これが俺だから
「お嬢様……さすがにこれは……」
「怖いなら、あなたは帰って」
海岸沿いを車を走らせ
民家もなくなり、廃トンネルの前で麗音愛はそこで車から降りた。
トンネルの上の山
切り立った崖の上に広がる林を
下から見上げる。
「昨日、任務が途中だったんだ
あそこの林にまだ一体いる」
「……はい」
「お嬢様、こんな危険な事が旦那様に知れたら!
君もやめてくれこんな事……」
「許可はもらっています、見学が無理ならお帰りください
どちらにしても今日明日には始末しなければいけない妖魔ですので」
「私は行きます! 白夜団ですから!
玲央先輩ここで私が
怖がって泣いて帰ると思っているんでしょう」
ぐいっと身体を寄せてくる琴音に一歩下がる。
「俺は、そんな嫌がらせをしようって事ではないんだよ
でも、俺は……今は9割の俺は……この俺だから」
進入禁止になって荒れたアスファルトの道路。
足元から、黒い闇が湧き上がる。
綺麗な黒ではない。
穢れ――
それは人の怨念。
ぐじゅぐじゅと溶けた腕。
怨念で伸びた牙。
飛び出た眼球。
腐り朽ち果てた姿で、ただギラギラと生者を欲する欲だけは鮮烈に
そんな呪いが足元を埋め尽くし
無数の手が伸びて引き込もうと、麗音愛の身体にしがみつく。
「ひぃっ……!」
たまらず琴音は後ろに後ずさり、座り込んだ。
真っ黒な溶岩のように麗音愛を侵食し
麗音愛の首元の鮮血を望むように長い牙が齧り付こうとした時
麗音愛がそれを上回る殺気を放つ。
黙れ――!!
まとわりついた呪怨が一瞬で塵のように飛散したかと思うと
右手に集まり、そこには
淀んだ呪い刀
晒首千ノ刀――。
黒く濁った刀
見る者を不快にさせる地獄の刀。
「……さらしくび……せんのかたな……」
「うん」
座り込んだ琴音はそのままに麗音愛は頷いた。
「……行きます」
「来るの?」
運転手の男は、怯えきって車の中で震えているようだ。
麗音愛は車の周りに結界を張った。
「此処で待っていてくれれば
加正寺さんにも結界を張っておくよ
此処からでも少しは見えるから」
「一緒にそばまで行きます! 見せてくれるって言いましたよね!」
「……わかった」
どちらにしても白夜団に入るというのなら、慣れなくはならないこと。
白夜団の仕事を
楽しいものと誤解しているのなら、それを正せる時かもしれないと麗音愛は思った。
座り込んだ琴音に手を差し伸べると
琴音は、その手を掴み
そして麗音愛に抱きついた。
「連れってってください」
胸元に飛び込まれ、強く抱きしめられる。
琴音の胸から、心臓の早い鼓動が聞こえる。
が、麗音愛の心は冷たく何も感じはしない。
2人の周りを呪怨が包み、一瞬で飛び立つ。
「キャーーー!!」
運転手がその声で顔を上げると、そこに2人の姿はなかった。
麗音愛は翻り、崖の上の林に降り
そっと琴音を降ろすと琴音の周りに結界を張って
妖魔をおびき出す誘魔結晶を飛散させた。
「結界で守っているので、安心して」
優しい言葉でも、表情はない。
その瞳は、深い深い光も届かない漆黒の闇になっている。
「玲央先輩」
その時
麗音愛の周りに一斉に妖魔が湧き出した。
若い女の生気と声にも引き寄せられたのかもしれない。
「先輩!!」
一体だけではなかったの!?
と琴音は狼狽したが
麗音愛は凶悪なのが一体という意味で言ったまでだった。
晒首千ノ刀を構えた麗音愛は
妖魔に斬りかかる。
琴音は以前に、麗音愛が自分を助けた時の事を思い出す。
あの時は一瞬で終わり、黒い天使のように見えたが――。
今は妖魔と同じほど、それ以上に禍々しい気を放っている。
溶岩のように溢れる呪怨が
麗音愛が斬ったと同時に妖魔に喰らいつく。
噛みちぎり、引きちぎり。
地に滴る肉を、サメの群れに落としたように。
妖魔の死骸が飛散していく。
琴音を襲った妖魔は一体だった。
今思えば
あれは本当に小さい方だったのだ。
どれだけ湧き出るのか
妖魔の一体が麗音愛の腕に噛み付いた。
「先輩ーー!!」
顔色一つ変えずに、麗音愛は妖魔の頭に刀を突き刺す。
何も、劣勢にもなっていない。
余裕の闘いだ。
冷たい、何も感じない心。
殺した心、死んだ心。
でも麗音愛は感じていた。
隣に椿がいない――この闘いの冷たさを。
1人の闘いが
もっともっと心を冷たくさせる。
背中に感じる温もりがない。
それだけで、死んだ心が
自分が
いつの間にか、このまとわりつく亡者達と同じ存在になっているような感覚になっていく。
もしかしたら
もうこの亡者と同じになっていて
自分ではない誰かが晒首千ノ刀を振るっているのかもしれない。
そんなようにも思う。
椿の温もりがあるから
自分は自分でいられる。
でももう、失ってしまったのか――。
「先輩―!!」
後ろに突如現れた、巨大な妖魔。
触手のような長い手の先に鋭い鎌状の刃がついている。
その刃が麗音愛の腹に食い込んだ。
「先輩!! きゃああああああ!!」
凄惨な場面。
麗音愛の口からも腹からも血が吹き出し
琴音は泣き叫びへたり込んだ。
しかし麗音愛の表情は変わらない。
妖魔の刃を腹に食い込ませたまま
逆に呪怨の腕で絡み掴む。
妖魔のもう片方の刃が振り回されたが
それも左の素手で血を流しながら掴み喰い止める。
いつもは血は流さない。
椿が、心配するから。
椿が、泣きそうになるから。
いつも傍にいた、光のような椿の笑顔を思い出した後
あの、エレベーターでの顔を思い出す。
1人で降りていった背中を思い出す。
張り裂けそうに、胸が痛んだ。
腹の痛みも、手の痛みも感じないのに。
胸が痛くて、たまらない――。
しかし、その瞬間
呪怨の統制が緩み
一気に妖魔と共に呪怨が牙を向き、自分に襲いかかる。
「――っ!!!」
0,7秒
緩んだのなら、また律するのみ。
誰もその変化には気付かないだろう。
打ち消す心のさざ波。
ボタボタと切り刻まれた妖魔が、土の上に堕ちていくだけ。
そして
泡立ちながら煙を出しながら、麗音愛の身体は修復されていく。
不気味な、おぞましい、晒首千ノ刀の同化継承者。
それが自分だ。
泣いている琴音に近寄る。
過剰に怯え震えさせ、心にトラウマを植え付けてしまっただろうか。
「加正寺さん、ごめん」
結界を解放して、へたり込んだ琴音に跪いて声をかけると
琴音はそのまま麗音愛に抱きついた。
「あっ! 血がつく……よ……」
血で汚れ切り裂かれた服に気にせず
琴音は麗音愛の胸元に抱きついて、泣きじゃくった。
「先輩、先輩……良かった……良かった」
「ごめんね、怖い思いをさせたね……
……でもこれが俺だから……」
遠くで海の波が岸壁に砕かれる音が聞こえる。
冷たい、麗音愛の身体は琴音の身体も冷やしていった。
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