第5話 ゴールデンウイークとお嬢様とトラブル
「そ……それは——」
「やっぱり! 見覚えがありまして……お名前も竹居君、と。もしよかったら。一緒にお写真を撮って頂くことは……」
こういうの断りづらいんだよね。
断るんだけど。
断ると、トラブルになることもあるけど、仕方ない。
「えっと、申し訳ないですが——」
「あの、すみません。竹居さん聞きたいことが」
俺と女性の間に朝宮さんが割り込んできた。
「ごめんなさい、そういう写真もお断りしててますし、呼ばれましたので」
「そ、そうですか……失礼しました」
しゅんと肩を下げて去って行く女性。
朝宮さんが声をかけてくれなければもう一押しありそうだっけど、あっさり引き下がってくれる人で良かった。
「あの、竹居さん……さっきの人……随分親しそうに見えました。お知り合いですか?」
「いや、知らない人だよ。テレビで俺を見てたみたいで」
「そうですか……すごく羨ましくて、いいなって思ってしまいました。そうなんですね!」
ぱっと顔を明るくした朝宮さん。
「朝宮さん、ありがとう」
「……いえ、困っていそうでしたので。そうそう、竹居君。これに決めようと思います! 聞いてもらえませんか?」
彼女は、金色ではあるけど、やや赤みがかかった金色のサックスを抱えていた。
「ん? そのサックスのモデル、俺のと同じだね?」
「そうなんですか? お揃いですね!」
心なしか、朝宮さんの顔が嬉しそう。
これ国産であるけど、微妙に安くはないんだよね……。
「うん。俺のはテナーだけど、同じブロンズモデルだね」
「言われてみれば、確かに竹居君の楽器も少しピンクっぽい色で……かわいい色だったような気がします」
朝宮さんが吹く音を聞いた。
鳴りも悪くない。
朝宮さん、あまり楽器を付けて練習していないはずなのに、結構しっかりしたいい音が出ている。
ブロンズは最初鳴りにくいと感じたのに。
これだけ鳴るのは、マウスピースだけの練習が結構効いているのだろうか?
あまり楽しくない地道な練習のはずなのに。一生懸命やっていることの表れだ。
朝宮さん、頑張ってるんだな。
本当に……。
俺の音なんかより、よっぽどみんなに聞いて欲しい。この、彼女の頑張りが分かる音を。
「あの……そんなに見つめられると恥ずかしいです……変なところありますか?」
「おっと、ごめん」
少し泣きそうになりながら、聞き入ってしまった。
俺は軽く周りに聞こえないようにこっそりと吹いてみたけど問題なさそうに感じる。
「いいと思う」
「竹居君がそう言うなら……これに決めます。竹居君の選定モデルです!」
「選定」
選定って。だからそれはプロが選ぶものだとあれほど……。
「それに、私もとても良いと思いました。音色が好みですし、お揃いです!」
すごく朝宮さんは嬉しそうだ。
本人が満足しているのなら、反対する理由はない。
「お支払いはいかがされますか?」
「カードで」
「はい。支払い方法は?」
「一括で」
うっ。
なんか大人っぽい感じ。
カード持ってんの……?
お年玉とか言ってたから親からのお金じゃないのだろうけど。
まあ、その辺はあまり聞かないようにしよう。
楽器は整備後、家に発送して貰う。
持ち運ぶ理由もないし、その方が安心だ。
「あの、竹居君が用意して頂いたマウスピースやリガチャですが大切にします。ほんと……本当に、大切にするから」
朝宮さんが、熱を持った手で俺の手を掴んでいる。
とても喜んでもらえたようだ。
「じゃあ、楽器も買えたし……どうしよう? まだ少し時間はあるから、道頓堀とか行ってみる?」
「はい。あらかじめ道も調べておきましたし、行きましょう!」
考えることは一緒だった。
人が多いかも知れないけど、ちょっとした観光もできそうだ。
俺たちは楽器店を出ると、スマホに表示されたルートに沿って歩き始めた。
「すごい、これの本物見るの初めてです」
「俺も!」
たこ焼きを食べたり、かにの看板が動いているのを見たり。
俺たちは、ゆっくり歩きながら見物をした。
さすがに観光客が多かったけど、二人で楽しく歩くことができた。
ときどき、すれ違う人が朝宮さんを見つめて、通り過ぎた後振り返る人までいる。
知らない人から見たら、俺たちは恋人同士に見えたりするのだろうか?
それとも、とびっきり美人の令嬢と——その下僕?
まあ、そんなことはどうでもいい。
大切なのは、朝宮さんがすごく楽しそうだって事だ。
「朝宮さん、時間まだ大丈夫?」
「はい、そろそろですかね」
俺たちは一通り楽しみ、帰路につくため高速バスが待つバスターミナルに向かった。
そこに辿り着く頃には日が暮れて、真っ暗になっていた。
しかし……。
俺達はバスターミナルに着いた。
出発まで待合室で待とうと思ったけど、何か様子がおかしい……ような気がした。
ちょっとだけ嫌な予感がする。
「どうしましたか?」
「朝宮さん、帰りの便の出発って……いつ?」
「えっと……18:30ですね。あっ」
時間を確認すると、18:25だった。
うぉっ。
急ごう。
「朝宮さん、走ろう!」
俺は当たり前のように朝宮さんと手を繫ぎ、彼女を引っ張るようにして走った。
全席指定なので、多少遅れても待ってくれている可能性もある。
「あの……最終のバスに乗りたいのですが?」
「申し訳ありません。お客様。実は——」
受付の人が申し訳なさそうに説明を始める。
この時点で、日帰りすることは不可能な事態になっていた。
え……朝宮さんと……泊まり?
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