第10話 お嬢様と幼馴染みと初本番(2)
俺たちは早めに旧校舎の音楽室に集まって、音出し(※)をしていた。
※音出し:運動前の準備体操のようなもの。
そこに、担任の暮羽先生先生がやってきた。
今回、俺や朝宮さんが演奏することになった首謀者の一人だ。
多分もう一人は暁星。
「あら、早いわね。三人とも」
「はい!」
「ふむ。三人とも気合い十分ね。じゃあ、あとは時間になったら、校舎前のロータリー前に集合して頂戴。MCは私が行うから」
「お願いします」
「じゃあ、みんな頑張ってね」
それだけ言って、暮羽先生は去って行った。
これから現場の準備を始めるのだろう。
「竹居君、暁星さん。いよいよですね」
「そうね。朝宮サンはあまり緊張してないようね?」
「いいえ……本当は手汗びっしょりで……」
俺や暁星と違い、彼女は本番慣れしていないわけで。
緊張するなという方が無理な相談だった。
「ハンカチで小まめに吹いた方がいいかもしれないね。濡れていると予想以上に滑るから」
「はい、分かりました」
あ、これは求められてないアドバイスだと気付く。
そうじゃなくて……。
「俺と暁星で可能な限りフォローするから。もし間違えても、落ちさえしなければ、好きなところから復帰してね。大丈夫、きっとうまくいく」
「そうね。私もフォローする。朝宮サンは、練習通りのことができれば、それで十分だから」
「はい! 二人とも……ありがとうございます!」
彼女の表情に柔らかさが戻った。
これなら、きっと大丈夫だろう。
でも。
一瞬の不安が俺の頭を過る。
たくさんの人前でサックスを演奏するのは、それこそ一年ぶり以上だ。
本当に俺は演奏できるのだろうか?
案外、一番足を引っ張るのは俺なのでは……?
本番の演奏が始まったら、もう止まることは許されない。
タイミングがずれたりそもそも演奏のポイントがずれたら空中分解することだってあり得る。
その時、恥をかくのは俺を含め……全員だ。
「タクヤさぁ。あんたが一番真っ青な顔してるけど」
「ご……ごめん」
「ねえ、あれやらない? 円陣組んで気合い入れるやつ」
多分暁星が言っているのは、中学生の頃本番前でみんなでやってたヤツだ。
チーム名を言って、ファイト! とかいうやつ。
「チーム名どうする?」
「決めてなかったね。まあなくても——」
「あの、もしよろしければ……トライというのはどうでしょう? 三人ですし、努力する、やってみるという意味で……ちょっと無理があるかもしれませんが」
「へぇ。朝宮サン、いいじゃない?」
「そ、そうでしょうか……思いつきですが」
「うん、いいと思う」
他にいい案も出そうにないし、決まりだ。
「朝宮サン、こうやって腕と肩を組んで……あたしやタクヤとも組むけど、別にいいよね?」
「はい。私は……むしろ光栄です」
「タクヤ、なに照れてんのよ」
俺たちは、三人で円陣を組んだ。
う……二人とも近いな。
朝宮さんと暁星と腕はともかく、胸の辺りが微妙に触れる。
肩の辺りもめっちゃ体くっつくし。
気にしてるのは俺くらいか……と思ったけど、二人ともやや顔を赤らめているような……いないような。
二人のよい匂いがする——などと考えるとくらくら試奏だったので、気持ちを切り換える。
「じゃあ、かけ声、タクヤよろしく」
「はあ……そんな柄じゃないけど仕方ないな」
「お願いします。竹居君」
俺は息を吸い込む。
「チーム『トライ』、頑張るぞ!」
「はいっ!!」
即席の割に、気合い入った声が音楽室に響いた。
なんとなく、三人とも腕を組んで体が触れるのに照れて、早く終えたいという気持ちがあったような気がする——。
でも、このおかげで俺の心配事は、どこかに吹き飛んでしまったのだった。
俺たちはチューニングして、出だしを何回か合わせて万全の状態で、本番の舞台、校舎前のロータリーに向かった。
空は晴れているけど程々に雲があり、陽差しはそれほどキツくない。
ざわ……ざわ……。
たくさんの観客がロータリー前に集まっていた。
どうやら、校内放送でこの演奏のことを紹介したらしい。
暮羽先生……やりすぎだよこれ。
軽く百人以上はいるんじゃないのか?
「では、これより十一時から、有志によるサックスの演奏を——」
さっきまでとうって変わって、この本番に一番ワクワクしているのが俺なのかもしれない。
そういう意味では、この場を用意してくれたことに感謝をしないといけないな。
本番開始まであと十分。
俺たちは、演奏するためのお立ち台が用意された横のテントに集合した。
いわば、舞台袖で一番緊張するところだ。
集まった人達からは丸見えで、気がついた一部の生徒達が俺たちを見て指さしてきている。
「た、たけいくん……。き、きんちょ……」
朝宮さんからのSOSが発せられた。
こんなこともあろうかと。
俺は小さな十円チョコを手渡す。
本当は本番前に口に入れるようなものじゃないのだけど、あと十分もあれば、なんとかなるだろう。
「チョコ?」
「うん。本当はダメなんだけど、そこまでガチガチじゃあまずいから。とりあえず口に入れて」
朝宮さんは迷いなく、包みを剥いで口に入れた。
「美味しい……」
「一応、先生が用意してくれた水もあるから、口に残るようなら少しだけ飲んで」
「はい」
「タクヤ——またそれやってるんだ」
暁星はやや呆れ顔で言う。
気持ちを落ち着かせるトークなんて、マンガやアニメみたいにいつもできるワケじゃない。
このチョコも常に効果があるわけじゃないけど、俺は過去に救われた経験があった。
口を使う管楽器に、本番前にこんなものを食べるなんてと怒られそうだけど。
「なんだか、すごく落ち着いた気がします」
「うん。甘いものは心を落ち着けるのに効果があるみたい」
「ほんとですね……でも竹居君が用意してくれたものだからかも知れません。ありがとうございます」
いや、どこにでも売ってるチョコなんだけどね。
結局三人ともチョコを食べて……口が少々あまったるい感じになった。
「じゃあ、みんな。準備できたら台の方へ上がってスタンバイして」
暮羽先生が言った。
屋外ということで、なんとピックアップマイクまで用意されていて、それぞれ装着される。
舞台の横にはスピーカーが並べられている。
俺たちは、その言葉通り台の上に上がり、準備をする。
譜面台に、楽譜に、立ち位置に……。
全ての準備が完了して、俺は暮羽先生に目で合図を送った。
「では! これより一年有志によるサックス三重奏を行います。曲はテレビドラマにも使われて、この地方の出身バンドの曲——『I Love……』です。それでは、お楽しみください!」
暁星が合図をして、演奏が始まる。
俺たち三人の初めての本番が、ついに始まった。
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