第39話 ブラウニー・ハウスキーパー
今では懐かしいカウウェルの屋敷は紆余曲折あって俺の、というか『ブラック・ナイトハルト』のものとなった。
あの事件以降、徹底的な調査がなされてからは買い手もつかず、放置された屋敷はどことなく埃っぽく、明かりがない為か薄暗い。
しかし、家具などは殆どがそのままにしてあり、ちょっと片付ければ確かに住むことは可能だった。
「内装だけは立派だなぁ、ここ。ついでに隠し地下室も」
なんだかんだと金持ちの屋敷はいいところだ。
まぁ、俺は住めないんだが。
屋敷にいるのは俺とユキノだけだ。アムとポーラは留守番、というかぞろぞろと俺たち四人でカウウェルの屋敷にやってきちゃ不審に思われる。それに、ポーラにとっては気分のよいところではない。
あと俺とユキノであれば他人にバレずにこの屋敷に向かうことができる。
「ところで、ご主人様。この頂いた鎧は、どうお使いになるのですか?」
屋敷の応接間にとりあえずのような形で置かれた黒騎士の鎧。
ユキノはその鎧と俺を見比べながら言った。
まず、この鎧はかつての英雄ブラック・ナイトハルトが使っていたものだ。
そのブラックの正体はオークだった。そしてオークはおおむねでかい。
つまり、この鎧はでかい。
はっきりと言おう。着れないのである。
「どうと言ってもな。使えんことはないぞ?」
俺はそう言いながら、右手を軽く上げる。
すると、鎧はカタカタと揺れながらも、ゆっくりと立ち上がる動作をした。
「糸、ですか?」
おっと、さすがはユキノだ。このカラクリを一発で見抜いたか。
これは巻物に記されていた忍法の一つだ。
その名も忍法・糸走り。糸や髪の毛などを使って人形などを操るもので、このように空っぽの鎧も自在に操ることができる。
「ただし……」
俺が伸びた糸をわざと切ると鎧は崩れていく。この忍法のわかりやすい弱点はそこだ。糸はなんでもいいが、結局それが切られたりするとこのようなことになる。
さらに言えば遠くから遠隔操作もできない為、使いどころは随分と狭く、限られているのだ。
「あとは、土くれの分身や式神を使うことも考えたが……こいつらは衝撃に弱いからな」
その他の忍法もそれぞれに弱点がある。一応、この中で忍法・土蜘蛛や土蛇を応用した方法もあるにはある。こちらは神通力を送り込むことでその強度を増し、そう簡単には崩れないように補強することもできた。
だが、やはり永続的な使用は難しい。いざという時には可能だが、常日頃は疲れるだけだ。
「うーん、となると残る方法はちょっと力技だが……」
俺は再び糸走りで鎧を立たせると、その鎧を装着してみる。
もともとが二メートル以上の、しかも筋骨隆々の大男が来ていた鎧である。しかもフル装備。当たり前の話で、俺の体じゃぶかぶかだ。サイズが合わないのだから。
だが、その内部から糸走りを使えばどうなるか。
この忍法の弱点は糸が切られること。ただし、糸さえ無事ならば俺と同じような動きを取らせることができる。それに鎧内部にいれば糸が切れる心配は低くなる。
もともと、巨大な鎧だ。着込むというか乗り込むという感じに似ている
「ふむ、いけるな」
内部からの操縦という方法は意外にも問題なく終えることができた。
自分でもちょっと驚きの発見だが、理屈としては簡単な話なのである。
「しかし、どうしても隙間は目立ちますね」
「ま、そこはおいおい、解決するとしてだ」
自由に動かせることが分かっただけでも大きな収穫だ。鎧そのものの隙間はどうとでもなる。
しかし、なんだ。巨大な鎧の中から小さい奴が出てくるっていうのはなかなか意表がつける感じだな。
それにこの鎧、ただでかいだけじゃない。ユキノが言うには何種類かの加護がかけられているとか。それこそあのバイコーンが放った電撃魔法すらも耐えられるぐらいの障壁が常時展開されているようなレベルなのだと。
「なんにしてもだ。『ブラック・ナイトハルト』としての依頼がこない限りはこいつを使うことはないだろう。裏の仕事だって、別にこれをつけなきゃならんわけでもないからな」
鎧を脱ぎ、一応影隠の中へとしまい込む。
ところでこの鎧の維持費っていくらぐらいするんだろうか。ブラック本人は「ほっといても壊れはしない」とか言ってたが……深くは考えないようにするか。
「さて、鎧はさておき……ブラックの言っていたお手伝いさんがもうそろそろ到着する頃だと思うが……」
屋敷の管理を代行してくれるお手伝いさん。
確かハウスキーパーとか言っていたか。なんでも長い付き合いで、信頼できる者をよこしてくれると言っていた。
ところでハウスキーパーってなんだ?
「ハウスキーパーとは簡単にいってしまえば家政婦長です。女性の使用人の中では最上位の立場となる者を指して使う言葉だったかと。となると、やってくるのは女性ということですが」
「へぇ、なんにせよ屋敷の管理とバイコーンの世話も頼むことになりそうだし、挨拶はしておかないとな」
「ごめーんくださーい!」
とかなんとか言っているうちに、屋敷の外から元気すぎる子供の声が聞こえてきた。
「どうやら来たようだな」
俺たちは恐らくやってきたであろうハウスキーパーを出迎えるべく移動した。
ふむ、しかしおかしいな。あのドア、一応ドアノッカーが付いていたはずだが。ちなみにデザインはライオンの形をしたあれだ。金持ちってそういうの好きだよねぇ。
「こんばんわ! ブラック・ナイトハルト様のお屋敷でよろしいでしょうか!」
それにしても随分と幼い声のように聞こえるが? まさか本当に子どもなのか?
とにかく俺はドアを開く。
俺の視界には夜の景色が広がるだけだった。
「む?」
気配を感じて視線を下げると、そこには俺の膝ぐらいの大きさの小さな少女がにっこり笑顔で立っていた。赤い頭巾に赤いポンチョを羽織った小人といえばいいのだろうか。三つ編みにした茶髪がなんとも愛らしい。
その少女を先頭に、同じような姿をした少女たちがざっと三十人ほど並んでいる。全員、箒を構え、バスケットを抱えていた。
「えと、君たちは……」
「はい! ストランザー様よりこのお屋敷の管理を申し付けられました。ブラウニー家政婦所のメイロンと申します!」
「あぁ、よろしく。俺は城戸音羽だ」
ストランザーとはブラックが今名乗っている名だ。
そしてブラウニーといえば結構有名な屋敷妖精の事ではなかったか?
家主のいない間に家事の一切を代行するささやかな妖精。確かに屋敷の管理代行にはぴったりだ。
「ふむふむ。ではあなたが二代目黒騎士様ですねぇ?」
その中でリーダー格と思われるメイロンは腕を組んで、小さな体と胸を張っていた。
ちなみに黒騎士というのそのまますぎる名はブラック・ナイトハルトの異名だ。そして、俺が二代目(不本意だが)というのを知っているということは、彼女はブラックの密接な関係者ということでいいのだろうか。
ブラックは長い付き合いといっていたが、それはつまり、メイロンも見た目通りの年齢ではないということなのだろう。
「御恩あるブラック様のどうしてもという頼みですので! お任せください、このお屋敷の管理は我々が責任をもって成し遂げますとも!」
「あぁ、頼む。ありがたいよ」
俺はしゃがんでできるだけ彼女たちに視線を合わせる。
メイロンたちは見た目は小人で年端もいかぬ子どものように天真爛漫だった。
話すたびにばたばたと手を振ったり、大きな目を何度も瞬きしたり、そのしぐさもどこか子供染みていた。
「それと、屋敷だけじゃなくて」
「承っております! バイコーン様のお世話でございますね? 立派なお方だとお見受けしました!」
あのバイコーンは既に屋敷の庭に放ってある。というか、この屋敷を含めた土地一帯が俺のもの。言ってしまえばあのバイコーンの土地でもある。というか、俺がいない分、あいつがこの土地の主にならないか?
「何かと込み入った事情がおありだと思いますが、いずれ胸を張ってこのお屋敷で暮らせるようになるその日まで、かならずお屋敷はお守りしますとも! ですが!」
「ですが?」
「お給金はきちんと頂きますからね?」
……そ、そりゃそうだよな。
「ぜ、善処する」
「はい! お願いしますね!」
あれ?
出費、増えてない?
「では、このメイロン以下ブラウニー家政婦一同、誠心誠意込めてお世話致します!」




