32話-(1) イモータルの魔女
「はぁッ!」
短くも力が凝縮している声で、赤瀬川は左手の一刀を先輩の後方へ投げた――?
その刀は縦に螺旋して水月を封じ込んでいた魔法陣を地面ごと切り裂く!
「しまっ――」
俺にとってそれがどういう意味かは解らないが、桜夜先輩は畏縮したように横目で後方を見る。
まさか桜夜先輩が劣位に回ったのか……?
「どこを見ているの?」
余所見はさせないっとばかりに赤瀬川は剣戟を重ねる。
そして――魔法陣に傷が入った術は無力となり、水月が動き始めた――!
「よくもぉ……!」
動けなかった立腹を晴らすよう、その長い刃身を横薙ぎにし背中を向けている先輩へ突進する――!
「くぅ……」
桜夜先輩は状況を理解した瞬間、らしくない苦悶な表情が漏れていた……。
背後には水月。前方では赤瀬川の容赦ない剣戟が襲い掛かる中、それを受け止めるしかできない……。
まさに挟み撃ちだ……!
「もらったっ!」
確信を持った声が木霊する頃には既に全体重の力をその長刀へ込めていた。
至近距離から全速力で突進しつつ、その勢いをすべて剣に乗せる――!
「――――ぐッ!!!」
九死の一撃のはずだった。なのに桜夜先輩はまるでそれを受け止めたかのような声を漏らす。
「あ、あれ……?」
想像とは違う感触だったのだろうか。水月は目の前の光景に目を丸くしている。
な、なにがあったんだ? 状況が理解出来ない俺は桜夜先輩を凝視する。
「――ッ!?」
第三者の俺まで驚愕の声を上げてしまった。
突きを入れたその長刀は――まるで吸い込まれるよう雷切の鞘に収まっている――!
「はぁ――ッ!!!」
桜夜先輩は右手の雷切で赤瀬川の刀を受け止めながら宙で反転し、半ば踵落としのような格好でその鞘を叩きつける。
長刀が故に刃身全ては収納できなかった刀は踵落としの力に耐え切れず、真っ二つに折れた――!
これも瞬時に見極めた業だとでもいうのが……。
最大の危機をも反撃に変え、相手の刀まで折ってしまう光景に俺は興奮にも似た感動を覚えた。
「……?」
水月はまだ状況を解せられなく、ただ呆然と半分になってしまった己の長刀を見つめていた。
「水月っ! 私のを使え!」
赤瀬川が鍔迫り合いで桜夜先輩の動きを封じると、魔法陣に向かって眼光を飛ばす。
そこには魔法陣を壊す為に投げていた赤瀬川の刀があった。
「……わ、わかった!」
彼女の声でようやく正気を取り戻した水月は半分になった長刀を投げ捨て、俊敏に魔法陣のあった方へと駆けだす。
その時間で十分だった。
「桜剣――雲隠れッ!」
鍔迫り合いの中、突如、桜夜先輩は身を反転させ生み出した発条の力で地面を蹴った――!
これは先もみせたあの技だ……!
「工夫もないことを……!」
衝撃派と土砂が舞い、二人の姿はまるで見えなくなる。
遠くにいる俺たちでさえ目を開けていると砂煙が入ってしまいそうだ。
「どこだっ」
赤瀬川は土砂の舞いを浴びることなく横跳びに回避し、桜夜先輩を探すために右往左往する。
が、その姿はない――
「まさか上っ!?」
彼女と同時に俺も宵闇の空を見上げると――目にはありえない光景がと飛び込んできた。
――空全体を覆い隠すような魔法陣。
その異様な光景に死を示唆する本能的な戦慄が身体を襲うと、ただただ呆然として空を眺めていた。
あ、あんなもの桜夜先輩が創るはずがない……ならあれはなんだ……?
「――ッ!?」
天空の圧倒的な存在の前に、赤瀬川までもが一瞬ながら戦意を損失し、俺と変わらずただ呆然と空を眺めていた。
「な、なんだあれは……?」
赤瀬川の予想通り、上空から舞い降りて来た桜夜先輩までもが攻撃を忘れ、着地と同時に空を仰ぎ見ていた。
誰もが蒼褪める光景。それを確信する。
「ふふふ……。はーっはっはっはっはっはっ!」
魔女のように高笑いをする声が何処ともなく聞こえてくる。
まるでこの空をスピーカーにでもしているかのようだ。
「――うわぁッ!?」
その高笑いに応えるよう、突如地面が震え地割れが走り始めた……。
なんだ……なにが起ころうとしているんだ……?
「きゃぁッ!?」
「大丈夫か美唯ッ!? 掴まれ!」
俺は美唯と月守さんの手を掴むと、転倒してしまわないように膝を屈する。
誰なんだ……いったいどこにいるんだ……。
解らない。周りを見渡そうにも地面が震えて身動きすらとれない。
「この程度の弱卒に何を持て余しているの? 弱いのなら纏めて死になさいな」
ぞっとするような魔女の声がまた空から聞こえる。
が、今度はそれを合図にするよう地の揺れがおさまった。
まるでこの世界を操っているよう……。
「う、上かッ!?」
桜夜先輩が叫声をあげると、同時に全員が慌てて空を見上げた。
――空を覆う程の魔法陣を背景にし、遥か上空に浮遊している一人の少女。
間違いない。彼女が声の正体だ。
「カーテンコールの時間よ?」
脳に響くような、ぞっとする声で笑みを浮かべている魔女。
その途端、広大な魔法陣は妖しく光だし、そこから無数の光の弾丸が放たれる――!
無差別に放たれる光の弾丸は俺たちだけではなく、武装高の生徒達にも降り注いでいた。
「な、なんなんだアイツは……!」
降り注ぐ弾丸は雨のように降り注ぎ、回避ポイントも見つからない……。
だから俺は、あの魔法陣と同じぐらいの結界を創り、無数の弾丸を全て弾き飛ばす――!
自分でも確信はなかったが、この結界はかなりの広範囲でも発動が可能らしい。
だが、雨を受け止める傘のように、絶え間なく降り注いでいく……。
「くぅ……」
胸に棘が刺さるような痛みが走った……。
左目には何度か痛んだことはあったが、胸が痛むのは初めてだ。
どうやらかなりの負担がかかっているらしい……。
「中沢くん!? 大丈夫か!?」
桜夜先輩が駆け寄ってくれると、気が付けば仲間全員が集まっていた。
「……ええ、大丈夫です。一刻も早く対策を練りましょう」
この結界も長くは続けられない。
限られた今の時間で、突如現れた絶対的な他者とどう対峙するか、
それを考えなくては……。
「……アリフォーユ・エア・ウィンティア。彼女は桜凛八重奏の一人だ」
桜夜先輩の口からとんでもない言葉を聞いた。
桜凛八重奏とは武装高の8科の中から一人ずつ、実力が一番の者のみで構成された組織。
その内の一人が遂に動き出したという事か……。
「つまりものすっごく強いってことだねぇ!」
こんな状況だが星見郷の明るい口調は変わらない。
「ま、まぁそういうことだ」
対応に困ったらしく桜夜先輩は眉をぴくりと動かす。
戦わなくても解る圧倒的な力の差。
それを既に感じていた。
「見ての通り彼女は遥か上空にいる。面目ないが……桜夜流の技では届かない」
桜夜先輩は唇を噛み締め、再び上空の彼女を見つめる。
遥か上空、その言葉が相応しい。俺から見る彼女はかなり小さかった。
あんな遠くの敵をどうやって攻撃すれば……。
「私の距離じゃない」
清王さんも両の手に握っているハンドガンを見下ろし、そう呟いていた。
ガイは……?
俺は周りを見渡すも姿がない。まだ林に隠れて好機を待っているということか。
「あたし魔法使えるよぉ! これでも総合科だからねぇ!」
自分に指をさし、精一杯に小さな身体で主張する星見郷。
こんなにも、こんなにも星見郷が頼もしく見えた事はない……。
「でも、力の差は歴然だなぁ。 魔法で勝てる気がしないし……」
どきっとする程の真面目な表情で星見郷も空を見上げる。
なら……もはや打つ手はないのか……?
「そっか、アイツを地面まで引き摺り込めば良いのか」
無垢な子供のような口調は塗り潰され、それは薄ら笑いへと一変した。
「私も行くぞ。こうなれば桜夜の宝刀を使うまでだ」
そう言うと桜夜先輩は千鳥を鞘に仕舞い、新たに神切の柄を掴む。
あれは神を切ったと言われる桜夜家の宝刀――
「清王くんは中沢くんたちを頼む」
「……わかった」
グリップが軋む音がする。
自分は戦力になれない――そう言われているようで悔しくてしょうがないのだろう……。
「中沢くん。長い間ありがとう。もう解除して大丈夫だ」
この結界を解除すれば、戦いの火蓋が切って落とされる。
だけど、俺たちはやるしかない。
上空を見上げても未だに弄るよう光の弾丸が放たれ続けている。
「……わかりました。どうか御無事で」
「ああ」
桜夜先輩の相手だけを見据える眼と、確かな意思が籠っているその声を俺は信じた。
「行くぞっ!!!」




