皆でスケッチ
「クラウディア、こっちよ」
ナーシアが大きく手を振っている。
その傍には何人もの見知った顔がある。
今日は前に約束したスケッチに皆で繰り出すのだ。
集合場所は王都郊外にある湖だ。
近くには木立もあり、湖畔には花が咲き乱れている。
ここに来るまでの道もしっかりと整備されている。
ここは集団でスケッチに来るには最適の場所だった。
広いし、画題も豊富だ。
しっかりとした木陰もあり、休むこともできる。
「待たせたかしら?」
「大丈夫よ。まだ来てない人たちもいるし」
「あら、そうなのね」
結局、一体どれくらいまで参加人数が膨らんだのか。
クラウディアは確認していない。
取りまとめはナーシアとモルトが請け負ってくれたからだ。
「ええ。まあそのうち来るでしょう」
あっさりとナーシアが言う。
「皆適当にスケッチを始めようと言っていたところだ」
モルトも寄ってきて言う。
「あらいいタイミングだったわ」
「そうね。もう少し遅かったら皆散っていたわ」
「というか、俺たちはもう描きに行くぞ?」
ナーシアの傍にいた男性が言い、他の者もぱらぱらと頷いた。
「構わないわ。水分補給だけは忘れないでちょうだい」
「それはいつもナーシアが言われていることだろう?」
周りがどっと笑う。
「そうよ。みんな似たようなものでしょう?」
「ん? そんなことないぞ」
「ああ、たまに引っくり返るくらいだ」
「私はそこまで集中力はないわ」
「ちょこちょこ強制的に水分を取らされるの」
口々に言う。
一部気になる発言もあったが、誰も突っ込まない。
ただの趣味から本格的に画業で生きている者までここに集まっている者たちの絵に対する姿勢はそれぞれ違う。
それに身分も違う。
ここに来るにしても自邸の馬車を使ったり、乗り合い馬車で来たり、徒歩で来る者もいたかもしれない。
そもそもクラウディアが知らない者もちょこちょこといる。
ナーシアかモルトの知り合いか、あるいは他の誰かが誘った者だろう。
あとで絵を見せてもらえないだろうか?
見せてくれそうな者に後で声をかけてみよう。
考えるだけでちょっとわくわくする。
わーわー言っている皆にぱんぱんとナーシアが手を叩く。
「ああ、ほら絵を描いてきていいわ。時間は有限よ」
ナーシアの号令で皆さっと散っていく。
「お嬢様は先に水分を取ってください」
クラウディアも続こうとする前にキティに言われてしまう。
「わかったわ」
「お嬢様もですよ」
ナーシア付きの侍女がナーシアに言う。
「はーい、わかったわよ」
渋々といった様子でナーシアが頷く。
「お嬢様、お座りください。クラウディア様もどうぞ」
「ありがとう」
ナーシアの侍女が広げた敷布にクラウディアも有り難く座らせてもらう。
すかさずキティから水筒から注いだお茶の入ったコップを渡される。
「ありがとう」
「お嬢様も」
隣でナーシアもコップを受け取っている。
お茶を飲みながら何気なくナーシアを見ていてふと気づく。
「あら、ナーシア、肌が綺麗になった?」
「そうなの。侍女たちがお手入れ法を変えたらしくてね、最近肌の調子がいいのよ」
「そう」
もしかしてキティの助言のお陰だろうか?
視界の端でナーシアの侍女がキティに何か言っている。
キティが笑顔で応じていることから悪い話ではない。
「クラウディアお嬢様、移動で疲れておりませんか?」
そう訊いてきたのはオルトだ。
そう、何故かオルトも一緒に来ていた。
今日は皆でスケッチに行くことになっていると伝えたらついてきた。
オルトはまだしばらく王都にいるそうなのだ。
領地での仕事は大丈夫なのだろうか?
シルヴィアの商会のほうは大丈夫なのだろうか?
オルトのことだからその辺りはちゃんとしているとは思うのだが。
クラウディアはオルトに微笑む。
「大丈夫よ。早く絵が描きたいわ」
「私も描きに行くわ」
ナーシアが立ち上がった。
「クラウディア、お先に」
スケッチブックを持ったナーシアが駆け出していく。
「お嬢様走らないでくださいませ!」
日傘を持った侍女が追いかけていく。
キティにコップを返してクラウディアは立ち上がった。
「お嬢様こちらを」
キティがスケッチブックと鉛筆を差し出してくれる。
「ありがとう」
「日傘は私が」
オルトが素早く日傘をクラウディアに差しかける。
「ありがとうございます。お嬢様、オルトさんと兄と先に行っていてください。片づけてから行きますので」
「わかったわ。慌てなくていいわよ。何ならここで休んでいて」
「ありがとうございます。ですが必ず行きますので」
「わかったわ」
「行きましょう、クラウディアお嬢様」
「ええ」
クラウディアはどこがいいか、と考えながら歩き出した。
読んでいただき、ありがとうございました。




