紅夜城の男女
前話で
「ここ数日で手枷のなかに盗聴器はないと椿は確信したのだ。」という一文を付け加えました。
失礼致しました。
無邪気に椿が城にいる事を喜ぶ闘真。
「……わ、私は……」
この城に来たのは剣一の命を救うためであって椿の本意ではない。
しかし此処で真実を告げても、何も意味はない。
嘘の演技をしてでも闘真を騙さなければ……。
綺麗に咲く薔薇を見て、椿は深呼吸をした。
「と、闘真」
「はい! 姫様」
「このお城って、すごく広いし沢山の秘密がありそうだよね」
「ん~まぁそうかもしれないっすね。俺も知らない部分は色々ありますよ」
「じゃあ、これから色々教えてほしいな」
「お、俺がですか?」
驚いて自分を指差す闘真。
「う、うん……闘真に教えてほしい」
椿的には怖怖と怯えを隠しながら伝えたポーズが、闘真には上目遣いのおねだりポーズにしか見えない。
自分の憧れの姫様が薔薇を背景に潤んだ瞳で見つめてくる……!
更に闘真の心拍数は上昇した!
「ひ、ひ、姫様……!」
「きゃ……っなに!?」
闘真にがっしりと肩を掴まれそうになり、身を翻して避ける椿。
「コラ闘真ー! 姫様に気安く触れるんじゃない!」
上空から声が聞こえる。
妖魔から執事服のルカが飛び降りた。
腕にぶら下げたバスケットを大事に扱う。
「あ? なんだルカ……来たのかよ」
「姫様、大丈夫ですか?」
「う、うん……大丈夫」
気がつけば薔薇の垣根ギリギリだった。
少しドレスの裾が薔薇の棘に引っかかってしまった。
「闘真とはできるだけ二人きりにならないよう配慮いたしますね」
にっこりと微笑むルカだが、それでは椿の情報収集もできなくなってしまう。
「うるせーこと言ってんじゃねーぞ。姫様は俺と色々なお話をしたいって言ってるんだ」
「さぁお茶を淹れましょう。ちょうど頃合いです」
「無視すんなっ!!」
ルカの前では、当たり障りのない話しかできない。
今は仕方ないと、椿は椅子に座る。
バスケットから出したケーキを綺麗に盛り付け、紅茶を注ぐ。
「さぁ姫様、お茶とお菓子をどうぞ。今日はブラッディオレンジのタルトケーキですよ」
「……ありがと」
「ったく、おい俺にはケーキ二個な!」
「はいはい」
闘真の薔薇話を大人しく聞いて、少し薔薇園を散歩する。
話を聞いている間に、黒い薔薇を見ながら椿は麗音愛の事を想っていた。
そして椿は、また帰りに闘真に部屋まで連れて行ってほしいと伝える。
もちろん闘真は大喜びで椿を抱き上げようとしたが、椿は不気味なロッサ弐号機の上に自分から飛び乗った。
ぐにゃっとした乗り心地で気持ちが悪いが我慢する。
闘真の腕を少しだけ掴んだが、危ないと言われて腰を抱かれ飛び立った。
ルカは後片付けをしていて、近くにはいない。
「闘真、今度また二人で話しましょう」
「は、はい!」
闘真が嬉しそうに微笑む。
「あと、もう絶対に人を傷つけたり物を壊したりしないで」
「じゃあ、紅夜様に命じられなければしませんよ」
「紅夜に言われても、だ、だめだよ!」
「だって紅夜様は俺の命そのものみたいなものですから……姫様もでしょう?」
無邪気とは程遠いはずの男の無邪気な瞳。
「私は……」
違う! と言いかけたが、ここで揉めても何にもならない。
「まぁ俺には関係ないけどイトもあるしね~ほら、しっかり掴まってください」
「いと……?」
「ほら! 揺れますよ!」
「だ、大丈夫、ねぇもっと高く飛べる?」
「はい! 飛べますよ! じゃあもっと掴まってくださいよ!」
「わ、わかった……! わっ!」
一気に視界が広がる。
白い巨大な塔も何本も建っている事に気がつく。
窓に一瞬黒い髪の少女が見えた。
「……あ、あの子は誰?」
「え?」
「今、あの塔の窓から小さな女の子が見えた」
「カリンじゃないっすか?」
「ううん……カリンじゃない」
「へー? 誰だろう、俺は知らないですね」
「……そう」
紅い着物を着た少女……。
この巨大な城だ。
どれだけの人間がいるかもわからない。
それでも椿の心にあの少女の影が残った。
◇◇◇
同じ頃、紅夜城の外を剣一も歩いていた。
長く続く広い階段に一人座っているのは紗妃だ。
紗妃は真っ赤な軍服を着ている。
今日も白いシャツとズボンの剣一も夕陽のような紅い光に照らされ紅く染まっていた。
「やあ」
「……なんだお前」
剣一との戦闘でボロボロになった紗妃の顔も身体も元通りになっている。
「お互い元気になったみたいで良かったね」
「どの面下げて、私に会いに来たんだ」
「まぁ、この面しかないけどさ。ちょっと気になって」
にっこりと微笑む男を紗妃は睨みつける。
「……何をだ」
「あぁ、斬り合う気は今はないよ。俺はほら、今は刀もないしね」
何もない腰を片手で軽く叩く剣一。
紗妃の傍らには鋭い輝きの鎌が横たえて置いてある。
「何をしに来た」
「話をね……少し」
「要件をさっさと言え」
紗妃が睨みつけるが、剣一は微笑んだままだ。
「紗妃ちゃんはさ、紅夜会で幸せにやってるの?」
「はっ?」
「此処で満たされて、幸せならさ……椿ちゃんに、あんな執着しないよね」
二人の脳裏にあの晩の闘いが浮かぶ。
「根源の白夜の幹部が何を言う」
「そうなんだけどさ……俺にも団としての責任はあると思っている。でも、君をずっと心配して今も心を痛めている人間もいるんだって知ってほしいんだ」
剣一は特務部長ではあるが、年齢差はほんの僅か。
実際に紗妃と椿が監禁されていた時に何かできるはずもない。
それでも一年でも見過ごしていた責任を感じている気持ちは嘘ではなかった。
「ふざけるな!」
「ふざけていないよ。じゃあ君は此処にいて、何を得たのかな?」
「紅夜様は私に何もかも与えてくれた! お前たちのようなクズをゴミを! 壊す力をな!」
憎しみをいつも募らせている紗妃の顔は怒りに満ちていつも険しい顔をしているが、紅夜の力により美しい顔にもなっている。
「じゃあ何故、今も椿ちゃんに執着するんだ」
「お前に何がわかる! あの女が存在したせいで! 私は私は……!」
「それは違うって……もうわかっているんだろ」
「黙れ!」
愛用の華織月を構える紗妃。
「このままだと、君が……紗妃ちゃんが不幸なままだよって」
「そのうざい口を塞ぐ!」
「おっと!」
鎌の刃先を躱す剣一。
「このままだと不幸だよって、此処の奴らは教えてくれないんだろう?」
「うるさい!!」
「人の幸せなんて個人の価値観だけどさ」
繰り返す斬撃も軽く避ける剣一。
「黙れ!」
「紗妃ちゃんが幸せで喜びながら椿ちゃんを殺そうとしてるって思えないんだよね」
「うるさいうるさい!」
二人の影が、華織月の影が階段に長く伸びて映る。
「血のなかにいなくたって、もういいんだよ」
「私は! 愛する紅夜様のために生きているんだっ!」
「……それは愛なのか……?」
静かな剣一の言葉。
また振り下ろされた鎌は空を切る。
スッと紗妃の目の前に出された紙。
護符かと紗妃は身構えたが、それは一枚の花模様の絵葉書だった。
「……また、話そう」
「なっ……」
そう言って剣一は、紗妃へと絵葉書を渡した。
紗妃は後ろ姿の男を、追って斬りつける事はしなかった。
紗妃が見つめたのは、桜模様の絵葉書だった――。




