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「大丈夫ですか! 少しは回復魔法が使えるので、重傷の方を優先して治療します」
私は護衛隊の人達に声をかけてまわる。
エンリの能力を高める時にドリアードの癒し手も召喚してあるから、
二人で重傷の人から回復していこう。私も五回という制限があるし、
ドリアードも数回で帰ってしまうけど。
幸い死者はでなかったけど立ちあがることもできない状態の人もいるみたいだし、急いで回復しないと。
護衛隊の隊長のアリドさんの指示で、倒れている人達に回復魔法を行使していく。
うん…私の回復魔法もドリアードに負けないくらい効果が高いみたいだね。
数値的には同じだから、実際に同じ回復力かもしれない。
「うおっ…これは…凄いな」
「ああ、痛みが消えていく。これはありがたい」
ダンジルさんを治療した時のように、立ち上がれそうになかった人達も
元気に立ちあがりガッツポーズをする。ふふっ、元気がありあまってしまったみたい。
「マスター、時間のようなのでこれで失礼いたします」
「ええ、ありがとう。ごめんね呼んですぐに帰ることになっちゃって」
「これが私の役割ですから。マスターのお役に立てて光栄です」
そう言ってドリアードが微笑みながら消えていく。本当に助けられてばかりだなぁ。
護衛隊の人達も名残惜しそうに最後まで見ていた。
男の人達は別の意味で名残惜しいのかもしれない…顔がちょっと…ふにゃぁってなってるものね…。
美人だしスタイルもいいいから、当然の反応なのかもしれないけど。
「助かったよ。君の召喚した魔物…魔物と呼ぶのははばかれるけど、とにかく助かった」
そう言ってアリドさんは頭を下げる。エンリは誇らしげだ。
ちなみにドリアードと一緒に呼び出したサーベルウルフとコボルトの双剣士、あとエンリは
周囲の警戒をしてもらっている。たぶん大丈夫と思うけど、まだいないとも限らないからね。
とにかくこれで王都に向かって出発出来るね。
私と伊吹が獣車に戻ると、一部始終を見ていた乗客の人達から質問攻めを浴びてしまう。
そりゃ気になると思うけど…王都までの間別の意味で休まる暇がないかもしれない。
「……伊吹? どうかした?」
「…いや、なんでもないよ」
そんな中、私は伊吹の表情がいつもと違う事に気が付く。
何か思いつめた表情の伊吹。乗客の質問になんとかぼやかせて答えながらも、
伊吹の表情が頭から離れなかった。
――数時間後・街道近くの丘の上――
「んんっ!? なかなか帰って来んと思ったら…」
アラバネンは地面に倒れ込み苦悶に呻くゴブリンを見て悪態をつく。
「ぅっ…さむい…いてぇ…」
全身に霜をまとわりつかせて呻くゴブリン。その傍らには砕けた水晶があった。
「水晶まで砕かれておるとは…キメラはどうした? ふんっ、喋る気力もないか」
周囲にキメラの気配はない。キメラを制御する水晶が砕けているのを見て、思案する。
暴走したとしたらどこに行ったのか見当もつかない。アラバネンはしばらく考えたが無駄だと悟り諦める。
「ふんっ、まぁ失敗作に用はない。しかしこれではブラッドゴーレムの完成が…ブツブツ…」
「うぅっ…回復を…してくだせぇ…」
その声でハッとひらめくアラバネン。目の前の役立たずにも役に立つ機会を与えてやる名案を思いつく。
アラバネンにとっての名案でしかなかったが。
「ふむ…人の血ではなくゴブリンの血を使えばどうなるかなぁ…」
「うっ…まさ…か…ぐっ…」
「光栄に思うがいいぞ。お前に最強の力を与えてやろう。ゴーレムの一部としてだがな…」
狂気に輝くアラバネンの瞳を見て、ゴブリンはこの男に付いてきたのは間違いだったと悟る。
「おおおっ、なぜかこんなところにブラッドゴーレムの核があったぞぉ!」
わざとらしく懐から禍々しい結晶を取り出すアラバネン。
ゴブリンはもはや何を言っても無駄だと諦める。
しかしその瞳はこれまで尽くしてきた自分を捨て駒としかみていない、主への怒りで染まっていた。
「くっ…くそがぁ…人の血が必要なら…自分の血をつかいやがれぇ!」
ゴブリンは残った体力を振り絞り、砕けた水晶の破片を握り締めアラバネンに繰り出す。
まさか反撃してくるとは思ってもいなかったアラバネンは、
その胸元に突き刺さる水晶を見て不思議そうな顔をする。
「…ぐふっ!?」
一瞬遅れて鋭い痛みとともにその口から呻き声が漏れる。
「なにを…低俗な存在で…ワシに傷を…だとぉ…!?」
道具としてしか見ていなかったゴブリンから攻撃され、
混乱と激昂がアラバネンの頭の中でグルグルと渦巻く。
しかし胸に刺さった水晶がアラバネンから力を奪っていく。
「ぐっ…おぉっ…」
地面に膝をつき何とか回復魔法を使おうとするも、ゴブリンの更なる攻撃によって阻害される。
アラバネンは回復魔法を唱えることなく、地面に倒れ込む。
「うぅ…このワシが…錬金術の天才と…いわれたワシが…おの…れ…!」
「へっ…へへっ…いままで好き勝手こき使ったお返しだぁ…もう…俺は自由だぁ…」
地面に倒れるアラバネンを見下ろして優越感に浸るゴブリン。
うつ伏せに倒れている為ゴブリンは知ることが出来なかった。
倒れたアラバネンが自分の傷口に当てるように、ゴーレムのコアを持っていたことを。
「へっ…へへっ…俺があの世へ導いてあげますぜぇ…さぁ…観念……んんっ!? なんだ――」
ゴブリンが最後に見た光景。それは巨大な拳が自分の眼前に繰り出されている姿だった。
――三津伊吹――
王都について二日目。姉ちゃんはギルドに図書館の情報を聞きに行っている。
久しぶりに部屋で一人きりだ。
姉ちゃんは俺の様子がおかしいのをずっと気にかけてくれていた。
姉ちゃんを守るどころか心配かけてばかりで…自分自身が情けない…。
――サモン・リッチと化したエルモンド――
俺の言葉とともに現れる漆黒のローブに身を包んだ魔術師。
その顔はドクロであり、見る者を恐怖させる。
とはいえ先日のアルナとの会話を聞いてたから恐怖はまったくない。
「主よ、何用かな? 我の魔道の極致を存分に振るって進ぜよう」
仰々しい口調でローブをザッと翻すエルモンド。芝居がかっているが、その実力は本物…のはず。
「あぁ、今日はその魔道の極致というのを教えて欲しくて呼んだんだ」
俺がエルモンドに願うのは、魔術師としてより強くなる力。
正直カードを使えることに、自分の力を過信し過ぎていた。
たしかにカードの力は強い。死神の手は大抵の魔物なら一撃で倒せるだろうし、
複数の敵を攻撃するのもお手の物だ。
もちろん手札が揃えばという条件があるけど。
この世界に来て、初めてカードを使った時は全能感に包まれもした。
でも現実はカードの知識ばかりあったところで、カードの力が使える一般人でしかなかった。
でもそれじゃ駄目だとここ最近の戦いで感じていた。
ゲームなら自分の手札と相手の場を見据えて
様々な手を模索しながら戦う事が出来る。でも現実の戦いはそんな余裕がない。
石巨人との戦いの時も、先日の異形の化け物との戦いの時も、
もっと上手く立ち回ることが出来たんじゃないのかと自問自答をしていた。
王都までの道中で魔物に襲撃された時なんて、最初にスペルを使った後は何もできなかった。
なかなか思い通りにカードがひけなくて、苛々し続けていた。
けど手札が揃わないからといってリタイアなんて出来るはずもない。
だから…カードに頼らない力が欲しかった。
俺の言葉を聞いてエルモンドが少し思案したあとに言葉を発する。
「ふむ。主の気持ちはわかった。姉君を守りたいと言う思いもな。
しかし魔道の極致を教えても、主には魔力がないゆえ魔法を使う事は叶わぬ」
魔力がない…。当たり前といえば当たり前か…魔法なんてない世界で生きてきたんだし。
ジョブの力やカードの力で疑似的に使うくらいしかできないということか。
ひょっとしたらこの世界でなら魔法が使えるように…という淡い希望は砕かれてしまった。
「ふむ…主よひとつ話をしよう。
魔術師とは一人でなんでもこなせる万能な存在ではない。
この我をしてもドラゴンと一対一で戦う気にはならん。
しかし…そうだな…あの忌々しい天使もどきの女狐。あんなのでも共に戦えばドラゴンを倒せよう。
人に限らず、個として出来ること出来ぬことがある。
それを補う存在があれば、こちらもそれを補ってやればよい。
姉君とはそのような関係でいればいいのではないか?」
そういえば姉ちゃんと一緒に冒険者になると言った時、そんな話をしたような気がする。
けど俺のデッキに姉ちゃんのユニットと連携をとれるようなカードは入っていない…。
攻撃スペルを満載しているけど、もしユニットを強化するカードなんかでサポートすれば
あの異形の化け物も、石巨人も、もっと上手く戦えた?
「我も主の力を全て知っているわけではない。オルディアナの世界は広大にして深遠である。
しかし主もまた我らの力を全て知っているわけではない」
カードの力はテキストに書いていること以上には効果が現れないはず。
全ての力を知らないっていうのは一体…。
「たとえばあの天使もどきの女狐。あの者はカードに空を飛べると書いてあるであろうか?
我は数多の魔術を操るが、それが記されているであろうか?」
アルナのこと、やけにたとえに出すけど仲が良いのか悪いのかわからないな…。
しかし飛行…飛行か。オルディアナには飛行という概念はない。
ゲームによっては飛行が能力として記されているものもあるけど。
エルモンドは能力にスペルの記述はない。
たぶんアタックというのがそのユニットの戦闘能力として、
まとめて数値化されているからだとおもうけど…。
でも鳥型のユニットは普通に空も飛べるし、魔術師系のユニットは間違いなく魔法を使える。
「主よ。カードとはオルディアナの世界の一面を記したものに過ぎぬ。
ここに現れる我もまた写し身の存在として存在している。
だがカードではなく姿かたちを持って存在している以上、
主の考え得る枠を飛び越えてその力を振るう事も可能であろう」
俺の考える枠を飛び越えて…か。カードに秘められた可能性を俺は自分で狭めていたんだろうか…。
そういや姉ちゃんはカードに描かれている背景の絵で、召喚するユニットをかえてたっけ。
地形の得手不得手なんて概念がゲームの時はなかったから、元からそんな考えが起きなかったけど
姉ちゃんは自然と適したカードを選んでたんだな。
俺は…ゲームの知識があってもそれに凝り固まって考えてしまってたみたいだ。
「くくっ、主よ。なんとなく分かって来たという顔をしているな。目に輝きが戻って来たぞ。
それではさらにその枠を取り払う考えを持たせて見せよう。主よ手を前に突き出すのだ」
エルモンドが何をしようとしているのかわからないが、とりあえず手を前に突きだす。
するとその手をとって自分の胸元に押し当てた。
「わかるか主よ。このようにして触れ合う事も出来るのだ。
カードの時にはこのようなことできなかったであろう」
たしかにカードの時には出来なかったけど…いまいち言いたいことが分からない。
「主よ、わかるか? 我の存在しない心臓の鼓動が早くなっているのが。
主に触れられて…我の存在しない感情が昂ってきているのが…」
……あれ。なんか話が変な方向に行ってないか? というか触れられて昂るって何?
「くくっ、主と部屋に二人きり。主が我に泣いてすがりついてくる。
それを導く我。そこからはじまる――」
俺は猛スピードで手を抜き取ると、ダッシュで部屋から飛びだした。
ヤバイヨヤバイヨ、エルモンド別の意味でヤバいよ。
あいつって男だよな? いやそれ以前にガイコツは遠慮したい。
アルナならまぁ…って何考えてんだ俺。
とにかく身の危険を感じた俺はしばらくの間部屋に戻ることなく、ステアの中で息をひそめ続けた。
エルモンドはしばらくの間召喚しないでおこうと心に誓いながら。




