27
「伊吹、これさっきの村で買ったの。美味しいわよ」
私は先ほど立ち寄った村で買った、果物をふんだんに使った蒸しパンをすすめる。
色々な果物が特産品として栽培されてたんだけど、
そういった村ならではの名物だよね。
「うっ…あんまりパンにフルーツが入ってるの好きじゃないんだよな…」
そういえばレーズン入りのパンとかレーズンだけ取り除いてたっけ。
もったいないって何度か注意したことがある気がする。
うーん、美味しいけど苦手なら仕方ないかな。
「はぁ、しかし退屈だなぁ」
獣車で移動を始めてから何度目かの言葉。
たしかに景色もそんなに変わり映えしないしやることもないからね…。
最初の頃は景色も楽しめたんだけど。
獣車の外を見ていると護衛隊の人と目が合う。
なんとなく会釈をしてしまう自分。護衛隊の人は軽く手を振ってくれた。
街道は定期的に騎士団の人達が巡回しているとはいえ、魔物も当然現れる。
そんなに強いランクの魔物は現れないという話だけど、やっぱり心強いよね。
昨日の夜に村に立ち寄った時に少し話を聞けたけど、護衛の人達は冒険者なんだとか。
私達がランクの制限で受けられない護衛の仕事ってこういうのもあるんだね。
要人の護衛とかも、もちろんあるんだろうけど。
みんなBランクとのことだから、リベルさんと同じランクだね。
っと肩をひっぱられる。
「どうしたの伊吹?」
「いや…退屈だなと思って…」
「そうねぇ…デッキの編集でもする? この場所だと難しいかな?」
前回から一日経ってるから、いちおうデッキのリセットは可能になっている。
とはいっても獣車の中もそんなに広くはない。
私の隣に伊吹が座っているけど、その横には別の乗客が乗っている。
前も後ろも足を伸ばせるほど広いわけじゃないんだよね。
他の人にカードは見えないとは言っても、やっぱり変な目で見られそうな気がする。
「こういう時カードゲームができたらいいのにね」
「うん。さすがに獣車の中でカードの力を使えないし。
あぁ、ゲームがやりたくなってきた」
ふふっ、かなりはまってたものね。
「でも今日の夕方前には到着するみたいだし、もう少しの辛抱よ」
眠たいのか、伊吹が頭をもたれさせてきた。
身体は大きくなっても子供のころとかわらないなぁ。
私はその髪の毛を優しく撫でる。
なかなか寝付けなかった子供の頃は、よくこうして髪を撫でてあげてたっけ。
伊吹から微かな寝息が聞こえてくるまで、私は繰り返し撫で続けた。
――護衛隊アリド――
あと五、六時間くらいか。王都までの残りの距離を頭の中で時間に換算する。
短くはないが、半分は過ぎている。これまで魔物の襲撃らしい襲撃もない。
順調な旅といってもいいだろう。
「アリド隊長、交代いたします!」
「ああ、交代の時間か。これから峡谷を抜ける。ここは視界が悪いからな。
峡谷を抜けるまでは俺も警戒にあたる。気を抜くなよ」
「はい!」
たしか名前はロゾだったか。目の前の青年は護衛任務が初だと言っていた。
気を張り過ぎることはあっても、抜くことはしないだろう。
Bランクなら実力は信用に足る。俺は青年から少し間隔をあけるように馬を進めた。
獣車を引くベルンガープも大人しいとはいえ、魔物としてそんなに弱い存在ではない。
魔物は本能的に自分より強い魔物とは戦わない。
だから襲撃をするとすれば、魔物よりも盗賊の方が確率は高いだろう。
悪意を持って狙ってくる輩は、多少被害がでたとしてもそれ以上の利を求めて襲ってくる。
そういった存在にとっては、この峡谷は襲撃をしやすい格好の場所といえる。
むしろ王都とグレムの町の間で襲撃しやすい場所はここしかない。
この護衛の任務も何度かこなしているが、一度だけあった盗賊の襲撃もこの峡谷で起こった。
さて、今回はどうなるか…。
「グゥオォォオオォォ!!」
なんだ!? 突然峡谷に獰猛な叫びが響き渡る。
禍々しい叫び声とともに現れたのは異形の化け物達。
冒険者をやって長くたつが、こんな魔物見た事が無い。
まるで悪夢から抜け出たかのようなその姿…。
一体は熊の身体に蝙蝠の羽根を生やし、身体の至る所から角が出ている。
一体は三匹の巨大な蛇がお互いに巻きついたような身体に、獅子の手を生やしている。
一体は三つの首を持つ巨大な山羊の頭を持ちながら、胴体は巨大な蜥蜴の姿をしている。
一体はサイのような姿をしながら、その背中からは何本もの蛇が生えている。
一体はオーガの上半身に下半身はタコのような軟体生物の姿をしている。
それらの魔物が峡谷を駆け降りるようにこちらに向かってきている。
「全員迎撃態勢をとれ! 獣車は峡谷を抜けろ!」
俺の言葉で護衛隊の者が隊列を組む。想定外の魔物ではあるが、
態勢を整えればそうそう遅れをとることはない。
獣車が峡谷を抜けるまで持たせることができればいい。
護衛隊の総数は十名。
数はこちらが上とはいえ、魔物は一体一体が相当な力を持っているとみていいだろう。
だがバラバラに動いているなら各個撃破すればいいだけのこと。
見たところ魔物の中で速いのは山羊の化け物か。
「山羊から仕留めるぞ! 射て!」
俺の言葉で何本もの矢と魔法が放たれる。これで機先を制して…っとマジか…。
山羊はその巨体からは考えられない俊敏さで、矢と魔法を回避する。
「くそっ、突破させるかっ!」
勢いよく突撃してくる山羊を大盾を構えて迎え撃つ。
俺の手に痛烈な衝撃が伝わってくる。
戦技を使いなんとか防ぐも、ただの体当たりがこれほどとは洒落にならん。
左右から他のメンバーが斬りかかる。その攻撃を三つの頭に生えてる角で器用にさばく。
これじゃあ三体を同時に相手しているようなもんだ。
俺はなんとか攻撃を逸らしながら、攻撃の隙を窺う。
「身体を狙え! 頭は三つでも身体は一つだ!」
三人がかりでなんとか優勢を保てているものの、
こいつにだけかかりっきりになるわけにはいかない。
後ろから迫ってくる魔物は、
魔法と矢で牽制しているがたいして時間稼ぎにはなっていないようだ。
「隊長! 魔物が一体獣車の方に向かっています!」
ロゾの叫びで俺は獣車の方を見る。そこには空から強襲する熊の姿があった。
あんなでかい図体で飛べるなんて反則だろ。
だが泣き言を言っても仕方ない。
ベルンガープがいくら弱くはないといっても、
あの熊もどきの相手を出来るとは思えない。
「ガロイとベッシは獣車の護衛にまわれ! 仕留めようとして無茶はするな。
獣車が峡谷を抜けることを第一に考えろ」
「了解です」
ここで二人抜けるのは厳しいが、なんとかやるしかない。
山羊の後方からは三体の魔物が迫ってくるのが見える。
どれもこの山羊と同等の力を持っているとしたら…
俺は無理やり感情を奮い立たせると、大盾をより一層強く握りしめた。
戦況は悪い方に傾いている。山羊の魔物は何とか仕留めることができたが、
こちらも三名が戦線を離脱した。
五人で三体の魔物を相手取るが、正直防戦一方だ。
山羊を倒せていなければ、あっさりと総崩れしていただろう。
だがこのままでは結果は同じだ。
獣車の援護に向かった二人も、厳しい状況のようだ。
進路を阻むように熊が降りたせいで、ベルンガープの足が止まっている。
馬と違って器用にかわしていくのは難しい。こちらから援護を向かわせる余裕もない。
最悪獣車さえ抜けさえすれば…腹をくくるしかないか。
「いいか、よく聞け! ここは俺が抑えておく。
お前達は動けないものを連れて獣車の援護に向かえ。
熊を仕留めて獣車を王都に走らせるんだ。
お前達もそのまま王都に向かい援軍を呼んできてくれ」
「はぁ!? 何言ってるんですか隊長!」
ロゾが困惑して叫ぶが時間が無い。
「このままだと全滅だ。それだけは何としても防ぐ必要がある。
護衛隊としての任務を第一に考えろ。
なぁに、俺なら大丈夫だ。大盾のアリドと言われる所以をみせてやるさ」
まぁ言われてはないけどな! こういうのは勢いだ。
とにかく全員でかかればあの熊もそう時間をかけずに仕留められるはずだ。
ならより多くが助かる可能性にかけるしかない。
俺の有無を言わさない態度に護衛隊が動き出す。
このあたりは流石はBランクといったところか。実戦なれしていやがる。
俺は魔物の注意を引きつけるように大きく叫び、とにかく防御に集中する。
俺の戦技は攻撃には使えないが、防御に徹すれば金の魔物とも渡り合えると自負している。
白く輝く盾を構え、身体全体も輝きが覆う。
オーガもどきの剛腕を大盾で弾く。しびれたような衝撃を無視して、
サイもどきの突撃をいなす。まるで綱渡りのような戦闘だな。自虐気味に頭の中で嘆く。
どの魔物も一撃が重い。まともに受ければそのまま押しつぶされかねない状況だ。
俺は神経をすり減らしながら、ただひたすら魔物の攻撃を防ぎ続けた。
自分でもどれくらい時間がたったのかわからない。
ただひたすら防御し続けた俺は、魔物の攻撃が弱まっているのに気が付く。
なんでだ? 防ぐのに慣れたのか? いや…それにしては…ってサイの化け物がいない!?
俺が獣車のほうへ目を向けると、サイの後ろ姿が目に入る。
こちらに引きつけ続けることが出来なかった!?
熊の化け物は傷ついているようだが、まだ暴れ回っている。
あれにもう一体加わったら…
熊の化け物が想定外に強すぎた。もっとあっさり倒せると思ったが、
Bランクが六人がかりでも手こずる相手だと最低でも銀-3か。
こんな街道で遭遇するようなレベルじゃないんだが…。
こっちの二体はこのまま引きつけられそうだが、乗客に被害が出れば意味がない。
俺が向こうに向かうのもだめだ。こっちの魔物が合流すれば結局数の差で勝ち目がない。
俺はなんとか熊の化け物を仕留められるように祈るしかできなかった。
それは変化は突然おこった。俺の目の前で唸り声を上げる魔物どもが、
突然白い輝きにつつまれて苦悶の声をあげる。
「なにが…これは魔法か!? 一体誰が…」
致命傷とは行かずとも、その攻撃が優しいものではない事は魔物の動きを見ればわかる。
獣車の方を見れば、熊とサイの魔物も同じく魔法によって攻撃を受けていた。
動きの鈍るオーガもどきに渾身の一撃を叩きこむ。
まるで霜が降りたかのように身体全体が白く覆われている。おそらくは冷気の魔法。
援軍がどこから来たのかわからないが、
これだけ離れた魔物を同時に攻撃するなんてよほどの熟練の魔術師だろう。
俺は消えかけていた希望をかろうじて取り戻すことが出来た。
伊吹の魔法でなんとか魔物達の動きを牽制出来たけど、思った以上にタフな魔物だった。
手札のコスト1のユニットでは太刀打ちできそうにない。
一ターン、一ターンがこんなに長く感じるなんて。
「コストの低いスペルじゃ倒せないか! こんなことならマナを溜めとけばよかった…」
伊吹の気持ちはわかるけど、こんな突然襲撃されたらどうしても後手にまわってしまう。
って泣き言もいってられない。私の手札にはコスト1のユニットと神獣エンリがある。
これだけでどうにかなるとは思えないけど、
他に有用なカードもない以上エンリに賭けるしかない。
ううっ状況が状況だけに、エンリのマナコスト5が重く感じるよ…。
今マナは4溜まっているから、次のターンで確実にエンリはだせるけど…。
って熊のほかにさらに魔物が増えた!?
サイのような魔物のせいで、
なんとか熊相手に善戦していた護衛隊の人達のペースが崩されてしまった。
負傷者をかばいながら戦ってるから普段の力がだせていないのも大きいと思う。
私が回復できるジョブを取得したのは、周囲で傷つく人を見たくないから…。
なのに目の前で人が傷ついていくのを見ているしかできない。
リベルさんに前言われたように、
こんな状況で私が飛び出しても護衛隊の人達に迷惑をかけるだけだよね…。
わかっているんだけど…それでも衝動的に飛び出してしまいそうになる。
焦燥にかられる私の目の前で、ついにカードが白く輝きだした。
ターンが経過した! ずいぶん長く感じたけど、何とか間に合ったね!
――サモン・神獣エンリ――
私の言葉でカードが一層眩い輝きに包まれると、目の前に神々しい獣が現れた。
「綺麗…」
思わず口から言葉が漏れるほど、目の前の神獣は美しかった。
逞しい白馬の姿、その額には鋭い角が生えていて
その背の翼を大きく羽ばたかせる。その全身は鮮やかな真紅の炎が走り、
身体全体が薄らと輝きに包まれている。
エンリを呼び出すとその効果によって、私の手札に三枚のカードが配られる。
全てユニットカードだけど、マナが0なので残念ながら呼び出すことが出来ない。
でもエンリならそのままでもあの魔物とも戦える気がする。
「神獣エンリ、アタック!」
私の言葉を聞くや、まるで一本の矢のようにサイの魔物へと突撃をする。
全身の炎が尾を引くように伸びるのを置き去りにして、エンリの角がサイの胴を貫く。
「す、ごい…」
自分で呼び出したユニットなのに思わず見とれてぼぉーっとしてしまった。
まだ戦いは終わっていないのに。
その攻撃を見て、熊の魔物も遠くで戦っていた魔物も
エンリをもっとも警戒すべき敵と認識したみたい。
サイの魔物は貫かれたまま全身炎に包まれると、断末魔の叫びをあげる。
それを意に介す風でもなく、角を抜き取ると周囲の魔物を見据える。
その姿は頼もしいの一言だ。
戦況はエンリが現れた事によって大きく変化した。
熊の魔物、蛇の魔物、オーガもどきの三体がエンリを囲むように襲いかかるけど
ヒラリヒラリと華麗にかわしながら、
その角をまるで剣のように巧みに操って魔物の身体に傷を増やしていく。
エンリがその身をひるがえすたびに炎が帯のように伸びて、魔物を炎熱が襲う。
アタックもライフも能力によって上昇していないから30のままのはず。
でも同じくらいの能力のユニットを呼び出してもこんなに優勢には戦えないんじゃないかな。
数値では計れない何かがあるのかもしれない…。
っと本当に綺麗で見とれてたけど、エンリも魔物達に致命的な一撃は与えていない。
三体の魔物は連携をとれていないとは言っても、やっぱり数の力は強い。
偶然でも隙を補い合うから、ダメージは確実に与えてはいるものの
ここぞという決め手にかけている。
あっ、エンリから見とれてないで力をくれっていう視線で見られた気がする。
うん…もうすぐマナゲインできるから、とっておきの力を見せてもらうね。
私はゴールドを砕くと三体のユニットを呼び出す。
でもこの子達が戦う事はないだろうなという確信を持って。
三体のユニットが現れるとともに、エンリが纏う炎が爆発的に膨れ上がる。
黄金色の輝きに包まれたエンリの能力はアタック、ライフともに90になる。
90という数値はゲームでも最高クラスのもの。横にいる伊吹も言葉を失っている。
それはゲームでは見ることのできなかったもの。
まさに神の獣という二つ名にふさわしい圧倒的な存在感だった。
そこからはもう戦いにすらならなかった。
エンリが足を強く踏み下ろすと炎が迸り、三体の魔物を業火が包み込む。
それは先ほどまでの比ではない猛火。
黄金色の炎が大きく燃え上がり、
収まった時には三体の魔物の姿は消え去っていた。
「終わった…?」
エンリが勝利の嘶きを上げると同時に、乗客達の歓声が響き渡る。
こうして悪夢のような魔物の襲撃は、
夢でも見ているかのようなエンリの一撃によって幕を閉じた。




