106:姪っ子ちゃんとトッコと鈴村騎手
栗東トレーニングセンターにある太田厩舎では、サクラヒヨリの牝馬2冠達成、ミナミベレディーの天皇賞春秋制覇、そしてなにより調教が遅れていると聞いていたサクラフィナーレの新馬戦勝利を受けて、焦りを感じていた。
「プリンセスミカミの様子はどうだ?」
「先日の紫菊賞での疲労が出ていますので、11月末以降になるかと」
太田調教師は、調教助手の言葉に思わず顔を顰める。
プリンセスミカミは7月の新馬戦に出走するも2着と惜しくも勝利を得る事は出来なかった。しかし、その動きは決して悪くはなく、太田厩舎の面々もそこまで悲観する事は無かった。
ただ、問題はレース後に発生した。レースを終えて厩舎に戻ったプリンセスミカミは、コズミが酷く回復するのに2週間近く掛かった。その為、未勝利戦へ出走出来たのは8月も終わろうかという時期であった。
その8月に行われた未勝利戦に出走し、出走馬が全7頭という事も有り無事に勝利を収め、これからと思った先でやはりレース後に調子を崩し、先日漸く3戦目となる2歳1勝馬を対象とした紫菊賞へと出走、先行するも最後の直線で差され4着に終わった。
「刑部騎手からはまだ成長途中でムラがあるとの事でしたが」
「まあ、確かに昨年のサクラヒヨリも今頃は苦戦していたな」
とりあえず1勝出来ている故の安心感はあるが、どうにも馬自体に幼さがある。レースにおいても周囲の変化に弱く気後れする。そして、競り合いになるとどうしても引いてしまう所がある。
「3歳になって開花していますから、サクラヒヨリも2歳で2勝出来ていたのは上出来かと」
「判っているんだが、どうしてもなあ。調教時は走るんだがな」
太田調教師が今後のレースを悩んでいると、調教助手が何か言おうか言うまいかといった表情をしている事に気が付いた。
「なんだ? 何かあるのか?」
「はあ、実は磯貝厩舎に同期が居るんですが、その同期がサクラヒヨリが強くなったのはミナミベレディーと一緒に放牧したからだと。あと、磯貝調教師がミナミベレディーの嘶きが入った音源を欲しがっているって言ってまして。まあ酒の席での話ですが」
「そりゃあ、担がれたんだろう。まあ笑い話などには良いが、特定の馬と放牧して強くなれるんだったら苦労はしないぞ? ましてや、馬の嘶きなぁ。まあ武藤調教師の奇行は有名だが」
ここ最近では例のGⅢなら獲れるだろうの他に、武藤調教師の馬の嘶きを再生させる奇行も当たり前に話題になっている。ただ、それで実績を出している為に、一部の調教師が効果があるのかの検証を大学に頼んだとか本当かどうか分からないが噂になっていた。
「美浦の調教師は、独創的な発想をする者が多いな。だがな、競馬は地道に調教するしか無いんだ。何かに頼って勝てるなんぞない。まあ、運の要素も強い、言葉の通じない馬が相手ではレース前に如何にリラックスさせるか、そう言った意味で試行錯誤をするのは悪い事ではないし、その努力は認めるがな」
実際に馬にクラシック音楽を聞かせるなどの逸話には実は事欠かないのが競馬の世界だった。誰もが勝つためにある意味努力を惜しまない。
「さて、プリンセスミカミの次走はどうするかだな。白菊賞だと調教が間に合わんかなぁ」
太田調教師は、改めて次走のスケジュールを考えるのだった。
◆◆◆
武藤厩舎では今週末に行われるエリザベス女王杯へ向けてサクラヒヨリの調教に余念がない。
秋華賞をそれ程無理なく勝利したサクラヒヨリは、エリザベス女王杯へ向けて好調な状態を維持している。体調面のみを語るならだが。
「そうか、ミナミベレディーは今日戻って来てくれるか。これで何とかなるな」
先週末、天皇賞へと出発したミナミベレディーは、レース後に体調を大きく崩した為にそのまま福島の競走馬リハビリセンターへと向かってしまった。
この為、日を追ってサクラヒヨリのご機嫌は下降線をたどり、ベレディーの嘶きを聞かせていても調教時もキョロキョロとミナミベレディーを探すような挙動をする。
「フィナーレと一緒に調教できればまた違うのかもしれませんが、引綱運動だけではミナミベレディーに会えない不満を解消できないようです」
「それでも、フィナーレが引き運動出来るまで回復してくれて助かったな。放牧での調教が功を奏したか?」
そう言いながらも、武藤調教師は放牧での調教という言葉に思わず苦笑を浮かべる。
「フィナーレの次走もどうするか、12月の葉牡丹賞で考えているがどう思う?」
「中山ですし、遠征は無いので良いのではないでしょうか? 阪神にしろ中京にしろ単独の遠征ではちょっと心配です。精神面ではまだ幼いですから」
前走においても、移動がミナミベレディーと一緒だったというのは大きい。馬運車で移動中のサクラフィナーレはミナミベレディーが真横にいた為に、緊張とは無縁で移動する事が出来た。
「毎回、ミナミベレディーやサクラヒヨリと同じ開催日を選ぶわけにはいかないだろう。それに、常にどちらかと一緒だから精神面で幼いのかもしれん」
「まあ、有り得ない話ではありませんね。親離れ出来ていないってやつですかね。ただ、フィナーレほどじゃないですが、ヒヨリもそんな感じですね」
「そうだな、何にせよミナミベレディーが戻って来てくれる。今日の午後の調教はミナミベレディーと引き運動だ。鈴村騎手も午後から調教をつけに来る、軽めに流してその後だな」
明日の夜にはエリザベス女王杯へ向けて出発するサクラヒヨリだが、どうやら今日と明日はミナミベレディーと会わせられる事にホッとする武藤調教師だった。
◆◆◆
香織はここ数日の状況に非常に困惑していた。
女性騎手で初のGⅠ勝利から始まって、桜花賞を2年続けて勝利、春の天皇賞、宝塚記念、秋華賞、そして止めの秋の天皇賞と女性騎手とは思えない記録を更新し続けている。今後、この記録を超える女性騎手は出ないのではないかとまで言われ、海外からも注目を浴びるなど自身を取り巻く状況は刻々と変化していった。
「テレビ番組なんて出ても何を話していいのか判らないよ」
そもそも、テレビで顔を売る事など考えてもいない香織にとって、競馬に集中できない今の状況は非常にイライラとするものだった。それ故に、可能な限り美浦トレーニングセンターへと足を運ぶのだが、今回は各メディアがそれでも追いかけて来る。
「今は目の前のエリザベス女王杯! 何と言ってもタンポポチャがいるから油断できない」
3歳牝馬で2冠を達成したサクラヒヨリといえど、香織の感じではタンポポチャと比較すると厳しいと言うのが本音だった。
「今日ベレディーが帰って来るって聞いてたし、もう戻っているかな? 大丈夫かな? 元気になってくれてるかな」
レース後のベレディーは今まで以上に消耗という言葉が当てはまる程に力が感じられなかった。
表彰式の時には桜花ちゃんが居たからか元気に見えたベレディーだったが、厩舎に戻った途端に倒れ込むかのように横になった。その後は、食事もあまり摂らずに眠って回復を図っているように見えた。
香織が満を持してミナミベレディーの馬房へと向かうと、飼葉桶に顔を突っ込んで食事をしている姿が見える。
「ベレディー、どう? 元気になった?」
ベレディーに声を掛け近寄ると、ベレディーが飼葉桶から顔を上げる。
「ブフフフン」(鈴村さんお久しぶり?)
そこには、今までの心配が何だったのかと思うほどに、のんびりとした何時ものミナミベレディーの姿があった。
「よかった、ベレディー、よかった」
大きな怪我は無いとは聞かされていても、あの疲れ切った様子で横たわるベレディーの姿は衝撃的だった。いつもピスピスと横になって寝息を立てて眠っているベレディーとは明らかに違った。
それが、今は前のように元気な様子のベレディーが目の前にいる。
「ブルルルルルン」(あのね、私思ったの。もう天皇賞は走るの嫌よ?)
「うんうん、元気になって良かったね」
「ブフフフン」(違うの! 天皇賞は縁起が悪いの)
「うん、ベレディーは良い子だね」
この後も香織はベレディーと会話をしながら、その鼻先を撫で、首をトントンとしてあげるのだった。
「ブヒヒヒヒン」(うう、天皇賞はやっぱり病気になる!)
姪っ子ちゃんの近況を入れてみました。
牧場ではトッコと一緒に駆けまわっていたので、調教師から見ても悪くは無い馬体なんですよね。
ただ、その後の調教の有無がフィナーレと姪っ子ちゃんで明暗が分かれちゃいそう。
そこで、じわじわと広がるトッコの音声媒体の噂がw
そっか、ヒロインの温泉サービスシーンだったのでした!
勿体ない事をしてしまったかも?
今度トッコとヒヨリとタンポポチャんでキャッキャウフフと・・・・・・ないですね・・・・・・
そもそも、このメンバーだと温泉すら凍りそう?
「うふふふふ」「ほほほほほ」「・・・・・・」
誰がどうとは言いませんがw




