修旅~付き合ってるの?~
「麗音愛……?」
「あ」
話しかけておいて、沈黙してしまっていた。
椿の炎に照らされて揺らめく露天風呂のお湯。
隣を流れる川のせせらぎも、聞こえてくる。
「大丈夫?」
「う、うん。ごめん
あのさ……」
また暴れてきた呪怨を統制するように、深呼吸した。
また緊張してきたが、言うしかない!!
「ほら、最近さ……
昼休み、留守にしてたり、電話とかよくしてるなぁって」
自分の回りくどさに、また情けなくなる。
「あ~……さっきは川見先輩だったの
麗音愛とね法事で修学旅行に行けないって伝えてて
毎日メールが来ていたんだけど……」
「そ、そうなの每日」
「でも毎日ヘトヘトで疲れてたし、メールも苦手だし
おやすみなさいくらいしか返事できなくて……
そうしたら
何かあった? ってすごく心配したようなメールが来ててすぐの電話だったから……」
每日おやすみメール!?
動揺してしまうが、いやそれくらい自分だって椿としているじゃないかと気を落ち着かせる。
広がる黒いモヤモヤ。
「ふーん、それで大丈夫だった?」
「うん、説明もできないし大丈夫って言って……
納得してもらったと思う」
なんだか随分、束縛しているような……。
「付き合ってるの?」
「えっ?」
しまった、モヤっとした勢いで言ってしまった!!!
と麗音愛は焦る。
ドッキドッキと心臓の音が聞こえた。
「えっ!?
川見先輩と!?
ま、まさか!!」
「は、はは……はぁ……はは
そ、そっか本当!?」
即答!
付き合ってはいなかった!
自分でも笑える程に安心した。
「本当だよ!
なぁに、どうしてそんな事
あるわけないのに」
あはは、と椿が笑う。
麗音愛もあはは、と笑って
またザブザブとお湯をかき回した。
少し熱くなって
少し高い位置の岩に腰掛ける。
「いや、仲良しなんだなって……思ってたから……」
「仲良しっていうか……サッカーの関係でね……
でも、もう行くのやめようかなって思ってる」
「そうなんだ……」
「うん……」
岩の向こうで、椿もお湯から上がって腰掛ける音が聞こえた。
心があっちこっちいってしまう。
「椿、もしも……もしも、そういう事があったら教えてほしいな」
「え? もしも?」
「誰かと……付き合ったりしたら」
「誰かと男女交際したらって?」
「うん……」
「ないないない!!
あるわけないよ~」
どこからか、冷えた風が吹いてきて椿が
また潜る音が聞こえる。
「私は……紅夜の……
ううん!
私は、今はそういう事は興味ない」
きっと本当は
紅夜の娘だからだと言いたかったのだと思う。
そんな資格はないと……。
でも、そんな風に思わないでと言い続けているから
それで言うのをやめたんだろうか。
それでも心の中は、罰姫の名を背負ったままなのか。
「れ、麗音愛こそ!」
「え?」
「も、モッテモテだよね~」
冗談のように、からかうように椿が笑う。
「何回も言ってるように、なんにもないんだよ」
「そうなの?」
「俺も、興味ないし」
嘘だけど、嘘じゃない。
男女交際自体に興味はないのだ。
「そっか……」
「なんか面倒だし」
「うん、うん
喧嘩したとか聞くしね」
「そうそう、それなら
友達と……親友と遊んでるのが一番楽しいよ」
「うん!
私もそう思う」
「でも……椿、最近
俺の事さけてたりしない?」
思い切って更に気になった事も言ってみた。
「え?
ま、まさかだよ!!」
「そう?
たまに思う事があって」
「違うの違うの!!
全然そんな事ないよ!!」
予想以上に椿が慌てて、麗音愛も驚く。
「私、そんな風に思わせてた?」
「す、少し」
「ご、ごめんね
全然違うんだよ、ごめんね麗音愛」
ザバザバと……椿のお風呂の中を歩く音がした。
「お湯に、入ってる……?」
「え? あ、うん!」
慌てて、肩まで浸かると岩陰から
椿が顔を出した。
「ご、誤解されてたなら……顔、見て話したくて……」
「あ、う、うん。いや、あの
誤解っていうか、俺の勘違い」
ぴこっと椿が岩から顔を出した。
肩も見えている
頬はピンク色で可愛い。
可愛いというか、瞳は潤んで、適当に結った髪が少し垂れて……
色っぽくて……。
そう思ってはいけない。
そんな風に見ちゃいけない。
あの日の海でもそう思った。
「ごめんね、勘違いさせちゃって」
椿の声でハッとなる。
「そんなに、謝らないで。
椿……何か思ってた事とかある?」
「……ううん! ない!
すごく大事な……大事な親友だと思ってる……」
「俺もだよ……」
「親友だよ」
「そうだ、だから今までどおり仲良しよう……」
「うん……」
見つめ合うと、また胸が高鳴る。
本当は、手を伸ばしたい――なんて
届くわけないのに――。
こんな高鳴りは裏切りだ。
「あ、あのね!
お水飲む? 私ね、凍らせたの持ってきたんだ」
「え、すごい
準備いいね」
「ちょっと待っててね」
ザバザバ~と音が聴こえて、多分
さっき椿がいた場所に戻ったんだろう。
泳ぐ音が聞こえる。
「はい! 麗音愛
程よく溶けてるよ!」
手だけ岩陰から伸びてペットボトルを渡された。
「ありがとう!……でも1本」
「2本あるから大丈夫!
全部飲んでいいよ」
「用意いいなぁ~!
あ~染みる!! うまい!!」
「うん! 美味しい~~~!!」
心も体も温まって
思っていた誤解も溶けて、麗音愛は
『あ~~~!!』と幸せな伸びをすると
椿からも同じように声が聞こえた。
「あ、椿、見て……天井に……」
さっきまで灰色の霧が揺らめいていただけの天井に
キラキラとした輝きが見える。
「あぁ……聖流と邪流が混ざり合って
キラキラ光る事があるんだって。
麗音愛達の稽古で乱れたから見えるかもって、伊予奈さんが言ってた」
「そうなんだ」
「綺麗……」
「うん、星空みたいだね」
「うん……」
椿は、麗音愛に聞かれた事言われた事を
じんわりと思い返す。
自分としては些細な、恥ずかしさからの行動だったが
麗音愛は気付いていた。
そして、今まで通り仲良くしたいと言ってくれた。
それって、肩にもたれて良いって事だよね……。
これだけの幸せでもう十分。
親友として、傍にいて
そして、もし死ぬ時がきたら
麗音愛の温もりを思い出せるように、後悔しないように
手を伸ばしてくれた時は……甘えて寄り添いたい……。
星のような夜空を見上げて
夏祭りの夜、呪怨の羽で飛び上がり、はしゃいだ時を思い出す。
抱きしめてくれると、信じられる、暖かい腕の中。
「椿……?」
「うん……幸せだなぁって思ったの」
「そうだね、俺もだよ」
キラキラと、また煌めいた。
綺麗な時間。
いつもなら、これで良かった。
本当に幸せな時間。
でも、初めて麗音愛はまだ求めてしまう心の隙間に気付いた。




