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・芳醇なるサイドビジネス - 僕→ブラウス -

 夜が明けると、僕とフロリーさんは朝一番のバザーで服を見繕った。

 仕入れ予定の産地から品物を売りにきている人がいたから、念のためあちらの在庫状況を聞くと、だいぶ余っていると教えてもらえた。


 今年は別の産地の品が当たり年で、問屋に買い渋られていると、困り果てている本心を隠しながらそう言っていた。


「どこかに水鏡がありましたらっ、必ずお姿を移して下さいねっ! リアナ様もわたしも、今はそれだけが楽しみですので!」


 僕が僕の力を自由に使えたら、フロリーさんに全ての言葉をまくし立てる前に、問答無用であちらに収監できるのに……。


 フロリー・ロートシルトは出会ったばかりの怯えた姿が嘘のように、ハキハキとした明るい言葉づかいで僕に命じた。


「ナユタ・アポリオン。貴方にばかり苦労をかけてごめんなさい。ですがもう少しだけ、わたしを預かって下さい」


 彼女がそう願うと、暗い路地に白い蝶が現れて僕の中に消えた。

 僕はそこで着替えを済ませ、水色のブラウスにひらひらのスカート姿の少女に化ける。


 僕の目に映るものがあちらの世界の窓に映るようなので、着替えには余計な苦労や羞恥がともなった。


『私たちが交代で見守っているわ。さあ、冒険の再開よ。行きなさい、ナユタ・アポリオン』

「はい、リアナ様。非力でも誰かを救えるということを、これからリアナ様に証明してみせます」


 徒歩で王都を出立した。

 馬車駅に寄るよりも、道中で通りすがる馬車に乗せてもらった方が早い。


 旅慣れたリアナ様がそう言っていたことは正しくて、すぐに荷の空いた馬車に乗せてもらえることになった。


「助かるよ、お嬢ちゃん。昨日は都の門が閉まっちまって散々でよ。だけどこれで、カーチャンの機嫌が取れる!」


 遠くの村からきたそのおじさんは、閉門で帰り損なって、都の広場で野宿をすることになったそうだ。


 ハルモニカに行きたいので、途中まで乗せて欲しいと銀貨を見せて頼むと、彼は良心的な馬車賃で荷台に乗せてくれた。


「しかしお嬢ちゃん、ハルモニカになんてなんの用事だい?」

「市場調査です。あちらでワインがだぶついていると、そう聞いたので」


「へぇ……小さいのに感心だなぁ……」

「小さくはありません」


「あ、気にしてる口かい? いやいや、女は小さい方いいって! うちのカーチャンなんて――」


 リアナ様の笑い声が聞こえてきたような気がした。

 僕はお喋りなおじさんとの2時間ほどの旅を楽しみ、分かれ道までやってくると荷台を下りた。


「あそこの丘にブドウ畑が見えるだろ? あそこがハルモニカだ。真っ直ぐ行くんだぞ、変なのに声をかけられたら無視して走れ! いいな!?」

「ご心配ありがとうございます。そうします」


 おじさんと別れると小さな町ハルモニカを訪れて、ワインの商談をするならどこかと聞き込むと、町長の屋敷を勧められた。


 町長の屋敷は広々とした敷地を持つものの、建物は小さく素朴だった。


『ナユタ様、これからそちらに出ます。商談ならぜひ、わたしにお任せを。……ナユタ・アポリオン、わたしの返却をお願いします』


 フロリーさんは姿を現すと、屋敷ではなく僕の方に振り返って、隠し持っていた鏡を僕の顔に向けた。


「素敵っ、思っていた通りだわっ!! リアナ様も見ておられますかっ、素敵ですっ、素敵でしょうっ!」

『ナユタ。ナユタがとてもかわいらしくて、私もこちらで悶えていると、彼女にそう伝えてくれる?』


 絶対、絶対嫌だよ……!

 これでは旅の趣旨がブレちゃってるじゃないか!


 これはフロリーさんを助ける名もなき英雄の旅なのに!

 なんで僕はこんな、変態みたいなことをしなければならないんだっ!


「そういうのは商談の後にゆっくりと、僕の見えないところでやってくれるかな……」

「ご不満ですか? こんなに、魅力的なのに……」


「派手過ぎるよ、こんな格好……。僕は素朴な服の方が好きだ……」

「あ、わかりますっ! では次は、オーバーオールやエプロンドレスを買いましょう!」


「い、いや……そういう意味ではなくて……。ああ、そんなに輝いた目で言われたら、もうどうすればいいのかわからないよ……」


 そんな調子の狂うやり取りをしていると、町長の屋敷の庭師が僕たちに気付いて正門の前にやってきた。

 僕はそれに少しうろたえた。とっさに言葉が出てこなかった。


「わたしは商家ロートシルトの長女、フロリーともうします。ワインの商談をしたいのですが、町長はご在宅でしょうか?」

「おお、ロートシルト! あの油で有名なっ! さあ、どうぞ中へ、主人も喜びます」


 けれどフロリーさんが上手くやってくれた。

 これが商人の血なのだろうか。

 彼女は臆することなく堂々と、屋敷の敷地へと入ってゆく。


 少し前までは精神的に弱っていたけれど、本来のフロリーさんはたくましい人なのかもしれない。

 頼りがいのある彼女の後を追い、町長との交渉を彼女に任せた。

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