第3話 ゴールデンウイークとお嬢様と寝息
「もう大丈夫です。ありがとうございます。竹居君」
「うん。落ち着いたみたいだね」
「はい。手汗、すごいですよね……ハンカチを……」
そういってバッグからハンカチを取り出そうとする朝宮さん。
「いや、大丈夫。もう乾いたよ」
「え? 本当ですか?」
本当だった。
それに、もともとそれほど濡れていたというわけでもない。
朝宮さんが気にしすぎだ。
「うん。さっきの人達、もう追って来ないかな?」
「多分、大丈夫だと思います。それほどヒマじゃないので……駅で押さえるしかなかったはず。あとは夕凪さんがうまくやってくれるはず」
「そっか。よかった」
「あっ、あの……バタバタしてしまって、ごめんなさい」
「いいよ。なんか楽しかったし」
俺がそう言うと、朝宮さんがにこっと笑った。
「……はい! とてもドキドキしたけど、楽しかった……です」
少しはしゃいだのが恥ずかしいのか、少し俯きつつも朝宮さんは笑っていた。
無理して大阪に行くことも無いと思ったけど、この笑顔が見れたのなら十分だ。
バスは高速道路に乗り軽快に走っていく。
大きな山が左手に見えた。
青い空に緑色の景色はとても綺麗だ。
さて。
高速バスの中で二人で三時間。
俺にその間を保たせられるだろうか? 朝宮さんが退屈しないだろうか?
窓の景色に釘付けになっている朝宮さんを横に見ながら少し心配になってきた頃。
「竹居君はどんな音楽を聞きますか?」
朝宮さんがふとそんなことを聞いてきた。
「うーん、クラシックとか……サックスの関係とか。アンサンブルグループの」
「アンサンブル? 数人でやる音楽ですか?」
「うん。サックスだと四重奏が多いけど、特に好きなアルバムがあって……聞いてみる?」
丁度スマホに入れていたので、聞いて貰おうとイヤホンを渡そうとすると、
「片側だけで大丈夫ですよ」
朝宮さんはそう言って、一方を突き返してきた。
俺は深く考えず、片側にイヤホンを付ける。
朝宮さんも同じようにした。
「じゃあ、いくよ」
スマホを操作して、曲を流し始める。
最初は、ソプラノサックス五本というすごい編成の、華麗ながら静かな響きがする短い曲。
あれ? なんかイヤホンを半分ずつって、なんだか恋人同士っぽいな。
意識するとなんだか恥ずかしい。
他にも人がいるというのに。
「わぁ……すごいです」
このアルバムは少し古いけど、日本でもトップレベルの演奏家のものだ。
とあるカルテットのグループにもう一人が加わって収録された……俺にとっての最高傑作のサックス五重奏。
朝宮さんは身体を揺らして音楽を感じてくれている。
時々、肩が触れるけど、彼女は気にしない……というか気付いていない。
肩が触れるたびに俺は心臓がバクバクするんですが……俺だけ……?
朝宮さんはまったく普通に音楽を楽しんでいる様子。
まあ、楽しそうだからいいや……。
「これ、いいですね。どこで売ってますか?」
「絶盤でCDは手に入らないけど中古かオンラインなら……ちょっと探してみるよ」
「はい! ありがとうございます」
同じものを気に入ってもらえるって嬉しいものだ。
まあ、普通だったら、JーPOPのアーティストとかがいいのかもしれないけど。
俺はよく分からないんだよね。
その後も、組曲や映画音楽、ジャズのスタンダード、オリジナル曲など多彩なレパートリーが続く。
いつの間にか、朝宮さんは目をつぶって音楽に聴き入っている。
そっか……。時間を持て余すなんて心配する必要は無かったな。
……。
かくん。
俺の肩に、朝宮さんの顔が触れた。
今までは肩だったのだけど。
そう思って見ると、彼女は目をつぶっているのではなくて寝てしまったようだ。
バスの揺れに合わせて、今度は前に首が倒れた。
起きたかな? と思ったけど、再び俺の肩に顔を寄せてくる。
んん? と思って彼女の方を見ると、すぅすぅ、と静かな寝息を立てていた。
寝ちゃった。
まあ、もう中国山地に入って代わり映えのしない景色になったし、適度な揺れがあるし。
緊張の糸が解けたのもあるだろう。
そういえば姉さんが言っていた言葉を思い出す。
「もし朝宮ちゃんがバスの中で寝ちゃった時のため、いつでも上着を掛けてあげられるようにしておくように」
……。
姉さんは超絶エスパーか、はたまた神か。
バス車内は、ガンガンにエアコンが効いている。
朝宮さんは薄着だし、身体が冷えてしまうかもしれない。
言われたとおりに準備をしておいたので、朝宮さんに俺の上着を掛けてあげることに成功した。
荷物になるから嫌だったんだけど、持ってきて良かった。
俺は音楽の音量を少し下げた。
バスの中もいつの間にか静かになってきている。
同じように皆寝始めたのだろう。
しかし……俺は非常にレアな朝宮さんの寝顔というものを目の前にしているため、ギンギンに目が冴えてしまったのだった。
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