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引きこもり令嬢と呼ばれていますが、自由を謳歌しています  作者: 燈華


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妹と婚約者

「シルヴィア!」


シルヴィアの姿を見つけたセルジュが駆け寄ってくる。

その様は飼い主を見つけた犬のようだ。

全身で喜びを表現している。


「セルジュ、久しぶりね。元気だったかしら?」

「シルヴィアに会えなくて寂しかったです」

「そ、そう」


こてんとセルジュが首を傾げる。


「シルヴィアは寂しく思ってはくれませんでしたか?」


子犬のような目に見つめられてシルヴィアはつんとしてはいられなかった。


「……わたくしも会いたかったわ」


ぱあっとセルジュが笑顔になる。


「僕も会いたかったです!」

「……さっき聞いたわ」

「だって本当に本当に会いたかったんですから」


ぺたりと伏せた耳がセルジュの頭に見えるようだ。

どう見ても犬だ。


「そう」

「ですからシルヴィアから届く手紙が何よりの楽しみでした」

「そう、よかったわ」


手紙を出す甲斐もあるというものだ。

たぶん手紙のやりとりの頻度は普通の婚約者同士のやりとりよりも頻繁だと思う。

とにかくセルジュの返事が速いのだ。

それに合わせて返事を返せば、必然やりとりは多くなる。


「あの猫のポストカードはシルヴィアみたいで、こっそりと持ち歩いていました。義姉上はさすが、シルヴィアをよく見ていますね」


思わず笑顔になる。

セルジュも嬉しそうだ。

そこでシルヴィアははっとする。


「待って。持ち歩いていたの? あのポストカードを?」


セルジュはきょとんとする。


「はい。もちろんですよ」

「え、本当に? 何か言われたりしなかったかしら?」


贈っておいて何だが、あれはセルジュが持ち歩くには少し可愛らしすぎる。


「別に何も。からかってきた者には婚約者自慢をしたら素直に謝ってくれましたよ?」


何の裏もなさそうな笑顔で言われれば、顔が引きつりそうになる。


「そ、そう」


きっとセルジュをからかった者たちもそんな返しをされるとは思っていなかっただろう。

災難だっただろうと思わず同情してしまう。

誰にやったかは知らないが、顔を合わせた時に気まずい思いをしそうだ。




*




とりあえず移動して近くのカフェに落ち着く。


「忘れないうちに渡しておくわね」


シルヴィアは紙袋を取り出しセルジュに渡した。


「ありがとうございます。開けてみてもいいですか?」

「もちろんいいわよ」


セルジュが中身を取り出し、嬉しそうに微笑(わら)った。


「シルヴィアが刺繍してくれたハンカチですね。ありがとうございます。大切にします」

「嬉しいわ」


たまには素直になる。

セルジュの微笑()みがますます嬉しそうなものになる。


「デザインはどうかしら? 今回はちょっと趣向を変えてみたのだけど」


いつもは使いやすいようにワンポイントの絵柄とイニシャルを刺繍していたのだが、今回は比較的大きく刺繍を入れてある。


「趣向を?」


セルジュが丁寧な所作でハンカチを広げる。

嬉しそうに微笑(わら)っていた顔が、戸惑ったものになる。


「猫と、鷹、ですか?」


ハンカチはシルヴィアを()した子猫がセルジュを模した鷹の背中に乗って空を飛んでいるモチーフにした。もちろんイニシャルも入れてある。


「猫がわたくしで鷹はセルジュよ」

「僕が鷹、ですか?」


セルジュが困惑した顔になる。

セルジュ自身もそうは思っていなかったようだ。


「シルヴィアにはそう見えるのですか?」

「いいえ。実はお姉様なの」

「お義姉様、ですか?」


セルジュはクラウディアのことをお義姉様、ロバートのことをお義兄様と呼んでいる。

二人とももちろんそれを受け入れている。


初めて知った時にはいつの間に、と思ったものだ。

恐らくシルヴィアが二人のことを慕っているのに気づいて懐柔したに違いない。

そういうところは抜け目ない。

もしかしたらそういう辺りを姉は"鷹"だと評したのだろうか?


「そう。お姉様にセルジュは動物に例えたら何かと訊いてみたら、お姉様はセルジュのことを鷹のようだとおっしゃっていたの」

「お義姉様がそうおっしゃったのですか?」

「ええ」

「そうですか」

「不満なのかしら?」

「いえ。言われたことがなかったのでびっくりしました」

「そうよね。わたくしも聞いた時は意外だと思ったもの」


でも今はしっくりくる。


「お義姉様には僕がどのように見えているのか、一度訊いてみたいものです」

「わたくしもお姉様にわたくしがどう見えているのか訊いてみたいわ」

「では今度二人で訊いてみましょうか?」

「それもいいわね」


姉は何と答えてくれるだろうか?

考えてみれば楽しくなってくる。

セルジュも楽しそうだ。

ハンカチ繋がりでこちらも披露してしまおう。


「それでね、これをお姉様が作ってくださったのよ」


シルヴィアはハンカチを取り出すとセルジュに渡す。

ハンカチを広げたセルジュの目が見開かれる。


「うわぁ凄い! さすがお義姉様ですね。いいなぁ」

「ふふ、凄いでしょう。あげないわよ。これは額装して飾るのだから」

「では結婚した時には新居にも飾りましょう」


当たり前のように言われたことに動揺して頬が少し赤くなる。


「そ、そうね」


セルジュはにこにこと嬉しそうにシルヴィアを見ている。

それに気づいて何とか気持ちを建て直す。


これ以上反応してはセルジュを付け上がらせるだけだ。

そうするとシルヴィアが大変な目に遭う。

過去に経験して学習済みだ。

同じ(てつ)は二度と踏まない。


それにセルジュも気づいたのだろう、さらりと話題を戻した。


「でもお義姉様は本当に凄いですね。僕にも作ってくれないかな」


危なかった。

本当にセルジュは欲しがった。

先にクラウディアに言っておいて正解だった。

そうでなければあの姉のこと、ほいほいと引き受けたに違いない。


「今は駄目よ。お姉様は今お忙しいのよ」

「お義姉様はいつもお忙しいですね」

「そうね。でも今は立て込んでいるのよ」

「はい。色々噂は聞いてます」


どこまで、どのように知っているのだろうか?

セルジュは見た目に反して情報収集に余念がない。

人畜無害に見えて案外裏で画策しているのだ。

子爵令息だと(あなど)っていると痛い目に遭う。


「今のところお義姉様に実害は出ていないので静観していますが、もし僕の力が必要な時は言ってください」

「ありがとう」


頼もしい。

頼もしいが、セルジュの力を借りる時は慎重にならなくては。

姉に害成す者がどうなろうとも構わないが、過剰になり過ぎて姉に気づかれたり、セルジュ自身に不都合なことになったりするのは困る。


「大丈夫ですよ。不利になるようなことにはさせません」

「……セルジュにもよね?」


セルジュは破顔する。


「当然です」


それならうまくやるだろう。

シルヴィアに心配をかけないために。

それなら大丈夫だ。


ことシルヴィアのことに関することでセルジュが失敗することはない。

それについてはシルヴィアも信頼している。


セルジュはするりと話題を戻した。


「新居にあのハンカチが飾られるというだけで我慢します……」


垂れた耳が見えるようだ。

思わず「お姉様に頼んであげましょうか」と言いそうになって堪える。


危ない。危ない。

シルヴィアがクラウディアにセルジュの分はいらないと言ったのだ。

危うく自分の(げん)を翻してしまうところだった。


「本当に油断ならないわね」


小さく呟く。


「シルヴィア? 何か言いましたか?」

「いいえ、何でもないわ」

「そうですか?」

「ええ」


誤魔化すために素知らぬ顔で紅茶を飲む。

ああ、美味しい。

セルジュがにこにこと微笑(わら)っている。


ケーキも美味しくてシルヴィア好みの店だ。

今度兄姉を誘って来てもいいかもしれない。


そこまで考えてふと気づく。

ここは何か月前かの手紙でシルヴィアが少しだけ話題に出したカフェだ。


適当に入ったようで、セルジュはしっかりとここを目的地として入ったのだろう。

思わずぽろりと言う。


「セルジュは本当にわたくしのことが好きね」

「もちろん、大好きです!」


喜びいっぱいという全開の笑顔で即答された。


読んでいただき、ありがとうございました。

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