81:宝塚記念後のトッコさん
雨の日のレースが終わって、馬運車に運ばれて美浦トレーニングセンターに漸く帰ってこれました。無事に勝てたみたいだから良いのですが、途中からあんまり記憶がないのですけどね!
でも、みんな傘をさしての表彰式でしたから、もしかしたら私もヒヨリのように雨の芝を克服したのかもしれません! 今度ヒヨリに会ったら自慢してやらなければなりませんね!
それで、私が美浦トレーニングセンターで何をしているのかというと・・・・・・静養なのでした。
翌日からもう思いっきり全身が筋肉痛です。久しぶりに此処までの筋肉痛を味わいました。
寝返りすらうてないくらいに痛いので、大人しく馬房で眠っているんです。前にあった右後ろ脚もまたちょっと痛いんですよね。前ほどじゃないですけど体重を掛けるとズキッと痛むのです。
でもね、お馬さんって結構細い足なので、変に1本の脚を庇うと他の脚も傷めたりする事があるそうなので、私は出来るだけ柔らかい寝藁で寝転がっています。この方が脚に負担無いですからね。
「う~ん、今週は様子を見て、来週くらいに北川牧場へ送る感じになるか。馬運車での移動も負担があるからな」
「しかし、大きな怪我が無くて良かったですよ。最近は丈夫になって来ていたので前ほどには疲労はなかったんですが、今回は結構ダメージが大きかったですね」
「そうだな、コズミで済んで良かったと言うべきだろう。結構無茶なレースになったからな」
「超ロングスパートですからね。いやぁ、あれは凄かったですね」
顔を見合わせ苦笑を浮かべる二人ではあるが、それでも心配だけではなく、宝塚記念を勝てた嬉しさもあった。
「ブヒヒヒン」(来週に北川牧場に行けるの? 早く帰りたい)
私は二人の会話を聞いていて、頭を持ち上げて二人に尋ねます。
そろそろ北川牧場に帰れるのかな? そう思っても中々帰れない事が多いのですが、調教師のおじさんが言うのだから間違いはない? できれば去年みたいにゆっくりとしたいのです。
「ブヒヒヒヒヒン」(桜花ちゃんいるかな? 大学生だからいないかな?)
「ん? お、べレディー少しは元気になってきたか?」
「食事してくれると良いのですが。リンゴを少し食べさせてみますか」
「そうだな、そこにダンボールで置いてあったな。2個くらい持ってきてくれ」
何か疲れがドーンとあって、食事をする気分はまだなんですよ? 食欲って体調にここまで左右されるんだってお馬さんになってから思い知りました。
「午後からまたコズミの緩和で獣医さんが来て注射してくれるからな。早く元気になるんだぞ」
調教師のおじさんがそう言ってくれるんですが、注射嫌いよ? あんまり痛覚が鋭くないから目をつぶっていると気付かないうちに注射が終わってます。だからいつも注射を打たれるときは目を瞑るのですが、それでも怖いものは怖いのですよね。
「ほら、べレディーが食べやすいように切ってきたぞ」
私が寝転んだ体勢でいるため、調教助手の人が慎重に近づいてきて私にリンゴを差し出してくれます。
寝転んだ状態のお馬さんには注意しないとらしいです。寝返りとかした時に誤って圧し掛かられたら私でも500kgくらいあります。それで注意しないと危険なんだそうです。
「プヒン」(うう、食欲ないよ~)
そう言いながらも差し出されたリンゴをお口に入れてシャリシャリと齧ります。
「そういえば、来週の帰郷時にベレディーと一緒にサクラフィナーレも同乗して北川牧場へ行くことになったからな」
ん? サクラフィナーレって一番下の妹でしたよね? まだデビュー前なのにもう放牧なのですか?
「ブルルルン」(フィナーレちゃんは怪我でもしたの?)
「まあべレディーは大丈夫だろうが、フィナーレは少し臆病らしい。後は晩成っぽい」
「あっちへ帰るとサクラヒヨリもいるし、恐らく大変ですね」
私と上手く会話が成り立たないんですが、そんな中で何か慌てた様子で調教師のおじさんのところに時々調教の時にわたしに騎乗するおじさんがやって来ました。
「馬見先生、今連絡があったんですが、大南辺さんからミナミベレディーの北川牧場への移動を少し遅らせてほしいとのことです。場合によっては中止にするかもと」
「はぁ? どういう事です?」
「ブヒヒヒン!」(え? 帰郷できないの?)
調教師のおじさんと、私が驚きの声をあげます。
「はい、北川牧場に訪問依頼とか、見学希望とか、色々な問い合わせが多くて混乱しているみたいです」
何か不穏な言葉が私の馬房に響き渡りました。
◆◆◆
「録音機能付の電話にしたはいいが、録音聞くのに時間がかかりすぎる」
確かにおかしな電話は減ったのかもしれない。ただ、それ以上に様々な問い合わせが増え、日中に掛かってきた電話の録音内容を確認するのに思わぬ時間をとられてしまっていた。
「あなた、これだったら日中は録音せず放置のほうが良いわね」
「そうだなぁ」
録音で内容を聞いてしまえば、逆に此方から何らかの対応をせざる得ない。この為に余計に時間が取られてしまう結果になっていた。
「必要な人には携帯番号を教えることにするか。お前と私で系統を分ければ何とかなるか?」
「そうねぇ、ならなくてもそうするしかないわね。あと、とも君とチカちゃんだけではちょっと厳しいかしら? 桜花がいない分どうしても日中の作業が厳しいわね」
「う~む、しかし余裕がなぁ」
実際にGⅠ馬が2頭も誕生したお陰で奨励金などが入っている。ただ、人を一人雇うだけで200万~300万円近いお金がかかるのだ。そう簡単に決めることが出来ない。
「今の間だけ一時的にアルバイトを頼むか。ほら、小沢のおばさんなら日中はお願いできるだろう」
比較的近くに住んでいる女性で、いくつもの牧場で臨時雇いをしていた女性だ。今も峰尾や恵美子が出かける際に1日などの日雇いで手伝ってくれている。
「ヒヨリの運動ももう少しさせないとだな。夜間放牧でそこそこ運動にはなっているが、トッコのように丸々してきたら目も当てれないからな」
「そのトッコですけど、来週には帰郷予定よね? 今の状態ではちょっと不安よ?」
何といってもトッコ目当ての電話や訪問が多い状況だ。万が一ということもある。
「むぅ、今年の帰郷は断るか? ただ、この土壇場では馬見調教師達にもご迷惑だろう」
「ええ、それで、先日お話してた十勝川さんの所で放牧させてみては」
「サクラヒヨリも一緒にか?」
「ええ、桜川さんにもご相談してみない?」
実際のところ、十勝川ファームの施設は北川牧場に比べ遙かに充実している。近年は競走馬を生産牧場へと長期放牧へと出すケースは減ってきており、短期放牧を繰り返し調教を行う厩舎が増えてきていた。
また、生産牧場としても育成牧場に近い施設を擁する牧場も生まれてきており、十勝川ファームも同様であった。
しかし、この恵美子の思いは残念ながら大南辺、桜川、馬見調教師、武藤調教師によって却下される。
代わりに大南辺と桜川によって費用負担されて追加で3名もの人員が派遣されることとなった。その内訳は大南辺が2名、桜川が1名であった。
◆◆◆
「いやあ、危なかったな。放牧させるミナミベレディーと一緒の放牧はいいが、さすがに十勝川ファームでは拙い」
武藤調教師としては、まずはサクラフィナーレがミナミベレディーと一緒になることでの成長促進を願っていた。しかし、北川牧場であればともかく、十勝川ファームであれば流石に色々と遠慮せねばならなくなるし、あわせて奇異の視線を受けかねない。
「まさかミナミベレディーの調教を受けさせたいとは言えませんからね」
「わざわざその為に一緒に北川牧場に帰郷させるんだ、それが無に帰したら意味がないからなあ」
若干情けなさそうな表情の武藤調教師であるが、実際に自身の発言を情けなく思っているのだろう。
「まあ桜川さんもすぐに了解してくれたし、大南辺氏も了承してくれたからな。ただ俺達もだが、牧場も大変だな。まさか自牧場の将来の繁殖牝馬を売れと言ってくるとはな。北川牧場だとミナミベレディーがいなくなれば破産もありうるぞ?」
「流石にそれはないんじゃないですかね? 一応サクラヒヨリもGⅠ馬ですから」
「だがなぁ、普通にサクラヒヨリが生んだ馬でGⅠ勝てそうか? 幼駒の頃からミナミベレディーが調教していたなら重賞くらいなら楽に勝てる馬になりそうな気がするぞ?」
「・・・・・・否定できませんね」
「だろ? ならミナミベレディーは北川牧場の生命線だ」
武藤調教師は何となくこの先々が心配になり、桜川に再度忠告をするのだった。
大幅に遅れて申し訳ありませんm(_ _)m
昨日、コロナの2回目ワクチンを接種したのですが、お昼頃から熱が上がってきてお薬飲んだら先ほどまで爆睡してました><
昨日は思うように時間がとれず、今日もお休みだからと書きかけで止まってたのです・・・・・・。
ということで、慌てて最後まで書き上げて投稿です!




