第7話 お嬢様と文化祭と本番(1)
ついに文化祭当日がやってきた。
バンド演奏は体育館で行われる。
俺たちは、ステージの裏に作られた控え室に集合していた。
既にプログラムは中程まで進行していて、派手なドラムの音が聞こえてくる。
「ついに、ですね!」
「そうだね。緊張してる?」
「はい……とても……緊張しない方がおかしいです。あぁ……緊張してきた……」
しかし、言葉と裏腹に緊張しているようには見えない。
確かに、明らかに言葉使いが変になるとか、異常が見られない限り、緊張の度合いなんか外からは分からないことが多い。
「大丈夫、緊張しているように見えない。堂々としているよ」
「えっ、本当ですか?」
そんな会話をしていると、暁星が音もなく朝宮さんの後ろから近づき……抱きついた。
「朝宮サン——」
「きゃっ! あ、暁星さん?」
「ふむふむ……これは緊張してるねえ」
そうやってぎゅっと朝宮さんの心臓の辺りに手を置く。
「も、もう! びっくりさせないでください! ほらっ、早く楽器の用意をしましょう?」
朝宮さんは顔を赤くして、慌てて暁星から離れる。
目のやり場に困り、俺はあさっての方向を向く。
それにしても、いつの間にあんなに仲良くなったんだ?
暁星のコミュニケーション能力の高さには驚くしかない。
でも、そのおかげで朝宮さんは少しリラックスしたようだ。
俺は……不思議とまったく緊張していない。
楽器の音が出なくなることもなく、問題無くすごしている。
今日は今さら妨害する奴らもいないだろうし、良いステージになりそうな気がしていた。
☆☆☆☆☆☆
バンドメンバーたちが楽器を構える。
ざわざわと落ち着かない観客たち。通常のバンドに加えて三人のサックスが入ると、やはり目立つ。
「アレ……お嬢様じゃない? カッコいいな」
「あの子、この学校じゃないよな? 可愛いな……」
「それに混ざるなんて、竹居だっけ? 許せねぇ」
嫉妬と羨望の視線を感じるんだが……。
観客のほとんどは高校生だ。同校の生徒が一番多いが、他校の生徒も見に来ている。暁星の学校からも何人か来ているのだろう。
それ以外にも、大人の姿も見える。
なんか業界の人なのか単なるチャラい人なのか、派手なスーツを着ている人もいて……。
当然のように、朝宮さんのお母さんである日万凛さんの姿も見える。
彼女は着物を着ている。客席側の照明が明るかったらかなり目立っただろう。
でも今は、明るいのはステージ上だけだ。
サックスは、トランペットやトロンボーンのようなシンプルな作りでない分、光を反射してギラギラする。
何より、構えているだけでそれなりにカッコが付くのは、ある意味この楽器特有の特権かもしれない。
演奏が始まった。
ドラムから入り、すぐにギターがメロディーを担当し、前奏パートが過ぎていく。
そしてヴォーカルが入り……俺たちはまずはオケ、伴奏を演奏する。
暁星が連れてきたバンドメンバーは、誰もが実力者で安定していた。
俺たちも不安なく演奏ができて気持ちがいい。
体育館の会場には椅子がなく、観客は壁際の床に座るか、ステージの近くで立って聞く。
観客も気分が高揚しているのか、ステージに一番近い連中は飛び跳ねている。
立て付けが悪いのか、その振動がダイレクトに仮設ステージに伝わってきている。
どんどんという上下の揺れが大きくなっている。
不安を感じながらも、最初の間奏に突入した。
でも……しっかり練習しただけ合って、俺も朝宮さんも、もちろん暁星も特に問題なく進行する。
「よし」
「はいッ!」
最初の間奏部分を追え、互いにだけ聞こえるように声を上げ、顔を見合わせる。
朝宮さんも会心の出来だったようだ。
あとは、二回目の間奏だ。これは少し長いが、この調子なら——。
「ちょ……」
「えっ」
俺の呟きに、朝宮さんが反応した。
ステージ上でも異変に気づいたようで、メンバーがこちらを見る。
すると、次第に大きくなっていく衝撃は、譜面台を揺らし始めた。
観客が俺たちの演奏で興奮したのか……飛び跳ねている練習の動きが、さらに活発になった。
「うそ……」
朝宮さんが目を見開く。
そして。
「あっ……」
朝宮さんが小さな悲鳴を上げた。
その瞬間、ガシャンッ!! と譜面台が倒れる。
幸い、誰もいない方向に倒れてくれたので他のメンバーや楽器にぶつかることはなかった。
トラブル発生——でも、俺も朝宮さんも動じない。
俺と朝宮さんは二歩前に出て互いに向かい合う。
俺は、最初の4小節をゆっくりとしたアドリブで演奏する。
次に朝宮さんに引き渡すように、メロディを切り上げる。
そして……交代した朝宮さんは、俺のアドリブの最後の部分を引き継いだメロディラインでソロを演奏する。
俺のが問いかけであれば、そのアンサーとなるようなアドリブ。
掛け合いだ。
「♪〜〜〜」
「♪〜〜〜」
観客が、何が始まったのか? とどよめくのを感じた。
何人ものメンバーでアドリブソロを回していくことはよくあることだ。
だけど俺と朝宮さんがしているのは、互いに相手のアドリブを引き継ぎ、自分の演奏に取り入れて発展させ、返す。
「これ……ラップバトルみたい」
「フォーバース……チェイス? いや、バトルか……!」
二人で交互にアドリブソロを演奏していく。
次第に互いのテンションが上がっていく。
4小節ごとに、交代するルールは変わらない。ただ、交代する度にメロディが激しくなっていく。
アドリブを交代する相手に「これできる?」と挑発するのだ。
盛り上がっている観客の一部に気づき始めた人がいる。
「アドリブでバトルしてる……?」
観客が盛り上がり始める。
たぶん、ほとんどの観客は、このような楽器でのタイマンバトルは見たことが、聞いたことがないだろう。
ジャズなどで、アドリブ奏者が二人以上集まったとき、こんなバトルを一つの見せ場として用意されることがある。
しかし、そんな経験がなくても、競い合う二人を見て盛り上がらないはずがない。
次第に、俺と朝宮さんのバトルの熱が、観客に伝わり加速していく。
「よくわからんけど……凄い!」
「お嬢様とは思えない」
「でも、めっちゃ楽しそう!」
そんな観客の反応に、煽りに。
俺と朝宮さんは互いにヒートアップしていく。
うぉぉぉぉぉぉっ!
観客から歓声が上がった。
「♪〜〜〜〜」
一番盛り上がったとき。
ドラムも伴奏も止まり、俺のアドリブからの甲高いロングトーンで締めだ。
シーンと一瞬の静寂が流れた。
俺と朝宮さんは並んで、お辞儀をする。
わああああああああああっ!
よく分からないけどすごかった! というような声援があり、冷静なドラムのリズムが始まり熱を冷ます。
俺たちの出番が終わり、最後のボーカルのコーラスで、ラストまで駆け抜けた——。
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