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29話-(1) 最後の希望

ー君の魂に抱かれてー(きみのこころにだかれて)


この作品はフィクションです。

登場する人物・団体・地名・事件・世界設定などは全て架空の物であり、

実際の物とは一切関係ありません。


「君の魂に抱かれて」は本編とboy and girls' aspects

で構成されています。

初めて読む方は、本編からご覧ください。



「もしかするとこの世界は誰かの想いが創った虚構世界なのかも知れない」


先までは太陽が照らし眼が眩む程の青空だったが、いつの間にかそれは灰色で覆い尽くされていた。

灰色の空に桜夜先輩は低い声で独言した。

雨が降る。

それが誰にでも解るような空模様だった。


「…………」


桜夜先輩は眼をそっと閉じ、一つ息を吐いた。

深沈とした空気、その中にいる俺たちは一体どこへ向かっているのだろう。

ようやく真実という線上に乗り掛けたんだ。

なら必死にしがみ付くしかない。俺たちにはそれしか道はないんだ。


「私は退かせてもらう」


あすかは歩き出し、横顔だけ見せて俺たちに告げた。

もちろん美唯が見過ごす筈がなかった。


「待ってよあすか! まだ話したい事が……」


駆けて行こうとした美唯の肩を止める程強く桜夜先輩が引き寄せた。


「は、離して下さいよっ!」


流石の美唯も桜夜先輩の腕力には足元にも及ばず、立ち止る事しか出来なかった。


「汐見は風だ。風はどこにも留まらない。それはお前が一番知っているはずだ」


桜夜先輩とは思えない低くて冷たい言葉に美唯は表情を無くす。

もう一度、美唯が後ろを振り返った時には既に汐見あすかは消えていた。

それは流れる風のように、誰にも気付かれずに。


「あすか……」


ただ俺たちはその先を見つめていた。

薄らと靄がかった道の先、そこには何があるのだろうか? この世界の真実はあるのだろうか?

いや、その答えは既に見つかっているかも知れない。

真実はどこにでもなくて、俺たちの中に在るのだと。

そして何より、この世界の鍵はあの少女二人にあるのだと。

汐見あすかと出会って俺はそれに気付く事が出来た。


ふと頭上に冷たい水滴が落ちる。……雨が降り出した。

空から降る雨をただ受け続ける事しか今は出来ない。

その雨音の中、確かに聞こえる声があった。


「この世界の真実を知りたいか?」


忘れるはずがない、あの声だった。


「……朝倉」


かつては逃がした敵、追い続けた敵が今俺たちの眼の前にいる。

雨の中だがしっかりと見える姿には水が滴り、それがそうさせたのか酷く冷たい態度に見えた。

その彼が言った言葉。

『この世界の真実を知りたいか?』

既に俺たちの視線は朝倉に向けられている。

もうこの言葉に縋るしかない。

それは誰もが予想も出来なかった唐突過ぎた展開だった。


「そんな眼をしているお前たちには、まだ真実を知るのは早いな」


何か重大な意味が込められている。俺の感覚がそう告げるが何も解らない。

『そんな眼』というのがどんな眼かも解らない。

そんな俺に真実を知る権利はないとでも言うのか……。

俺の拳は誰への怒りかも解らず、震えだす。

結局、俺は何一つも解っちゃいない……。そう自虐的に心の中で冷笑した。


「……どういう意味だ?」


「桜夜、お前の眼は良い眼をしている。お前になら真実を教えてもいい。それがどういう意味なのか解っているのならな」


敗者を悠然と見下すような無慈悲な眼に、俺はかつて無いような恐怖を覚える。

だが、桜夜先輩は気持ちいい程に即答した。


「断る」


「そうか、良い判断だ」


雨の音がただひたすら聞こえる、そんな状態が続く。

睨み合いとは違う。

ただ朝倉の言葉を待っている。それが今の俺たちだ。


「この世界を今この場で終わらす事も出来る」


耳を疑った。

嘘だと信じて止まなかった。

ずっと探し続けた異世界を終わらせる術、それはそんなにも簡単な事なのか?

なら……、なぜ今の今まで世界を終わらせる選択を選ばなかった……。

最初からそうすれば俺たちが争う事なんて無かっただろ……。


「だが俺はしない。この世界は既にお前たちとの勝負だ」


「私たちとの勝負だと?」


「ハッピーエンドかバットエンドか。簡単に言えばそんな分かれ道だよ」


「バットエンドに行くのは容易い。だがこの世界のハッピーエンドは宇宙から一人を見つける程のものだ」


ハッピーエンドかバットエンド。

この世界の結末は俺たちの勝敗次第と言う事なのか?

いや、何も知らない俺たちにそんな大役を担える訳がない。

少なくとも俺と美唯、そして月守さんは一般の高校だ。


「お前たちの勝敗の有無が、この二つの道どちらかに進むかは俺も解らない」


「その上、結末というのは人それぞれ感じ方も違う。客観的に見れば良い終わり方かも知れないが、その逆もある」


そこまで言うと朝倉は俺たちに背を向け、歩き出す。


「これからは今までとは比べ物にならない激戦が起こるだろう。もはや武装高の敵はお前等だけだ」


その言葉に俺は意識が飛びそうになる。

心臓を掴まれたような痛みが身体中を駆け巡っていく。

俺たちにだけ……俺たちを倒す為だけにこれから武装高は戦いを繰り広げる。

朝倉の言う事が本当なら……もう俺たちに味方はいない。

周りは全員敵で、これからは俺たちだけが狙われる。

逃げる術もない。

何が世界の真実だ……何もかもが馬鹿馬鹿しく思える。


「明日にでもなれば桜凛八重奏も動き出す。俺たちにも時間がないからな」


朝倉の姿が小さくなって行く。

敵のはずの朝倉に縋りたくてしょうがなくなる。

何て……何て俺は情けないんだ。

こんな状況なのに声すら真面に出ないなんてな……。

俺は自分の惨めさを精一杯に戒めた。


「だが俺は、」


朝倉が不意に立ち止る。

その口から俺たちにとって最後の希望、一片の希望を残して行った。


「俺はお前たちの勝ちを祈っている」



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