像の黒の男!? 化け物だぁああ!」
「危害は加えない。知っている事を話してもらう」
麗音愛の背後から呪怨が放たれ男を拘束した、恐怖で叫んだ男は失神する。
傷つけず命を絶たれる事もなく、という仕事になると麗音愛が適任だが呪怨での拘束は相手にとって恐怖以外なにものでもない。
これでは『黒の男』は化け物という感情が広がるばかりだが、どう思われようが麗音愛にとって椿と剣一を探す手掛かりが得られればよかった。
白夜団が市民を守る公的機関と公表する時ではないかと議論されたが、それは『妖魔』という存在も公表する事になる。
青い結晶もないままで恐怖を煽るだけだと、結局却下されたのだった。
日常では、スタジアムでの事件も時間が経てば風化する。
亡くなった被害者達のポジションもすぐに後任が決まって何事もなかったように日々は過ぎていく。
行方不明になった少女と青年の事など誰も構わず『白夜団』は今まで通り影で妖魔の始末を続けろという事になった。
深い傷痕だけが白夜団に残る。
◇◇◇
「なにか取引をしていたようね……かなり取り乱して『もう死ぬ未来しかない』と錯乱しているって……」
数日経って麗音愛は、本部の会議室で伊予奈に捕獲した人間の自供内容を聞いている。
「殺される……とかじゃなくて?」
「最近、耳にする『救済』という話じゃないかと思うわ。あの妖魔化現象の事を新たな世界に生きる人間の進化だと言っている人達がいるみたいなのよ」
「進化って……その人達は妖魔になりたいんですか?」
妖魔化した人間は少しずつ増えているが以前として治療法はない。
とても進化したとは思えない直視できない惨状だ。
「ううん、妖魔にならない人間が選ばれし人間だって……新たな世界を導く者、救世主になるのは『紅夜』という存在なんだってよ。妖魔王紅夜の事はわかってないんだろうけど、諸悪の根源が救世主ってどういう事よ」
「紅夜……」
「今、その選別の日ってネット上で言われてる『紅い夜』を白夜団では警戒しているの」
『紅い夜』その日は椿の誕生日ではないかとも言われている。
「混乱と不安が渦巻いてますね……」
「本当に、こんな時にあの人なにやってるの……みんなを照らしてくれないと……カメリア歌ってくれないと……」
伊予奈が呟いた相手は兄の剣一の事だろう。
伊予奈も剣一と椿の捜索をずっと続けてくれている。
「戻ってきたら伊予奈さんが怒ってやってください」
麗音愛の言葉に伊予奈はふっと微笑んだ。
そこでノックの音。
姿を見せたのは摩美と宿目七だ。
摩美が麗音愛に会って話したい事があるというので時間をとった。
伊予奈も同席し、四人で会議室で向かい合う。
「最近、学校行ってないから西野にも会えてないんだけど仲良くやってる?」
「あ、あんたはまた……そんな事心配してる状況じゃないでしょ」
「昨日も会いに来ていたから心配はないでしょう。嬉しそうに鼻歌まで歌ってましたし」
隣に座っている七が緑茶を飲みながらいつも通り冷静に伝える。
「ちょっ! なっ七さん!」
真っ赤になる摩美を見て、麗音愛と伊予奈は微笑む。
「よかった。それでどうした? 話って?」
「姫様の行方になる手掛かり……ないんでしょ」
「……うん」
色々な方面で探し続けているが、やはり何も見つからない。
紅夜会ナイトも一人も姿を現さない。
ネット上に溢れるのは『黒い男』への非難ばかりだ。
「学校にあった微妙な気配を元に全国でも探すって言ってたけど、そんなの時間がかかりすぎるし見つかるかもわからない。やっぱり私が紅夜会に戻ってみるよ!」
「それは駄目だ」
摩美の提案に麗音愛は即答する。
「だってもう、それしかないよ!」
「摩美さんが使っていた携帯電話はもう使用不可になっていたそうね? どうやって連絡をとるつもり……?」
伊予奈が言うとおり、摩美の持っていた携帯電話はなんの手掛かりにもならなかった。
「期限で毎度交換したり適当に使っていたから……外に出れば誰か絶対に接触してくるよ」
「気持ちは嬉しいけど、危険すぎる」
「私も正直、摩美にこの話を聞いた時から反対しているのです」
紅夜会が摩美の監視を続けていることは間違いないだろう。
一歩ここから出れば、必ず接触はある。
「七さん……私きっとうまくやれます。咲楽紫千、姫様とあんたの兄貴の無事を確認してくるから」
「駄目だ」
「どうしてさ!」
「もし戻ってこれなかったらどうする? これだけの長い期間、白夜団にいたんだ。様子を見に行って、じゃあまた戻ります……なんてできるとは思えない」
最悪、裏切り者として拘束され何をされるかわからない。
命が奪われる可能性も高い。
「そうだけど……」
「摩美の気持ちは嬉しいし……俺だって二人の無事は知りたい。でも俺は……摩美と西野にこんな苦しみを味わってほしくないんだ」
愛する人と引き離された苦しみ。
麗音愛の微笑んだ瞳の奥に見え隠れする壮絶な痛み。
「咲楽紫千……」
「だから、絶対に駄目だ……でもありがとう」
「ばか……」
摩美の申し出を最後まで許可しなかった麗音愛。
七と伊予奈にも諭されて摩美は自分の部屋へ戻っていった。
麗音愛はまた黒の白夜団の団服を着て、妖魔退治に出掛ける。
それを見送る伊予奈と宿目七。
「伊予奈さん。どうして彼は、また団服を着て任務に行くようになったんですか……?」
「間違った事はしていないと。人を守るための白夜団が制服を変える必要はないって」
誰かなんと言おうと、どう思われようとも椿と兄と共に闘ってきたこの白夜団の存在を誇りに思って闘いたい。
麗音愛の想いを直美は認め、団服の着用を許可した。
それを見た琴音から高校生メンバーへと団服を着ることが広まっていった。
それでも今日もネット上は『黒の男』への批判は増えていく。
「……椿……」
沢山の血を流したあと、一人孤独にベッドに横たわる麗音愛。
呪怨の統制でいつも浅い眠り。
守るべき存在はいない。
「無事なのか……椿……」
双子ならば、わかりあった今、何か通じ合える力でもないのか……。
現実なのか、夢なのかわからない虚ろの世界。
涙を流す小さな椿と、紅い着物を着た長い黒髪の少女が二人でいるのを見た気がした。
紅い着物の少女は椿の頭を撫でて、こちらを向く。
強い瞳の少女がコクリと頷いた。
泣いている椿が心配だったが、彼女が傍にいることで不思議に麗音愛は安心できた。
必ず助けに行くと麗音愛が叫んで、また椿のいない朝が来た。




