第6話 お嬢様と文化祭と悪夢
暁星によって、バンドメンバーが集められた。
ドラム、ベース、ギター、そしてヴォーカル。普通のバンド編成だが、これに俺たちサックス隊が加わる。
ビッグバンド……のサックスだけバージョンといったところか。
選曲も特に問題なく決まった。
通常のバンド演奏に俺たちサックス隊が加わる形だ。基本的には伴奏なのだけど、二回の間奏で俺たちサックスがメインを張る。
最初は、俺、朝宮さん、暁星との合奏で、二回目は俺と朝宮さんの掛け合いのソロだ。
バンドと合わせる前に、俺たちだけサックス隊だけの練習を行う。
今日は暁星はおらず、俺と朝宮さんだけだ。
選曲もパート割り当ても終わった後、彼女は不安げに言う。
「竹居君、私に掛け合いのソロなんてできるのでしょうか?」
「アドリブじゃないから、大丈夫。しっかり練習してその通りできれば、うまくハマるはずだよ。もし落ちても、しっかり練習していれば次のタイミングから復帰できる」
「そうなんですね! 頑張ってみます……! あの、本当に頼りにしています」
朝宮さんは、凄くやる気になっているみたいだ。
俺も失敗できない理由がある。
朝宮さんの声に応えるように、俺も練習に力を入れた。
一通り練習が終わった後、楽器を片付けようとしている時。
朝宮さんは、片付けないままの楽器を持って、フルフルと顔を横に振ったり、俺に何かを言おうとしたりもじもじしていた。
「朝宮さん、どうしたの? 何か言いたいことがあるのかな?」
「あっ、あの……」
何か遠慮しているようだ。俺は彼女を促す。
「どうしたの? 演奏に関すること?」
「は、はい……今回は無いのですけど、アドリブって……やり方を教えてもらえないでしょうか?」
今回は全て書き譜だ。譜面が用意されていて、その通りに演奏する。
即興でメロディを作り出して演奏する「アドリブ」ではない。
朝宮さんは、ひょっとして、ジャズなどのアドリブ演奏がある音楽を聴いて真似したくなったのかもしれない。
「う、うーん、じゃあ、少しやってみようか。幾つかやり方あるけど……俺はスケールから音階を作ってやることが多いかな……」
などと言いつつも俺は割と理屈でやってるわけじゃないから説明が難しい。しかも、コード進行を聞いて勝手に指が動くくらいにならない即興演奏はできない。
「さ、さすが……竹居君……です」
俺は、今回の曲で適当にアドリブを演奏すると、ひくひくと口元を引きつらせながら朝宮さんがめっちゃ食いついていた。
目の前の山の高さに、驚いているようにも見える。
案の定というか、その日は理論の説明だけで終わったのだけど……フンスっと鼻息を荒くしている朝宮さんは、少し楽しそうだ。
☆☆☆☆☆☆
その日の夜、俺は夢を見た——。
夢の中で俺は、文化祭の本番ステージに立っていた。
バンドメンバーと、暁星、朝宮さん、そして俺が楽器を抱えて立っている。
演奏が始まる。
その時は緊張も何もしていない、俺はいつもの調子のままだ。
ステージから見下ろす客席は観客がたくさんいて、バンドの演奏に腕を振ったり、跳び跳ねている。
ボーカルの声に皆が酔いしれ、ギターやドラムがそれを包む。
やがてボーカルのパートが終わり、俺たちの出番が近づいてきた。
俺は一歩前に出て、楽器に口を付ける。
しかし……。
「んっ?」
音が出ない。
いくら息を吹き込んでもまったく通っていかない。
かと思えば、スースーという、空気の抜ける音がするばかりだ。
突然のことに、朝宮さんや暁星が俺を見る。
つられて、バンドメンバーの視線が集まる。
客の視線も集まる。
ついにバンド演奏が止まり……俺一人スポットライトが当たった状態になった。
静まりかえる会場。
それでもなお、息を入れ続ける俺。
だけど、一向に……音が出ない。
何で? どうして? 何が悪い!?
どうしたらいい?
焦る俺を置いて、呆れ一人一人、観客が帰っていく。
バンドメンバーも、暁星や朝宮さんも。
ついに一人になったステージで、俺は汗を流しながら、永遠に楽器に息を込め続けた——。
目を開けると、自室の天井が目に入った。
ガバッと俺はベッドから跳ね起き、それが夢であることに気づき、ふう、と溜息をつく。
安心感の後に、途轍もない焦りの感情が蘇ってくる。
「な、なんだ……よ。また……か?」
俺は前に同じように楽器が吹けなくなったことがあった。
中学の部活を辞めたとき、しばらく楽器が吹けなくなった。
人前から姿を消したのは、そのこともあった。
原因は分からなかった。時が経ってしばらくして、自然に吹けるようになった野だが……あれがまた……?
同じことが、また起きたら……と思うと手が震えてくる。
「まさかな……そんなまさか……」
朝だというのに、嫌な汗が背中を伝う。
もし……本番にそんなことが起きたら、俺は朝宮さんをカバーするどころか、足を引っ張ってしまうだろう。
朝宮さんのお母さんと約束したのだ。
本番は失敗できない。
弱気になったからあんな夢を見たのだろうか?
それにしてはやけにリアルだった。まるで、次の本番である文化際のステージを暗示するような……。
「いやいや。考えすぎだ」
万全の準備をしようと、俺は決意したのだった。
☆☆☆☆☆☆
「竹居君……あの……ごめんなさい、ちょっと、追いつけません、もう少しゆっくりしてもらえると」
「あっ」
珍しく練習中に朝宮さんが弱音を漏らした。
あれだけ、頑張るって言っていたのに……。
いや。
俺が焦りすぎている。朝宮さんを責めるのは間違いだ。
「ごめん、ちょっと急ぎすぎたみたいだね。じゃあ、少しテンポを落としてゆっくりしてみようか?」
「はい……」
う……。少し朝宮さんの顔が暗くなっている。
自分が上手くいかないことを、自分自身を責めているのかもしれない。
上手い言葉が思いつかない。
「朝宮さん、一緒に頑張ろう。朝宮さんをサポートするために、俺がいるんだから」
「は、はい……」
朝宮さんはぎこちなく返事をした。
その後も練習を続けたのだが、やはりどこかギクシャクしてしまう。
互いの気持ちは同じ所を目指しているはずなのに。
朝宮さんはきっと、俺の様子がいつもと違うことで、自分を責めているのかもしれない。
ギクシャクしたままの練習が終わった後、暁星が俺たちの様子を見て、ぼそっと言うのが聞こえた。
「これはチャンスかも」
どういう意味か分からないけど、その言葉の割に、彼女の表情は晴れていない。
俺は、しゅんとして楽器をしまう朝宮さんに話しかける。
「あのさ……朝宮さん、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだ」
「えっ? あ、はい……何でしょう?」
俺たちの様子を察してか、バンドのメンバーは暁星も含め早々に帰っていった。
☆☆☆☆☆☆
「実はさ、今日俺調子悪かったんだ」
「えっ……だっ、大丈夫ですか? 身体の具合が!?」
急に慌てる朝宮さんを俺は手で制した。
「あっ、ごめん、そういう体調不良じゃなくて……昨日、昔のことと不安が混ざったような酷い悪夢を見たんだ」
「ああ……それでなんですね。良かったです、体調が悪いわけじゃないんですね。でも、その悪夢というのは一体……」
「うん、それは——」
俺は朝宮さんにむかって話し始めた。
中学時代のこと、サックスを吹けなくなったときのこと。そして夢で見た、三日後の文化祭のステージに立ったときのことを。
「そんなことが……」
「うん。だから焦っちゃってね。ちょっと練習でムキになってしまった。ごめん」
俺は深々と頭を下げた。
「いえ、いいんです。私こそ、自分のことばかり考えてしまって……でも、音が出なくなるなんて……そんな……」
「うん。今日も練習で問題無かったし、俺の思い過ごしだとは思うんだけどね。だから、朝宮さんは全然悪くないし、今まで通りしてくれれば——」
ふわっと、いい香りがする風がふいたと思うと、俺は朝宮さんに抱きすくめられていた。
「ありがとうございます……私のことを考えてくれて……私、頑張りますから。竹居君の期待に応えられるように。文化祭で最高の演奏ができるように。竹居君なら大丈夫です! きっと上手くいきます」
「あ、朝宮さん?」
「私も……私にできること、考えてみますね」
「えっ? い、いや、そんな一緒にできるだけで十分——」
朝宮さんの声が震えている。俺を抱く力が強くなる。
俺ができることは一体何だろうか?
それからは特に問題なく、バンド練習が進んでいった。
朝宮さんもいつも通りの調子を取り戻し、俺はホッとする。ギクシャクする感じはなくなり、きっと成功しそうな、そんな予感がし始めていた。




