世界は残酷なままで
白夜団では今日も動画の削除依頼候補を見つける作業だ。
『これはもう、陰謀だと思うんですよ。国民を実験に利用しようとしているんです!』
『私達は進化の時を向かえているのです』
『怖い病気だよ! かかったらピー!!』
『生き残るか生き残れないかは、あなた次第です』
はぁ……と爽子がため息を吐く。
隣の滑渡拓巳も同様に首をうなだれて、疲労が隠せない。
「滑渡さん、大丈夫ですか?」
「はぁ……玲央君……結構やばい……疲れた」
激務を続ける二人の様子を見に来た麗音愛。その後ろには琴音もいる。
有名珈琲店のアイスコーヒーとサンドイッチを二人の前に置いた。
「げ……悪役令嬢」
サンドイッチを見て笑顔になった爽子が、琴音を見てウゲーっとした表情をする。
「なんか言いましたぁ?」
「べ……別に……さ、さぁ! 当主が二人もいるんだから、何かこの広がる悪い雰囲気の打破考えなすってくださいよぉ!」
「何責任押し付けようとしてるんですかぁ~あなたの動画の再生数、ただの素人動画レベルで終わったじゃないですかぁ」
「う! うるさい! 毎日少しずつ伸びているんだい! じゃあ君がやりたまえよ!」
「私はインフルエンサーなんで、動きは慎重にってストップされてるんで~す!」
「ちょっと待って……この動画」
爽子と琴音が言い合うなか、拓巳が頭痛に耐えるように顔をしかめながら何度も動画を確認する。
麗音愛が覗き込む。
「この動画……不穏を感じますね」
「そう。このBGMは『明けの無い夜に』をアレンジしているんだ。でも術は消えていない。そしてこの画面に映っている……真っ暗ななかで話す人間だけど……少し色味を変更し明るくすると……」
ローブをかぶり、占い師のような女が話すその動画。
しかし拓巳が画面を明るくすると……術式魔法陣が現れる。
「こんな動画を一般人が作れるわけがない。かなりの暗示力と呪いが込められている。また『明けの無い夜に』に魅了される人間が増えてしまいますよ……即この動画を非公開にしなければ!」
「じゃあこれは紅夜会が作った動画?」
「間違いないでしょう」
「すぐに削除させよう! くそぉ! このクソ紅夜会め!」
爽子はすぐ担当係に電話をする。
『私達は進化の時を迎えているのです……神に選ばれし人間だけが……次の世界にいく事ができる』
『進化を望まない人間はそこで死ぬ……選ばれた人間だけの豊かで素晴らしい世界がすぐそこにある』
『大丈夫、何も不安になることはありません』
「なにこれ……気持ち悪いわ……進化? 紅夜会は、こんな事考えているの?」
「これが紅夜会の狙いだって言うんすか……」
『私達の進化を妨げるのが、この男……この黒の破壊者を許してはならない……騙されてはいけない』
動画には賛同する者たちのコメントが溢れており、麗音愛に対する憶測、中傷が溢れている。
「玲央先輩、あまり見ない方が」
「俺は何を言われても、大丈夫だよ」
「こんなのただの狂った組織として聞く耳もつ人なんか僅かですよぉ! 人間だってそこまで馬鹿じゃないですし、すぐに沈静化しますよ」
琴音はそう言ったが、予想以上に妖魔の存在と怪しい奇病への恐怖は深く広がっていた。
そして何故か『紅夜』という存在が『救世主』だと囁かれるようになっていく……。
◇◇◇
剣一が姿を見せない時間が増えていき、今日は何やらナイト達の様子も慌ただしい様子で不安が募る椿だった。
「椿ちゃん」
「剣一さん……!」
静かに窓から外を眺めていた椿は剣一の声を聞いて、思わず胸に飛び込んだ。
剣一も、もちろん優しく抱き締める。
「剣一さん……どこへ行ってしまったのかと、もう会えないんじゃないかと不安でした」
「……椿ちゃん……ごめんね」
腕のなかで椿は首を振った。
「……もしかしたら、もうすぐ私にとっての悪夢が始まるかもしれません」
「……悪夢……」
「……でも最後まで抗いたいです……」
悪夢が何を意味するのか、それは二人も知っている。
剣一はまた痛みに堪えるようにしながら、それを隠すように抱き締めながら胸元の椿の髪を撫でた。
「姫君、この男から離れてください」
ヴィフォ、そしてルカが二人を引き離す。
「ここ数日は……幸せだったよ」
「剣一さん……?」
「俺も、最後まで抗う」
椿が止めるのも聞かずに、微笑んだ剣一の腕に手枷がされた。
「な、なにを!? やめなさい!」
「彼も準備がありますので……大丈夫。殺しはしませんから。さぁ行くぞ」
「わかったよ」
剣一は部屋の入口のドアへ歩いて行く。
「剣一さん……!」
一度振り返ると剣一は少し微笑んだ。
「姫様が騒ぐほうが、彼にはマイナスになりますよ」
「う……卑怯者達め……」
「とんでもございません、私共はいつも姫様の幸せだけを考えております。さぁ湯浴みの時間ですよ姫様」
「そんな事している場合じゃない! 彼をどうする気!?」
「いいえ、言う事をお聞きください。あの男への罰になりますよ」
初めて剣一を人質にとるような言葉。
嫌な予感がするままに、椿は抵抗もできずにヴィフォに従う。
「剣一さんをどうするの」
「大丈夫です、また会えますよ」
「本当に……?」
「もちろんです」
椿専用のパウダールーム。
鏡の前に座るバスローブ姿の椿とタイトスカートの団服姿のヴィフォ。
湯浴みで隅々まで丁寧に洗わされ、化粧水やオイルなどいつも以上に丹念に肌に塗られていく椿。
「こ、こんなとこまでやめて」
バスローブの胸元を開かれ慌てて押さえる。
「本日のドレスはビスチェタイプのドレスでございますので、胸元や背中もお綺麗にいたしましょう」
「ドレス……これから?」
「はい、姫様」
「い、いや……! 行かない!」
この身支度……やはりこれから紅夜との面会の場が始まるのだ。
悟った椿は、叫び椅子から立ち上がろとするが手枷の力なのか身動きが取れなくなる。
「姫様、どうか大人しくしてくださいませ。この強制拘束は初日からでも可能でしたが私どもは姫様にこのような事はしたくなかったのです」
ヴィフォは跪き、頭を下げて懇願する。
そんな部下の願いなど心届かず椿は恐怖と絶望感で震えそうになって涙が滲む。
しかし鏡に映った自分を見つめてグッと唇を噛み締めた。
「叫んだり、暴れたりしないわ……だから拘束を解いて」
「姫様……! それでは紅夜様の花嫁としてお覚悟を……!」
ヴィフォは椿の言葉に顔を上げて、頬を染めて涙ぐんだ。
「私は白夜団・桃純家当主、桃純椿として敵の王に会います」
強い瞳で見据える椿。
ここで怯えていても、あの魔王には勝てない。
この鏡に映る娘は、妖魔王の娘ではない――白夜団七当主の頂点だった桃純篝の娘なのだ。
そうだ。最後まで抗うと言った……!
「さぁ綺麗にしてちょうだい、ヴィフォ」
胸元を隠していたバスローブのベルトを解いた。
「姫様……」
「綺麗にしなさい、ヴィフォ。私の威厳が最大限に引き立つように」
その瞳は、王者が持つべき瞳。
まるで炎が燃え立つようなオーラで見下されたヴィフォはゾクリとする。
手枷を外され真っ白なドレスを着た椿は、紅夜のいる玉座の間へと一歩ずつ足を進めた。




