朝のひととき
貴族の屋敷には大抵邸宅内で使われる野菜を育てる畑がある。
もちろん基本的には家人からは見えないようにして作られている。
早朝。
クラウディアは動きやすいワンピース姿でラグリー家王都邸の庭にある畑を訪れた。キティも一緒だ。
王都邸の庭師長であるトマスが二人を出迎えてくれた。
「おはよう、トマス」
「おはようございます、クラウディア様、キティ」
「トマスさん、おはようございます」
「クラウディア様、さては我慢できなくなりましたね?」
悪戯っぽい表情で訊かれてクラウディアは頷く。
「ええ。だから交ぜてもらってもいいかしら?」
「ええ、もちろんです。ですが、朝食の時間に間に合う時間までですからね?」
「ええ。キティ、お願いね」
「承知してございます」
キティが頷いてくれたので朝食に間に合うように声をかけてくれるはずだ。
朗らかに笑ったトマスがクラウディアに作業を割り振ってくれる。
「ではクラウディア様には収穫のお手伝いをしていただきましょうか」
「草取りとかでもいいわよ?」
「いえ。さすがに朝食前に土いじりはいけませんよ」
「そういうものかしら?」
「はい。万が一があったら困ります。お食事の前にきちんと手を洗ってくださいね」
子供にする注意をされてしまった。
「ええ、わかっているわ」
「こちらも念の為にお伝えさせていただきました」
「そう」
フォローまでされてしまった。
ちなみに石鹸もラグリー領では生産されている。
シルヴィアの店でももちろん取り扱いがされており、人気商品の一つだとか。
領で生産しているので領地、王都どちらの使用人にも支給している。
新作を作る時などは使い心地などの感想も聞いたりする。
それを聞いて調整したりするのだ。
そのお陰でますます良いものを作れるので有り難い。
「お嬢様、籠は私が持ちますので収穫に集中なさってください」
「ありがとう」
「クラウディア様、こちらをお使いください」
「ありがとう」
トマスに差し出されたはさみを受け取る。
「では参りましょう」
畑の中に入っていくトマスの背に続く。
トマスの言った野菜を言われた個数取ってキティの持つ籠に入れていく。
トマスはクラウディアの様子を見ながら自分も収穫していく。
籠がいっぱいになると若手の庭師が厨房まで運んでいってくれた。
それを見送っているとトマスが神妙な顔になった。
「さてクラウディア様、キティ、少しこちらに」
トマスに言われて素直についていく。
着いた先は苺が植えられている一画だ。
真っ赤に熟している苺がいくつもある。
「ふふ、苺も食べ頃ね」
「はい。よろしければ少し味見をしてみませんか?」
トマスの表情はまるで悪戯をそそのかすかのようなそれで、クラウディアは思わず微笑ってしまう。
トマスは昔からこうだ。
畑の手伝いをさせてくれるだけではなく、時には収穫したものをその場で食べさせてくれることもあった。
こっそりというのが何とも楽しく、採れ立てのものは美味しかった。
「是非!」
言ってからそっとキティを窺うと、キティは微笑んで頷いてくれた。
「ささ、クラウディア様、お好きなものをどうぞ。キティお前さんも」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
クラウディアは真っ赤に熟れているいちごを摘まんだ。
昔トマスに摘み方を教えてもらい幾度となく摘んでいるので難なく摘み取ると、トマスが差し出した器の水で軽く洗ってそのまま口に入れた。
クラウディアの目が丸くなり、すぐに笑み崩れた。
「甘くて美味しいわ」
トマスが目尻を下げて微笑う。
「ほれ、キティお前さんも」
「ありがとうございます」
キティも一粒苺を摘まんで洗い、口に入れた。
「甘いです」
キティの顔もほろりと綻んでいる。
「もう一粒ずつどうぞ」
「いいの?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとう!」
クラウディアは嬉々として苺を摘み、水で洗って口に入れた。
やっぱり美味しい。
キティももう一つ口に入れて頬を綻ばせている。
「ふふ、トマス、いつも美味しい野菜や果物をありがとう。美味しいものが食べられるのは貴方たちが丹精込めて世話をしてくれているからだわ」
「そう言っていただけると庭師一同喜びに打ち震えます」
「大袈裟よ」
「主人一家に認められるというのは使用人にとっては嬉しく誇らしいものなのですよ」
キティまでもが大きく頷いている。
「貴方たちが誠実に仕事をしてくれているから私たちは心安らかに暮らせるのよ。いつもありがとう」
「勿体ないお言葉です」
トマスはにこにこと嬉しそうに微笑う。
「後で皆にも伝えておきます」
そこまでのことは言っていない。
だがそう言える雰囲気でもない。
言ったところで反論されて終わりそうだ。
クラウディアは口をつぐむ。
にこにこと微笑って話を聞いていたキティがふと何かを確認するような仕草をした。
それからそっと告げる。
「そろそろお時間です」
ほっとする。
「わかったわ」
クラウディアはトマスに微笑みを向ける。
「今度は作業のほうも手伝わせてちょうだい」
「はい。お待ちしております」
「お邪魔させてくれてありがとう」
「いえ。手伝ってくださり、ありがとうございました」
トマスに見送られ、クラウディアはキティを連れて笑顔で屋敷に戻った。
読んでいただき、ありがとうございました。




