ハナレバナレで
次の日の朝
麗音愛が1人マンションロビーに降りると
川見が下に来ていた。
「おはよう従兄弟君。椿ちゃん、もう行ったかな?」
「……さぁ」
その時、椿がエレベーターから出てきたが
麗音愛は顔は見ないまま歩き出す。
「じゃあ、俺は先に行きますから」
「ありがとう
椿ちゃんおはよう!」
「あ……」
行ってしまった麗音愛の後ろ姿を椿は見るも
どうしていいかわからず、俯いてしまう。
「今日は、朝練休みだから
一緒に学校行けないかなって……
従兄弟君といつも行ってた?」
「……はい」
「追いかける?」
「……いえ……」
椿は、歩き出す。
「椿ちゃん、大丈夫?
フラフラしてる具合悪い?」
「大丈夫です……」
「ごめんね、良かったら一緒に行かない?」
「……」
優しい川見を前に
結局、逃げるわけにもいかず
距離は取りながらも一緒に登校してしまった。
おかげで、またみんなからワイワイと言われているのが聞こえた。
「椿~! 川見先輩とーー!? ずるいぃい!!」
「ごめんね……疲れてる」
はぁっと机の上に倒れ込む椿。
「つばちん、大丈夫……?」
「……うん」
佐伯ヶ原は今日は話しかけてこない。
大きな画集を熱心に読んでいる。
椿はみーちゃんがかけてくれたブランケットを頭から
かぶって隠れるように机に身体を預けた。
「玲央ーー!!
つ、椿ちゃんが! 俺の椿ちゃんがぁ!
サッカー部のやつと!」
「俺、眠いから寝るから……」
ガバッと机の上に倒れ込む麗音愛。
強制的にカッツーの話はシャットダウンしていたら
そのうちに聞こえなくなった。
あの日、コロッケ食べてた時
幸せだったのに……。
一緒にいる事が当たり前のように思っていたけど
自分が傍にいる事で椿の自由を奪っていたのだろうか。
いつからなのか気付かなかっただけで
椿と川見先輩、あの2人は……。
「……つっ」
油断で腕が呪怨にねじ切られ、学ランの下で血が流れたのが
わかった。
宿主を食い殺そうとする呪怨。
そしてまた再生する麗音愛の身体。
心を殺さなければ、生きていけない。
それでもどうしても、心が痛くなる――。
その痛みに耐え、また呪怨を統制する。
放課後
麗音愛のクラスメイト達も違和感を覚える。
麗音愛ーっ!といつも聞こえる元気な椿の声が聞こえない。
みんな聞こえないように『なにかあったの?』
『知らないの?彼氏できたんだよ』とヒソヒソしてる。
ほぼ机でぼーっとして終わった学校。
塾だ、と麗音愛は
リュックを背負い帰ろうとするが
このまま帰っていいのかと少し迷った。
廊下に出ると
遠い遠い2組の前に
椿が人混みの中にいるのがわかる。
――川見が隣にいる。
麗音愛は見ないように
すぐ玄関に行った。
とりあえずその場から離れたい気持ちになり
その感情のままに足を動かしていく。
他のサッカー部員も来ているので
それぞれのファンの女子がキャーキャーと騒ぎ大きな人だかりができていた。
「川見先輩、私今日は帰ります……」
「そっか、うん、また来たい時に来てね
明日の夜
みんなで遊ぶんだ、椿ちゃんもどうかな?」
「いえ……明日は用事もあるので」
「夜だよ。剣一先輩も誘ってるんだ」
「え?」
「昼間は先輩と出かけるって聞いてるけど、その後に」
「私は行く気ないです!
じゃさよなら!」
「またメールする! 椿!」
川見が呼び捨てで呼んだ事で、周りが黄色い声を上げるが
椿は遠目に麗音愛が見えたので、急いで人混みを
かき分けて玄関に向かおうとした。
狭い廊下の逆方向に集る人の群れに
小さい身体の椿は押されながらもかき分ける。
「ごめんなさいっ! あ、さようなら!
麗音愛……
追いかけて……謝って……一緒に……
あっ!」
椿は焦って足がもつれ階段から転げ落ちてしまった。
「いたたたたっ……」
みんな驚いて『大丈夫?』と声をかけてくれたが
笑って誤魔化し、また走って玄関へ向かう。
だがもう麗音愛の姿はなく、
下駄箱を見ても
もう上靴だけ。
行ってしまったんだ……。
ジワリと涙が溢れてくる。
「ねぇーやっぱり痛むんじゃないの?」
「だ、大丈夫です」
心配そうに見ていた男子生徒に声をかけられるが
慌てて走って玄関を飛び出る。
「椿!」
「麗音愛っ」
バッと見ると、川見だった。
「椿大丈夫!? 階段から落ちたって」
「大丈夫です!」
逃げるように走る椿。
ズキズキ痛む足を構わず走る。
椿の走りに追いつけるなんて
麗音愛しかいない。
でも、隣に麗音愛はいない――。
思い切り走って
自分の家に飛び込む
帰り道、麗音愛はやっぱりいなかった。
玄関に倒れ込んで
はぁっはぁっと
心臓が破裂しそうな苦しさと
足の痛み。
それとは違う理由で涙が溢れ出してくる。
「ひっ……ううっ……ひくっ……ぅう……」
子供みたいにしゃくり上げて泣けてくる。
泣いてるとまた思い出す、麗音愛の手も温もりも……。
もう、嫌われてしまった……?
その時、携帯電話が音を出した。
ハッと取り出して見ると
『明日何時にしようか?』と剣一からメールがきた。
『ごめんなさい。明日は私、行けないです』
とメールすると
すぐに剣一から電話がかかってくる。
『椿ちゃん?』
「あの……私……」
『大丈夫?』
「は、はい……」
『明日さキャンセルしないでよ』
「で、でも……」
『絶対楽しくさせてあげるから
そんな涙忘れさせるくらい』
「あ、私泣いてなんか……ひくっ」
テレビ電話でもないのに、当てられてしまう。
『ね
明日オシャレしてきて?』
「剣一さん……」
『ね?明日楽しく遊べるように考えておくよ
それとも心配だから今からそっち行こうか?』
優しい剣一の声。
「だ、大丈夫です」
『よしよし、絶対だよ
んでさ
明日俺の家に迎えに来てくれる?』
「え……でも」
『明日、珍しく父さんも朝いるんだ
顔見たがってたから』
「わ、わかりました」
『じゃ、何かあったら電話ちょうだい』
「はい……」
『心配いらないよ
大丈夫だからね』
何への大丈夫なのか、わからないが
剣一の電話で少し涙が留まった椿。
携帯電話の
メール未読一件
ずっと怖くて開けられなかった
麗音愛からのメール。
『今から話せないかな』
と一文。
ズキンと胸が痛む。
コロッケを食べていた時はあんなに近くにいたのに
優しく微笑んでくれたのに
麗音愛の幸せを親友として応援していたら
こんな風にはならなかった。
それが出来なかったのは……
それが出来なかったのは……
またポロポロと椿の頬を涙が伝う。
暗いままの玄関で、椿はまた1人涙を拭った。




